第4話 1/100 悪戯

文字書きさんに100のお題 001:クレヨン


悪戯


 子どものころにべったり、クレヨンを塗られた。

 しかも口に。

 それは幼稚園のお絵かきの時間のことで、その日のお題は「好きな動物」だった。ぼくは家の黒い猫を描いて、目玉を黄色にするか黄緑にするかで迷っていた。

 達也、と名前を呼ばれたけど、嫌な声だったから無視した。

 いつもぼくを苛める、木村洋司の声。

 ぼくは三月生まれで組の男子のなかでいちばん背がひくく、なにをするのもトロかった。木村は組で二番目に背が高くてクラスのボスだった。四月生まれかどうかは忘れた。

 達也、ともういちど名前を呼ばれた。返事をするもんか、と意地になって猫の目玉をぐるぐると黄色のクレヨンで塗る。わきから手が伸びてきた。

 油みたいな匂いと、赤いクレヨンの残像。気がつくと、口元にぐいっと赤いクレヨンが押しつけられていた。

「オカマみてえ」

 強引にクレヨンの線を走らせて――口がいたいし、気持ち悪い――木村が笑う。悪魔みたいにきれいな顔で。ぼくはカッとなって木村になぐりかかった。

 たちあがった反動で椅子が倒れる。木村はぼくの手をよけてよろめいた。ぼくは木村の脇腹に頭突きをくらわす。木村とぼくが折り重なって倒れる。

 女の子が悲鳴をあげた。せんせい、せんせい! 叫ぶ声がうるさい。

 ぼくが木村の紺のスモックのすそで口元をふくと、めくれあがったスモックから木村の腹が見えた。脇腹は木村のウィークポイントだ。ぼくはいやがる木村の腹に口元をなすりつけた。へそを横切る一本の赤い線。

 やめなさい! と幼稚園の先生がぼくの身体をひきはがした。先にやったのはそっちだ、とぼくは木村をゆびさす。

 木村は起き上がれないのか、スモックをズボンに押し込みながら下を向いていた。自分がやられると大げさなやつ、とぼくは木村に冷やかな目線を向ける。

 幼稚園の先生が木村を起き上がらせると、木村の顔は耳まで真っ赤だった。

 自分が木村になにをしたのか、そのときのぼくはわかっていなかったのだ。


First Edition 2003.7.10 Last Update 2003.7.11 

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