第4話 思い違い
「帰りたい……」
拗れた関係性を聞かされた僕の、素直な感想だった。
田中は翔が好きで、その翔は双葉のことが好き。
鈴木は佐藤が好きで、その佐藤は双葉に告白した過去がある。
双葉はおそらく、誰にも好意を抱いていない。
となれば、僕は完全に蚊帳の外だった。
新しい恋がはじまるどころじゃない。
三角関係以上の厄介な場面に出くわしてしまった。
「何で、帰りたいだなんて言うの?」
厄介な状況を生み出していると言ってもいい双葉は首を傾げる。
本人に自覚はないようだ。
「だって、僕はみんなの恋模様に無関係だし……」
元はと言えば、数合わせの存在なので、あまり贅沢は言えないけど、僕の存在意義について今一度問いたいぐらいだ。
僕がここに来た意味とは?
盛り上げ役にもなれないのに、果たして、僕があの場にいる意味はあるのか?
「無関係? 残念だけれど、あなたは無関係じゃないわよ」
「……どうして?」
まさか、双葉が僕のことを好きなんてパターンがある訳ないし。
「私が好きなのは、あなただからよ」
「そんな訳ないでしょ」
真っ先に可能性から消去した直後に本人から言われ、僕は鼻で笑いながら否定した。
「そんな訳ないって、言い切れる理由は?」
双葉は腕を組み、ムッとしたような表情を見せた。
「だって、僕が双葉さんに好意を抱かれる理由がわからない。第一、双葉さんと話したのは、今日がはじめてだよね?」
「ええ、そうよ。補足すれば、実はあなたと以前関わったことがある、なんてわけでもないわ。直接的にも、間接的にもね」
実は以前に双葉と話したことがある、遊んだことがあるといった可能性について向こうから否定したということは、僕の記憶は正しかったようだ。
これ程までの美少女、例え小さい頃の姿だったとしても、一度見れば忘れないだろう。多分。
「それなら、僕のことを好きになるキッカケはなかったんじゃないかな? もし本当にあるのなら、聞いてみたいな」
あの拗れた関係に、双葉が自分を巻き込もうとしているようにしか思えない。
双葉は、機嫌が悪いからといって、微妙な嘘をわざわざ吐く愉快犯だ。
もし、みんなのところに戻った時に「私、旭岡くんのことが好きなの」なんて悪ふざけでも言われたりしたら、少なくとも翔からの敵意が僕に向く。下手をすれば、佐藤からの敵意も。
それだけは絶対に避けたい。
田中や鈴木的には、ライバルが減っていいことなのかもしれないけど。
むしろ、女子三人が手を組んでいる可能性だってある。
翔と佐藤に興味のない双葉が、他の女子二人をサポートする段取りとか。
「自分に惚れた理由を教えろなんて、随分と恥ずかしい要求をしてくるのね」
「ほら、答えられないんじゃん」
「じゃあ、こういうのはどうかしら?」
「そうやって話を逸らそうとしても無駄だっ──ん!?」
僕の体は硬直し、頭の中が一瞬で真っ白になった。
双葉が突然、唇を重ねてきたからだ。
「ん……んん……」
甘い声を発しながら、双葉は僕の唇を貪る。
僕が壁際に立っていたこともあり、双葉に壁に押しつけられるような形になって、彼女のふくよかな胸が僕の胸元で押しつぶされ、柔らかな感触がした。
いや、それ以上に、唇が柔らかい。
「……ん、んん!?」
突如身を襲った快感から、ようやく我を取り戻した僕は、何とか両手に力を入れ、双葉を引き剥がす。唾液が糸を引くように僕と双葉の唇から垂れた。
「きゅ、急に、何するんだよ!?」
「決まってるじゃない。愛の証明よ」
双葉は悪びれもなく言う。
「嘘を吐くにしたって、限度があるだろ!?」
「あら、今のじゃ伝わらなかった? じゃあ、もう一回……」
「ん! んん!」
僕は為されるがままに、再び唇を犯される。
だが、今度は理性を保っていたので、すぐに引き剥がした。
「ぷはぁ……はぁ……な、何が目的なんだよ!?」
「だから、愛の証明よ」
ヤバい、この人頭おかしい。関わっちゃいけないタイプの人だ。
どうにか、この場を切り抜けないと……。
あっ、そうだ。
「僕には彼女がいるんだよ!? それを、こんな無理矢理……」
双葉が何の関係もない僕の交際相手の存在を知っているかどうかはわからないけど、有効な手のはずだ。
僕が莉愛と付き合っていたことを知っていたとしても、莉愛と別れたことを双葉は知らないはずだからだ。
僕と莉愛の関係性すら知らないのなら、僕に好意を寄せているという話は十中八九嘘になるだろう。
「さっき、小鳥遊くんから『あいつは彼女に浮気されて別れたばかりだから、優しくしてあげてくれ』って言われたけれど?」
「うっ……」
さすがサッカー部屈指のイケメン君。手厚いフォローだ。
その気遣いが、僕の逃げ場を無くしているんだけどね……。
「まあ、私があなたに好意を寄せる理由をどうしても知りたいというのなら、考えなくもないけれど……」
「もったいぶらずに教えてよ。教えてくれたら、納得するよ」
「はあ……キスしても信じてくれないだなんて。私のファーストキスだったのに」
いきなりキスしてきた人に、「ファーストキスだった」なんて言われても、信じられないに決まってる。
双葉が誰彼構わずキスをする、ただのキス魔だという可能性だってあるからだ。
「ごめん。でも僕は、双葉さんのことをよく知らないからさ。嘘をついてるかどうかすら判断できないんだ」
僕の双葉に対する今の評価は、空気が読めない嘘を平気で吐く愉快犯でキス魔という、なかなか最悪な要素を兼ね揃えた残念美少女だ。
「そもそも、僕は今回偶然ここに来たんだよ。数合わせで合コンに来たら、僕のことを好きな女子がいたなんて、あまりにも出来すぎてる」
おまけ、相手は学園一の美少女だ。天文学的確立だと言ってもいい。
「それに関しては、運命だとしか言えないわね」
「運命って……そんなわけないでしょ」
彼女の浮気現場を目撃して別れた日に、学園一の美少女に告白される運命なんていらない。
「それに、双葉さんは今回の合コンに乗り気じゃないんでしょ? 好きな相手がいても乗り気じゃないのなら、好意があるとは思えない」
「いくら好きな相手でも、彼女がいる癖に合コンに来るなんて……と思うと、機嫌も悪くなるわよ。でも、あなたが今日彼女と別れたばかりだと、ついさっき聞いて、今は機嫌がいいわ」
僕としては、かなり機嫌が悪いんだけど。自分本位だな、この人。
「とにかく、信用できないな。僕に惚れた理由を教えてもらわないと」
「じゃあ、話を戻すようだけれど。さっきあの子達が聴きたがっていた、川で溺れていた女子小学生を助けた話を、何故語りたくないのか、そのわけを聞かせてくれるかしら?」
「……え?」
何故、このタイミングでその話題を掘り起こしてくるのか、意図が見えない。
それに──
「人に言うような内容じゃない」
「それなら、私が知り得る限りの情報を元に、推論を語らせてもらうわね。あなたが、あの話をしたがらない理由は、助けた女子小学生を自分は助けられなかったと思っているからよね?」
「……」
双葉は、僕の瞳をじっと捉えて離さない。
下手に誤魔化そうとするなと、釘を刺されているようだった。
「あなたが助けた女子小学生の、桜庭ひよりさんは、数分間溺れて無酸素状態が続いた影響で、脳に後遺症が残った。その結果、下半身に麻痺が残り、現在も入院生活を余儀なくされている。そうよね?」
僕は、人命救助をした勇敢な男子高校生ということで、地元新聞や地元テレビに取り上げられた。でも、その事実は伏せられていた。
僕が助けた女子小学生──ひよりちゃんの現在の容態まで知っているのは、うちの高校の生徒でも限られた人物で、主にあの場に居合わせた、翔や莉愛といったメンバーだ。
そして、ひよりちゃんに関する話は、事情を知らない人達には誰も話さない。
誰かに吹聴するような話じゃないからだ。
だから、おそらく双葉が自分で調べて、その事実に辿り着いたんだろう。
「そうだけど、それを知っているから何? 僕を好きになる理由がわからないんだけど」
「あなた、去年の今頃は、救いようのない馬鹿だったわよね」
「……あ?」
突然馬鹿にされ思わず、喧嘩を売っているのか? と言いそうになったけど、一瞬話が見えた気がした。
それに、双葉の真剣な表情を見る限り、言い方にはかなり問題があるけど、決して馬鹿にしているわけじゃないということだけは伝わった。
「去年の今頃のあなたは、サッカーのことしか頭にないような人間で、勉強なんて二の次。成績は学年でダントツの最下位だった」
悔しいけど、事実だ。
僕は勉強なんて全くしていなかったし、サッカー漬けの日々を送っていた。
「でも、夏以降、急激に成績が伸びたのよね。どうしてかしら?」
「それは……」
「去年の今頃はサッカー選手になりたいと言っていたのに、一年の二学期には医者になりたいと担任教師に言い始めたらしいじゃない。言うだけあって、前回の中間テストでは遂に、私に次いで学年二位まで上り詰めた」
「……」
「それにしても……わかりやすいわよね、そう思った動機が」
医者になって、不自由な生活を送っているひよりちゃんの病気を治す。
あの子を助けられなかった自分が、真っ先に思いついたことだった。
「私が去年の夏の出来事について調べたのは、みるみると成績を伸ばす生徒の存在、つまりあなたのことが気になったのがキッカケよ。いろんな生徒からさりげなくあなたに関する情報を集めながら、あなたが助けた女子小学生についても調べていたら、そういうストーリーが見えてきた」
定期試験の結果は、学校の掲示板にテストの合計点数順に張り出される。
入学当初から学年一位だった双葉は、下々の者達のことなんて興味がないと思っていたけど、最下位だった僕が劇的な躍進を遂げたので目についたらしい。
「私は、誰かに興味を抱くということ自体が生まれてはじめてだったわ。もちろん、桜庭ひよりさんのことに関しては、野次馬精神だったことは否定しない。でも、他者を大切に想いやる生き方をするあなたのことを、もっと知りたいと思った頃には、気がつけば恋に落ちていたのよ」
双葉は、雪のように白い肌を薄らと赤らめた。
「そうだったんだ……なんというか、ありがとう」
内心では複雑な気持ちだけど、本当に自分のことが好きだといいことがわかって、正直嬉しかった。
でも……
「僕は、双葉さんが思っているような人間じゃないよ」
「私が想っているあなたと、あなたが自己分析した姿が被っているとは思えないけれど、どうしてそう思うのかしら?」
「僕はあの時──ひよりちゃんのことを見殺しにしようとしていたからだよ」
双葉の瞳が、大きく見開かれた。
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