第76話 スパイス

 さて、どうしたものか。


 麗華は首輪とリードを着けて登校する事が当然だと思っているのが、自信満々なその余裕めいた表情から窺えてくる。


 このままでは間違いなく俺は学校での立ち位置が変態クズ野郎になってしまうのでそれだけは阻止したいのだが、そんな麗華に対して真正面から否定してもきっとのらりくらりと言い訳を言われて交わされてしまうだろう。


 なのでここは麗華を否定するのではなくて、肯定する方法で別の案を提示する必要がある。


 そして俺は一つの案が思い浮かんだのでそれをダメもとで試す事にする。


「なあ麗華?」

「なにかしら? ご主人様。 ようやっと私に首輪を着けて学校までリードを引っ張りながら散歩……ではなくて登校してくれる覚悟ができたのかしら?」


 こいつ今、散歩って言ったよな? 自分でも分かっているからこそ余計にタチが悪い。


「いや、そうではなくてだな……ほらっ」

「……どういうことかしら?」


 そして俺は麗華の口が滑った事を突っ込むことはせず、そして否定もせず、ただ手を差し伸べ、麗華はその差し伸べられた手を不思議そうに見つめてきている。


「今日は手を握って登校しよう。 手を握るというのがリードの代わりだな。 そして、手を握って登校するってことはある意味で『麗華は俺の物だ』という事でもある為わざわざ首輪をつける必要もないだろう? いわば一石二鳥だと思うぞ」


 これだと、麗華と恋人同士というのがバレてしまうのだが、首輪とリードよりも全然マシである。


「…………なるほど。 そう言われれば確かにそうかもしれないわね。しかしながら首輪とリードで登校するのも捨て難いわね……」


 麗華は例の提案を聞いて迷い始めるようだ。 その姿を見て、もう一押しで落ちると俺は判断して追撃をする。


「なぁ麗華、俺は麗華に首輪を着けて、リードを使って散歩をするのは俺と麗華、二人だけの秘密にしたいんだ。 それに、バレないようにするのがまた散歩に『もしかしたらクラスメイトにバレるかもしれない』と言う緊張感というスパイスを加えると思うんだ。 ここで麗華に首輪を着けてリードを使って散歩をしながら登校した場合、その『クラスメイトにバレるかもしれない』というスパイスが無くなってしまうのはあまりにも勿体無いとは思わないか?」

「…………た、確かにっ!! 流石ご主人様だわっ!!」


 そして麗華は俺の説明した内容を噛み砕いて、理解した瞬間に謎が解けた名探偵と思ってしまいそうな表情をして俺の胸に飛び込んで来るではないか。


「ええそうね。 ご主人様の言う通りだわ。 深夜の散歩は『バレるかもしれないというスパイス』というものがあるなしでは、軽く想像しただけでも全く違ってくるわねっ! なんでそんな簡単な事すら考えれなかったのかしらっ!?」

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