第20話 勉強会
「旭岡先輩、私に勉強を教えてくださいっ!」
ある日の放課後、テスト勉強の為に帰ろうとした僕を、そらが呼び止めてきた。
「翔に教えてもらえば?」
「うちのお兄ちゃん、馬鹿じゃないですか〜」
「翔だって、部活が忙しい中、あれでも頑張ってるんだよ」
「でも、同じく部活で忙しい先輩は、学年二位ですよね?」
「それは……そうだけど……」
僕と翔だと、そもそも勉強に対するモチベーションが全然違う。
翔は赤点さえ取らなければいいって考え方だし、僕は成績上位を目指している。
結果に差が出るのは当然だ。
僕も以前は勉強なんて適当にやっていて、というかやってすらいなくて、いい成績を取ろうとなんて微塵も思っていなかった。
その頃は、学年最下位を何度取ったかわからないし、妹に何度馬鹿にされたかもわからない。
結局のところ、本人のやる気次第で、ある程度の点数の上昇は見込める。
「そらは、テストの点、いつも何点ぐらいなんだ?」
「赤点をぎりぎり下回らないぐらいですかね〜」
「翔のこと言えないぐらい馬鹿じゃん」
下手をすれば、僕が知る一年の頃の翔より酷い。
翔でさえ、50点前後点数は取っていた。
「私は可愛いから、馬鹿でも許されるんですぅ」
どうやら、そらは勉強に対する意欲が全くないらしい。
「……そうだな。可愛いから、馬鹿でも許されるな」
「そんな可哀想な人を見るような目で、私を見ないでくださーい」
そらは、頬を膨らませて、ぽかぽかと僕の肩を叩いた。
「先輩、私を見捨てないでください。今度のテストで全教科赤点を取ったら、私、留年しちゃうかもしれません」
テストでいくつか赤点を取っても、なんだかんだで留年にはならないと、僕は身をもって知ってはいるけど……さて、どうしたものか。
自分の勉強をしながら、そらに勉強を教えることぐらいはできる。
そして、今日はちょうど、怜奈と勉強をする予定がない日だ。
怜奈と二人っきりで勉強会をする予定があったら断ったけど、そうではない。
だったら、断る理由もない。
それに、普段世話になっている部活のマネージャーで親友の妹の頼みを断るのも忍びない。
「そんなに切羽詰まってるなら、仕方ない。勉強を見てあげてもいいよ」
「ほんとですか? やったー!」
「でも、その前に、怜奈に聞いてもいい?」
「双葉先輩に、何を聞くんですか?」
「そりゃ、そらも一応女の子だからね。そらと二人っきりで勉強会を開いていいものか、怜奈に確認しないと」
「一応は余計です、一応は!」
じろっと睨んできたそらは放っといて、僕は怜奈にスマホでメッセージを送る。
数秒後、『人目のある場所でするならいいわよ』と返信がきた。
「人目のある場所でならいい……か」
「なるほど、旭岡先輩が私とよからぬことをしないように、人目のある場所を指定されたわけですね?」
「そんなこと、僕は全く考えていないんだけどな」
「部活中に、私のおっぱいが揺れてるところ、じっくり見てるじゃないですか?」
「は、はあ!? み、見てないって。そんなことしてたら、翔に殺される」
とはいえ、他の男子部員たちは、そらの乳揺れについてよく下衆な話をしている。
僕はなるべく、聞き流しているけど……
「じゃあ、お兄ちゃんがいなければ、私のおっぱいを見てくれるんですか?」
「翔がこの世からいなくなったとしても、今は彼女がいるから見ないよ」
「それなら、彼女さんがいなかったら?」
「ガン見してやる」
「きゃっ、旭岡先輩のエッチ」
冗談も程々に、僕らはそらの提案で、放課後開放されている図書室で勉強をすることにした。
⭐︎
「……帰らないか?」
図書室の中で勉強しているメンツを見た瞬間に、僕は小声でそらに言った。
「どうしてですか?」
そらはキョトンとした顔をしているが、わかっていないはずがない。
僕が今一番、会って気まずい人物が図書室にいたからだ。
夕陽に照らされた少女の金髪は輝き、耳につけたピアスがきらりと光っていた。
「あっ、椎名先輩がいるから、ですか?」
「そうに決まってるだろ」
今でも、僕と莉愛は、教室で毎日顔を合わせてはいた。
しかし、莉愛と顔を合わせる度に、莉愛は僕から目を逸らすし、僕も莉愛の顔を直視できていない。
だから、気まずいなんてもんじゃないし、莉愛的にも、後から来た僕の存在を迷惑に思うだろう。
「別にいいじゃないですか。図書室は、みんなの場所です」
「でも……」
「それなら、私の家に来ますか? お兄ちゃんも混ぜて勉強すれば、双葉先輩も安心するんじゃないですか?」
「う、うーん……」
正直、未だに翔とも、怜奈の件で気まずいままだ。
怜奈と付き合い始めてから、翔と話す回数が明らかに減っていた。
そんな、男同士の因縁に、妹のそらを挟むのは悪い気がする。
「喫茶店とかは?」
「喫茶店で勉強なんて、コーヒー一杯で何時間粘るつもりですか? お店に迷惑ですよ」
「そ、そっか……」
こういう時、どこで勉強するのが正解なんだろう。
放課後、どこの教室も空いている。
逆に言えば、誰もいないから、人目がない。
放課後の学校で人がいるのは、図書室だけだ。
実際に、莉愛以外にも、何人も生徒がいる。
クラスメイトもチラホラいるわけだし、僕がそらと何もなかったという証言をしてくれるだろう。
「わかった、ここにしよう。でも、図書室では静かにな」
「はーい、先輩!」
「言った側から、うるさいよ……」
こうして、図書室で、そらとの勉強会がはじまったわけだけど……
「せんぱ〜い、わかりませ〜ん」
「どこ?」
「ここです〜」
僕は最初、自分の勉強をしながら、隣に座るそらの勉強の面倒を見ようと思っていた。
「せぇぇえんぱぁあい、わかりませぇえん」
「どこ?」
「ここですぅ……」
それなのに……
「せんっぱぁいっ、わっかりまっせぇん」
「……あのさ、そら」
「なんですか〜?」
「一問解くごとに質問してくるのは、わざと? それとも、本気でわからないの?」
「本気でわからないんですよぉ……」
僕の想像以上に、そらは馬鹿だった。
そらは一問解いて、次の問題にとりかかると、すぐにわからないと聞いてくる。
おかげで、僕の勉強は遅々として進まない。
怜奈との勉強会は、これでも学年一位二位のコンビなので、スムーズに進んでいた。
その速さと比べたら、ウサギと亀だ。
この話に、逆転劇はないだろう。
「応用どころか、基礎的な問題すら解けていないじゃん」
「私、頭に行くはずの栄養が、全部胸にいっちゃったんです」
「そんなこと聞いてない」
「私のおっぱい、だから大きいんですよ?」
そらは腕で、胸を寄せて見せた。
ピンク色のカーディガンの胸元が、大きな膨らみで押し上げられる。
「怜奈も胸は大きいけど、そらみたいに馬鹿じゃないぞ」
「その発言、セクハラですよ、先輩」
「理不尽だ……」
その後、僕はそらに付きっきりで勉強を教える羽目になった。
教えている最中に、僕は何となく、図書室全体を眺めた。
どれぐらいのスピードで周りが勉強をしているのか、気になったからだ。
「あ……」
莉愛と目があった。
莉愛は数秒、僕の顔をじっと見ると、視線を逸らした。
「どうしたんですか〜? 先輩〜?」
「いや、別に……」
やっぱり、僕の存在に気づいていたのか。
多分、そらが隣で煩かったので、僕が図書室に入ってきたことは、机の上の参考書と睨めっこしている他の生徒たちも気づいているんだろうけど。
「あ、先輩。私、おしっこ行ってきます」
「お手洗いとか、他にも言い方あるだろ……」
そらがトイレに行っている間、僕はやっと自分の勉強に集中できるようになった。
僕は今回、打倒怜奈を目指している。
怜奈に勝負を持ちかけられた時、僕はすぐに諦めたけど、考えを改めたのだ。
僕は怜奈に諭されたあの日から、すぐに諦めることを改善するだけではなく、自分で選択し判断するよう心がけることにした。
自分が選択しなくても、判断しなくても、結局は後悔すると身をもって知ったからだ。
だったら、自分自身で全てを決めていかないといけない。
自己責任から、逃げ続けるわけにはいかない。
もし、逃げ続けるような生き方を続けていれば、それこそ怜奈に嫌われるだろう。
そらにだって、いつまでも情けない先輩の後ろ姿を見せるわけにはいかない。
今回、僕をこうして頼ってくれたのだから、期待には応えたい。
「……ねえ、新世。ちょっといい?」
「……え?」
声がした隣を向くと、莉愛が横に座っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます