第10話

「入ったか?」


「ええ、私達も行きましょう」


 何で俺はこんなことをしてるんだ。


 遡ると朝になる。



「あれ、兄貴休みなのにどっか出かけるのか?」


「まぁあな…」


 スーツ姿の兄貴は「行ってきます」と言わずに、玄関を出た。


 愛想のねぇ兄貴。…そろそろ俺も出るか。


「携帯、鍵持ったな」


 持ち物を確認して、キルちに向かう。

 すでに姐さん達は着いて居て、リビングにいる様にと言われたので大人しく待つ。


「キルも大袈裟だな、心配だから来てって」


「良いじゃないか。もし、キルが倒れたら大変だからね」


「…」


 キルは人が苦手だ。慣れてない相手だと怖がって上手く喋れなくなる。


 俺達だって顔を合わせてくれたのは5回目に会った時だった。


 そんなキルがゲー友のRさんに会うって言うが大丈夫だろうか。


「見てみて!キル可愛く出来たわよ!」


 ドアが勢い良く開き姐さんが嬉しそうにキルを見せる。ボムさんはすぐに褒めた。でも俺は何もいえなかった。


 瞳が違う。


「ノック。どこか変?」


 心配そうにこちらを見るキル。


 今、目のことは触れない方がいいと思った俺は別のモノに着目した。


「別に変ではないけど、何で短パンなんだよ!しかも、羽織るパーカーデカいし、後ろから見たら履いてないように見える!」


 焦って早口にはなるし、理由がしょうもない。


 姐さんの熱のある口調で納得したフリをして、車に乗り込む。


 その後は、キルとRさんが会って、後ろから様子を見るだけ。


「はぁ〜」


「あら、デカいため息ね。幸せが逃げるわよ」


「いいすっよ。逃げるくらいの幸せなら」


 何で俺は一日こんなことしないと行けないんだ。


「ノックくん。暇なのは分かるけど、キルが夜奢るって言ってくれてるからね、それまで見守ってあげよう」


「りょーかい」


 そう、俺はタダでは嫌だと言ったら、夜のご飯奢ると言われたので了承したのだ。


「にしても、あのキルが男を見て倒れずにここまで来るなんて初めてじゃね?」


「確かにそうね。だって最初、ボムを見た時にビビって私の後ろに隠れてたわ」


「うっ。それは言わないで…」


 どうやらボムさんにとっては嫌な記憶だろう。にしても、あのRさんって男、クレーンゲーム下手かよ!さっきから景品取れてないし!


 見ててイライラする。キルのゲー友だからこう言うの得意な人間だと思ったが…俺の思い違いか。


「和樹、お前ここで何やってる」


 後ろから誰かに本名を呼ばれた。

 チームのみんなは俺をノックって呼ぶ。本名で俺を呼ぶのはごく一部家族しか居ない。


 振り向くとそこには。


「は?」


「兄に向かってそれは何だ」


 兄貴がいた。


「あ、兄貴!何でここにいるんだよ!」


「仕事だ。そう言う和樹は」


「…遊んでんだよ」


 俺は兄貴が苦手だ。昔から俺な構ってくれない。


「良い歳してまだ遊んでいるのか」


 そして、何かと嫌味を言われる。だから反撃をしてこう言ってやる。


「何が悪いんだよ自分の金で遊んで。それに稼ぎは兄貴より俺の方が良いんだよ!」


 兄貴は俺が何をして稼いでるかは知らない。教えたらまた、嫌味を言われるに違いない。


「っ!お前は!」


 兄貴の手が俺に伸びる。


「いはい、はひき!」


「これくらい可愛いもんだろ!」


 俺の頬を引っ張る。そのせいで滑舌が悪くなる。


「ほい!はなへよ!」


 ガヤガヤ騒ぐ。


「ノックくん静かにしないと…」


 俺の耳の近くで静かに教えてくれるボムさん、でも、俺は静かにはできなかった。


「何してるの」


 キルがこっちの騒ぎを見つけて来られた。見た感じ心配はしてない様だ。

 俺は兄貴の手を振り払いキルに愚痴る。


「聞いてくれよ!兄貴が酷いんだよ!キr…ん!」


 キルと呼ぼうとしたら口を塞がれる。


「んー。んん」


「今ここでは、その名前で呼ばないで。分かった?」


 首で縦で頷く。


「Kさんどうしたの?突然居なくなるからビックリ…、さっちゃん遠くで見守ってて言ったじゃん!」


 ゲームが下手なRさんがこっちに近づいてきた。


「茜すまん。色々あってな…」


 待って!兄貴この人から「さっちゃん」って呼ばれてんのかよ!


「何だよ、さっちゃんって。アハハハ!」


 おかしくて腹を抱えて笑う。


「和樹…」


 また、頬を引っ張られると思ったら。


「ノック。うるさい」


 冷たい声と目線でキルにそう言われた。


「お前だってさっきキルって呼ぶなって言ってんのによ、俺は良いのかよ」


「あ…」


 今気づいたのか口を手で覆う。すると、みるみる顔が真っ青になっていく。


「なぁなぁ!今、キルとノックって聞こえたんだけど!」


「ちょ!りっくんまで出てこないでよ!」


「ごめん茜。押さえられなかった」


 俺らの名前を聞きつけて男2人が出てきた。


「人気の配信者2人がいるんだったら一緒に写真撮りたい!」


「それどうすんだよ」


「もちろん、SNSに上げる」


 おいおいマジかよアイツ。早くこの場を去った方が良さそうだな。


「おい。逃げるぞキ…ぬぁ!」


 突然キルが俺の服の裾を引っ張り後ろに隠れた。


「大丈夫か?」


「もう、無理。こんなに人がいるの無理!帰りたい…」


 小動物見たいに震えるキルをかばいながら姐さんに見てもらう。


「キル大丈夫?動ける?」


「リーダー。やっぱり私、わたしっ…」


 姐さんがキルの状態を見てくれてる。今日はちょっと、これ以上人の目線を浴びると無理か。


「Kさん?大丈夫ですか!」


 キルに対して心配してくれるのはありがたいが、今はそれは逆効果だよ。


「すまんが、今はそっとしといてくれ」 


 俺はそいつが出してきた腕を力強く握る。




 キルは強い。でも、それはゲームの中だけ。


 実際は弱い女の子だ。


 人を信用できない、人を避けて生きてきた。


 そんなキルを理解できるのはチームである俺らだけだ。


 他の奴にキルの気持ちなんて分かるはずがない。

 

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