第3話 何角関係?

「と、とにかく! 先に中に入っとこうぜ。女性陣は、あと数分で到着するみたいだしな」

「わ、わかった」 


 この二人は、ウキウキした気分で合コンに参加するはずだったんだろう。

 でも、僕の登場で──というより、僕が浮気されたから、重い空気になってしまった。


「ごめん、二人とも……」

「新世が謝ることないって! な? 葵」

「だな」


 確かに、元を辿れば僕が悪いわけじゃないかもしれない。

 でも、浮気された僕の責任じゃないとも言い切れない。

 つまり、浮気の原因が僕にあれば、結果的には僕が悪いということになる。


 それでも、釈然としない気持ちになる。


 佐藤が言ったように、どんな理由があれ、人を裏切っていいわけじゃない。

 僕と莉愛は付き合っていたんだから、何か僕に不満があれば、言ってほしかった。


 僕に言えない不満を、僕じゃ満たされない何かを、莉愛はあの男に求めていたんだろうか。僕じゃ補えない、足りないモノが、あの男にはあったんだろうか。


 そう思うと、やってられないな……


 とはいえ、いつまでも暗い気持ちでいるのは駄目だ。

 数合わせとはいえ、僕はこれから合コンに参加するんだから。

 

 いや、彼女がいない僕は、もう数合わせの存在じゃないのかもしれない。


 翔が言ったように、新しい恋が始まるかもしれない。

 新たな出会いを今日から探すのも悪くないかもしれない。


 新しい彼女ができれば、この傷ついた心も、癒し満たしてくれるかもしれない。


 その彼女が、また僕を裏切らない限りは──


 カラオケボックスで待機しながら悶々と考えていたら、女性陣が到着した。


「お待たせー」

「ごめん、待ったー?」


 ひょこっと顔を出した二人の女子は、校内でも特に人気のある子達だった。


 よくもまあ、これだけ可愛い女子を集めたな……と素直に感心した直後、最後に顔を出した女子の顔を見て、僕は息を呑んだ。


「……」


 無表情かつ無言、おまけ私服姿の他の女子達と違って制服姿で現れたのは、僕が通う双英高校で学園一の美少女と名高い、双葉怜奈だった。

 

 目元の尖った切れ長の、青く透き通るような瞳。

 腰まで流れた艶やかな黒髪は優雅に靡いていた。

 白いブラウスを押し上げている、豊かに膨らんだ胸元。

 背はすらりと高く、水色を基調としたチェック柄のミニスカートから伸びた足は黒タイツを履いていて、生足より艶かしい。

 凛とした顔からは、高校生とは思えない、大人の色気が感じられた。


 廊下ですれ違う際に、莉愛が隣にいなければ、その美貌を目で追うぐらいには圧倒的な美人だ。  


 ……そうか、「莉愛が隣にいなければ」なんていうのは、結局彼女に後ろめたい気持ちがあってのことで、莉愛と別れた今の僕はもう気にせずに双葉の容貌を堪能できるのか。


 彼女がいないことで、これまで意識して我慢していたことをしなくて良くなる。

 こんなことなら、そらのパンツをちゃんと見ておくべきだったな。


「全然待ってない待ってない! ほら、座って座って」


 佐藤は見るからに無理をして明るく振る舞っている。

 佐藤はいい奴だ。もちろん、翔も。

 その分、ますます申し訳なくなってくる。


 今回の合コン、このメンツを誘うのに、どれだけ苦労したのかがわかるからだ。

 双葉以外の女子も人気が高く、僕なんかが合コンに誘ったところで、首を縦には振ってくれないだろう。


 そんなメンツを呼んだ晴れやかな合コンを催すつもりが、腫れ物になった僕のせいで、男性陣サイドは気まずい雰囲気になった。

 誘ってくれたのは翔とはいえ、佐藤の地雷を思わぬ形で踏んでしまった。


 いつか誠心誠意、この詫びを二人にしなければいけないな。


 それにしても、今回の合コンのメンツ、女性陣サイドは以前から存在を認知しているけど僕は一度も話したことがないような、高嶺の花ばかりが集まったな。


 合コンは、適当にドリンクを頼みながら、お互いの自己紹介から始まった。

 まずは女性陣から。


「私、一組の田中めぐみっていいます! 趣味はゲーム!」


 順々に名前と趣味を言っていき、男性陣が反応して話題を広げる。

 男性陣とはいっても、反応してるのは合コン慣れしている僕以外の二人で、僕は無反応だった。


 僕は翔達みたいな陽キャというわけじゃない。

 サッカー部が陽キャの集団なので、その中に甘んじて紛れているだけで、気の利いた面白いことを言うようなスキルはない。


「……」

「……」


 同じく、無反応だった双葉と目が合ったが、気まずくて僕は目を逸らした。

 というか双葉、あんまり乗り気じゃなさそうだな。


 田中に続いて鈴木という女子の自己紹介が終わり、最後に双葉の番が回ってきた。


「私は一組の双葉怜奈よ。趣味は人間観察」

「に、人間観察か〜。そ、そっか〜……」


 合コン慣れしてそうな翔が困ったような反応を見せた。

 確かに、反応しづらい趣味ではある。

 まず、話題の広げようがない。

 

 例えば、田中の趣味のゲームなら、最近何のゲームをしているか? とか、どういうジャンルのゲームが好きか? とか、そういった感じで話題を広げれた。


 でも、人間観察が趣味となると、どう話題を広げればいいのか。

 見当もつかない。


 人間観察が趣味だなんて佐藤が言ったら、間違いなく空気読めよと突っ込んだ。


「俺もよく人間観察してるぜ! 主に女子のな!」


 佐藤、それはちょっと欲望丸出しで気持ち悪い。


「あなたは、どう思うの?」

「……え?」


 突然双葉に話を振られて、僕は戸惑った。

 思ったことをそのまま口にするわけにはいかない。 

 学年一位の成績を誇る才女の双葉怜奈様に、「空気読めよ」なんて言えるわけもない。


 ここはうまく切り抜けないとな……。


「頭のいい双葉さんらしい趣味だね」

「……そう、ありがとう」


 まさか、お礼を言われるとは思わなかった。

 

 次に男性陣の翔から始まり、最後が僕だった。


「えっと、二組の旭岡新世です。趣味は──」

「えーっ! キミがあの旭岡くん!?」

「……え?」


 田中が、僕の名前を聞いた途端に興味を示してきた。

 

「去年の夏休みに、川で溺れていた小学生の女の子を助けてニュースになってた、あの旭岡くんだよね?」

「あっ、アタシも覚えてる! 確か、二学期の始業式で校長先生にめちゃくちゃ褒められてたよね!」


 田中と鈴木がノリノリで絡んでくる。


 ああ、その話か……と僕は沈んだ気持ちで聞いていた。

 その話題は、僕にとって、あまり楽しくない話題だからだ。


「その話題はちょっと……」


 詳しい事情を知っている翔が話を中断させようとするが、興奮した様子の女子二人の勢いは止まらない。


「ねえねえ、女の子を助けた時の話を聞かせてよ」

「聞きたい聞きたーい!」

「いや、あんまり話したくなくてさ……」

「どうして? 女の子を助けるなんて、カッコいいじゃん!」


 僕は本当に話したくなかった。

 人に自分の武勇伝を話すことに抵抗があるから、というわけじゃない。


「ごめん、トイレ」

「えーっ!? このタイミングで!?」


 僕は逃げるように、カラオケボックスを後にした。


 

⭐︎



「はあ……」


 僕はトイレの近くで一人項垂れていた。

 今日は一々、嫌な思いをしなければいけない日なんだろうか。


 もちろん、去年の夏の出来事について詳しい事情を知らない彼女達に非があるわけじゃない。

 相手の事情を知らずに、何かを察するなんて不可能だからだ。


 莉愛とのことだって、同じことが言える。


 もし僕が、莉愛の心境が変化するキッカケを知っていれば、あんなことにはならなかったのかもしれない。

 事情を知っていれば、莉愛が浮気に走る前に、彼女の心を繋ぎ止めておくことができたかもしれない。


 僕はもっと、相手のことをよく見ておくべきだったな……。


「──こんなところで突っ立って、何をしているの?」


 声をかけられた僕は、俯いていた顔をゆっくりと上げた。

 目の前には、双葉怜奈が立っていた。

 

「……人生について考えてた」

「合コンの最中にすることかしら?」

「人は考える生き物だからね。それで、僕に何か用?」


 どうせ、僕が自己紹介の途中で席を立った理由が聞きたいんだろう。

 女子小学生を助けたという話を語らないで、僕が逃げるように離席した理由だ。


 双葉はあの二人のように、興味ありげな表情は浮かべず、相変わらずの無表情で口を開いた。


「私はあなたが嘘をついたことが気になって、問い詰めに来たの」

「……嘘?」


 何の話か先が見えず、僕は首を傾げる。


「さっき、私の趣味を聞いた時に、あなたは嘘をついたでしょ」


 嘘って、そのことか……。

 うまい具合に取り繕ったつもりが、そんなことはお見通しだったらしい。

 人間観察が趣味というだけのことはある。


「正直に答えて。私の趣味を聞いた時、あなたはどう思ったの?」

「……空気読めよって思った」


 まるで、隠し事を咎められる子供のように、僕は正直に答えた。

 正直に答えろと言われたから正直に答えたけど、双葉はいい気分にはならないだろう。


「……ふふ」


 ほら、不敵に笑いはじめた。


「悪かったよ。でも、正直に感想を言ったら、あの場の空気が悪くなるから、仕方なかったんだよ」


 双葉と違って僕は空気を読んだんだよと、言いたいのを我慢した。


「別に、怒ってなんかいないわ。趣味が人間観察なんて、わざと言ったんだから」

「……は?」


 僕は一瞬、自分の趣味が他人から困惑されるものだと知って訂正したのかと思ったけど、澄ました顔をしている彼女を見る限り、どうやら本当らしい。


「私はね、元々合コンに参加するつもりなんてなかったのよ。それを無理矢理あの二人に連れてこられて、イライラしていたの。だから、あの場の空気を微妙にする為に、当たり障りのない程度の嘘をついたのよ」

「……そうだったんだ」


 双葉が終始つまらなそうに、無表情で参加していた理由がわかった。

 彼女は嫌々ここに来ただけだった。


 それに、僕も双葉が合コンに参加するなんてらしくないなと思っていたから、妙に納得した。僕のイメージする双葉怜奈は、色恋沙汰なんかには興味が無い人物だったからだ。


 何故そう思うのかというと、一年の頃から、双葉怜奈に告白して振られたという男子の話を山のように聞いているからだ。

 ちなみに、佐藤も双葉に振られて玉砕した男子生徒達の中にいる。


 別段、双葉怜奈に振られた男子生徒の話なんて、うちの高校だと珍しくないので、特に気にしてはいないけど……。


 双葉に意中の相手がいるという話も聞いたことがない、というか、もしそんな相手がいれば間違いなく付き合ってるだろう。双葉は誰もが羨む美少女なのだから。


 となると、双葉自身に色恋沙汰に興味が無いという憶測が飛び交うことになり、実際に周囲の人達は、まことしやかに言っている。


 合コンに参加したのは、何か心変わりがあってのことかと思ってたけど、そんなことはなかったんだな。


 私服じゃなくて制服姿なのも、来る気がなかったからなのかもしれない。

 

「断ればよかったのに」

「……ここだけの話、今回の合コンを提案したのは、田中さんなのよ」

「え、そうなの?」


 てっきり、あの二人のどちらかが、奮闘した結果あのメンツが集まったのかと思っていた。


「数合わせで急遽参加したあなたは知らないでしょうけどね」


 双葉は口元に僅かばかり笑みを浮かべた。


「小鳥遊くん……だったかしら? 彼のことを、田中さんは好きなのよ」

「えっ、そうなの!?」


 翔は田中の好意に気づいているんだろうか。


「でも、彼は私のことが好きみたい」

「……へ?」

「それを知った田中さんは、私をダシに使って、今回の合コンをセッティングしたの」


 まさかの三角関係。それは知りたくなかった。

 おまけ、以前双葉に振られた佐藤もあの場にいる。

 もし、佐藤が双葉に未練があるのだとしたら……。


「ちなみに、鈴木さんは、佐藤くんのことが好きみたいよ」


 ……できれば、甘酸っぱい話だけ聞きたかったな……。


 今回、僕は数合わせで参加したけど、元々来る予定だった男子が来なかった理由は、この拗れた関係性なんじゃないかと僕は邪推した。

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