第7話 4/100 うめぼし

文字書きさんに100のお題 004:マルボロ


うめぼし


「マルボロすいたい~」

 こたつの横の席にすわった貫一がまた替え歌をうたっている。

「マルボロすい~たい~ぼ~くは~、こんや~きみに~あい~たい~」

「ねえんだからこれで我慢しろッ」

 こたつから俺の煙草をとりあげると貫一の顔にがつんと放りなげる。広い額に中南海ライトがはりつくと、貫一の手のなかに落ちた。狐のような長い目がぎゅっと閉じる。

「雅史のなんかやだよ」

 中南海ライトは中国の漢方タバコだ。煙草をやめるストレスでアトピーがひどくなったので、俺はしかたなく中南海ライトを吸っている。

「ないとむしょ~に吸いたくなる」

 貫一のアパートからふたりで深夜の買い出しにいった。近所のコンビニと自販機のマルボロが切れていた。ラッキーストライクでいいじゃんという俺に貫一は、ラッキーストライクは臭いからいやだといった。マルボロだってヤニ臭い。俺がいやがるので、貫一はラークのヤニ取り歯磨きを使っている。

 貫一は、カラオケにいっても適当に歌をつくって歌う。携帯で話したこともまともに覚えていないことが多いので、貫一にはメール、というのが、周囲のやつらの暗黙のお約束だ。

 貫一とつきあいはじめたきっかけもメールだった。

 コンパのあとのことだ。コンパの席でラムやウォッカの瓶を数本盗んできたやつらが貫一のアパートで二次会を始めた。

 小腹がすいたというので、貫一がチャーハンをつくりはじめた。貫一は食い物に関してだけはマメなので、貫一のアパートがたいてい二次会の会場になる。

「かに~かんでいこう~、かに~かんでいこう~」

 怪しい歌をうたいながら貫一が中華なべをふっている。

「その歌なに?」

「パフィー」

 俺の質問にこたえながら卵チャーハンを大皿に盛ると、貫一はそのうえに缶詰のたらばがにをドサッとふりかけた。

 貫一の築三十年のアパートはふたつの四畳半が中央のふたつの扉でつながっている。四畳半一間で貸していたときの名残りだ。ひとつの部屋が飲み部屋、もうひとつはマグロ部屋と化す。チャーハンを食べた俺は、マグロ部屋に行って押し入れから布団を出すと横になった。

 部屋を暗くすると、となりの話し声をBGMに俺は眠りはじめた。が、胸元で携帯の着信音が鳴りはじめたので、なんだよ、と呟きながらメッセージを見る。

『酒飲むとキスすんの?』

 貫一のメールに返信する。

『たまに。』

 携帯を枕元に放り出すと、すぐに着信音が鳴った。

『ふうん。』

 俺は酔うとキス魔になる。その程度の冗談は日常茶飯事だったので、俺は酔うとヤバい奴ということで通っていた。本気で嫌がる奴にはしないから、男でも女でもあまり抵抗されたことはなかった。

 バイかもしれないと思ったのは、小学生のころに幼馴染みにフェラされたのがきっかけだった。それでもやっぱり女のほうが好きで、男でも気になる奴は気になるというくらいの認識だった。

 貫一のことは可もなく不可もなく、だった。次のコンパで貫一に押し倒されてキスされたときは、日頃俺にやられてた奴がさんざん盛り上がったので、なかなか解放されなかった。

 貫一のキスはヤニ臭かった。

 二次会でまた貫一に押し倒されるのは嫌だったので――するのは好きだが、されるのは嫌いだ――そのまま家へ帰ると、携帯の着信音が鳴った。

『いやだった?』

 貫一からのメールに返信する。

『ヤニ臭かった』

 数日後、貫一の部屋で飲み会をしていたときに、俺は洗面所の歯磨きがラークのヤニ取り歯磨きになっていることに気づいた。

 洗面所の鏡を見上げた。困った顔の自分が自分を見返している。

 まったく圏外だった男が、背後に立って自分を見下ろしていた。

 貫一は長い腕で俺を動けないようにしめつけると、背後から噛み付くようなキスをしてきた。

 騒いでほかの奴に知られるのも癪に障るので、俺はぐちゃぐちゃになりながら貫一の腕から逃げようとした。が、がっちりと締め付けられていて、両腕が動かない。

 無言の攻防と酸欠で息があがる。意識がかすんで、貫一の息のウイスキーの匂いに酔ったような気分になる。舌の裏をすくい取られて、身体がすくんだ。足に力が入らなくなって、洗面所の床に貫一に抱きしめられてしゃがみ込む。

 身体を裏返しにされると、凍りつくような貫一の狐みたいな目と目が合った。

 目のつめたさに鳥肌が立つ。

 貫一は俺の顔をきつく貫一の肩口におしつけると、耳元でささやいた。

「誘うような顔すんな」

 俺のジーンズのファスナーを下ろした。トランクスの濡れた布地の先端にゆっくりと指で円を描く。背中に電流が走るようにビクビクとふるえる俺に、貫一はもどかしいほどやわらかい愛撫を加えた。

 殺した吐息とぬるい唾液が貫一のシャツに吸い込まれる。

「カン、氷もうない~?」

 飲み部屋から聞かれて、俺たちはビクッと飛び上がった。一瞬顔を見合わせて、気まずい表情をうかべると、貫一は俺の唾液を吸い込んだシャツのしわを伸ばして立ち上がった。

「ごめん」

 ちいさく呟いて、洗面所を出ていく。

 身体の熱をもてあました俺だけが取り残される。

 感じて甘えた顔を見られた腹立ちと、続きをもとめる自分の欲望と――どうすればいいかわからなくなって、俺はイライラと爪先で空を蹴った。


 後から知ったことだが、貫一も男が好きというわけではなかった。

 たまたま好きになったのが俺だったというだけで、貫一も俺をもてあましていた。

 それ以後、貫一は俺ひとりだけを部屋に誘うようになり、好きだという言葉もつきあっているという意識もないまま、なしくずしにふたりでいるようになった。

 休みに絶叫マシンをハシゴしたり家でビデオを観たり、中学生のようなつきあいをしている。

 目の前でまずそうに中南海ライトを吸っている貫一は、こたつに背を丸めて腕をつっこみながら、

「ないとむしょ~にほしくなることってない?」

 といった。長いままの煙草を灰皿に押し付けて、

「俺はたけのこの山を求めて深夜のコンビニをさまよったことがある」

 たまに真剣な顔をするとドキッとすることがあるが、基本的にこいつはバカな奴だと思う。

「どのくらいで見つかった?」

「三時間半」

 やっぱりバカだ。あきれた顔をすると、貫一はマルボロのうたを歌いながらこたつにもぐりこんだ。

「これ元歌なんだっけ?」

「自分で歌ってて聞くなよ!」

「え~と、なんだったっけ~……」

 貫一はこたつから出した頭をかかえている。

「思い出せないとむしょ~に気になる」

「緑から赤に変わる」

「信号機?」

 勝手に悩め、とおれはこたつのなかで貫一の足を蹴飛ばした。


First Edition 2003.6.11 Last Update 2003.6.12 

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