第23話 イケメンでなければいけない理由

 だまっているとますます落ち込みそうだった。


 何か話でも。


 そんな風に思っているのに何を話していいかもわからず、しばらく、何も言わずに歩いた。愛音はちらちらおれのことを見ていたけれど、とうとう口を開いた。


「もうこの際だから、仕方ないかもね。」

「なにが。」

「鼻毛。」

「はあっ⁉」

「イケメンで、みんなに優しくてモテモテの守君なんだから、それぐらい、がまんすれば?」

「なんだよ、それ。感じ悪いな。」

「だってそうじゃん。里香の家に行ってゲームするって言ったり、白木さんにマンガ貸したり。」

「だってそれは松田が攻略の仕方教えてほしい、って言ったし、白木も、あのマンガ読みたい、って言うから。」

「それは、守君と話したいからに決まってるじゃん。」


 そう言って、だまりこんだ。


「それ言ったら、愛音だって同じじゃねえか。」

「なにが?」

「みんなに優しくしてんじゃん。」


 すると愛音は本当におこったみたいな目で見て来た。


「同じじゃないよ。あたしは、無理してる。無理してみんなに好かれるようにふるまってるだけ。ほんとは優しくないし。」


 意外だった。あんまりおどろいて、何と答えていいかわからなかった。


「みんなと話しててもさ、つまんないなー、って思いながら楽しそうにしてんの。」

 ……「じゃま。」と言う、ぶっきらぼうな声。おれを見るときの不機嫌な顔。冷たい態度。


 ああ、そうだったのか。

 気づいてしまった。

 なんとなく、離れてしまったわけ。おれのこと、好きじゃない理由。


「ほんとは、いやだった?」

「なにが?」

「うちに来てたとき。」

 返事がなかった。

「サッカーさせたり。いつも悪役させたり。ゲームでいつもぼろくそにやっつけたり。」

 愛音は考えこんだ。それをおれは、「そうだ。」と理解した。


「ごめんな。」

「なんで謝るの?」

「だって、つまんなかったんだろ?」

 すると愛音は、本気でおこった顔でおれを見た。おれは自分が言った言葉を思い出しながら、「どの部分が悪かったんだろう」と、必死に考えた。でもやっぱりわからなくて答えを求めて愛音を見た。愛音はそんなおれをしばらくじっと見つめた後、


「楽しかったよ。」


 はあっ、と、乱暴なため息をついた。


 意外な答えに、おれはちょっと面食らった。


「サッカーで、ボールけるのも走るのもいやだからいつもキーパーしてた時も。あたしが悪者になって、ヒーロー役の守君いじめてた時も。ゲーム、全然うまくならなかったのに、いやがらずに遊んでくれた時も。」

「え?」


 意味が分からない。おれは、シュートの練習がしたいから愛音にキーパーをやらせていた。自分がヒーロー役になりたかったから、愛音に悪役を押しつけた。愛音がゲーム下手だから、見せつけるみたいに毎回勝ってた。


 それが……楽しかったのか?


「守君にはわかんないか。」

「なんだよ、それ。」

「本当に楽しいときの顔と楽しそうにしてるだけの顔。」


 そう言って、一人で前を歩きだした。

 ごめん。

 心の中で謝った。


 愛音は、がんばってる。多分、一人でがんばってる。


 みんなからきらわれないように。

 いじめられないように。


 おれ、知ってた。あのとき、クラスの女子から意地悪されてたこと。きっかけはよくわかんない。でも、愛音のお母さんがうちのお母さんに相談したんだ。それで、「うちに来させたら?」ってさそったんだ。


 ねえちゃんは、「かわいくて性格が良ければ、みんなの人気者になれる」って言った。


 だから愛音が家に来たら、髪型をかわいくしたり、一緒にファッション雑誌を見て買い物行ったりした。だからおれも、イケメンになろうと思った。愛音が近所に住んでて、おれのねーちゃんとも仲良しで、しょっちゅううちに来ていることは、みんなが知ってることだった。


 もし本当に見た目が良くて性格が良ければ人気者になれるのなら。

 人気者になれなくても、みんなからきらわれないのなら。


 愛音と親しくしているおれも、イケメンにならなければいけないと思った。イケメンと仲良くしてれば、愛音の友達だってきっと、愛音と仲良くしたくなるはずだ、って。


 おれたちは、ずっとそれを信じて来た。今では愛音とはあまり仲良くなくなってしまった。それでもおれは、イケメンであることを続けている。


 もし万が一、愛音がまたクラスの女子とうまくいかなくなったときに、助けることができるかもしれないと思うからだ。


 愛音はかわいい。前から知ってたけど、今はもっとかわいくなった。クラスの中でも目立つグループにいる。愛音と仲良くなりたい、って思う子はたくさんいて、愛音をきらいな子はいないと思う。愛音だって楽しそうにしてる。いつも笑ってる。


 そうだけど。


「じゃあ、友樹はどうなんだよ。」

 気がついたら聞いていた。

「おまえ、自分から話しかけてて。楽しそうにしてて。」

 すると少しだけ考えこんだ。


「あたし、樋口君の気持ち、わかるっていうか。」


「……え?」

 あんまりおどろいて、言葉が出なかった。


「三年生の時に、お母さんも仕事はじめてさ。あたし一人っ子だから、さみしくて。注目されたくて、おいてけぼりにされたくなくて、うるさくしてうわさ話したり、人の秘密をみんなに言いふらしてた。重要人物みたいになりたかった。人気者になりたかった。あたし、何でも知ってるのよ、すごいでしょ、って。それできらわれて無視されたんだ。」


 知らなかった。……そういうことだったなんて。


「だからあの時、守君の家で遊んでもらえて、うれしかった。」

 愛音は足元を見ながら歩きつづける。


「樋口君さ、おうちが大変なこととか言わないじゃん。でもがんばってるの知って、それで、もしかして、って思った。家にいるときがさみしいから、学校では注目されたいのかな、重要人物になりたいのかな、って。……あの時の、あたしみたいに。」

 小さく唇をかんだ。

「前の自分を見てるみたいで、はずかしくなった。見たくないから、そういうことするのやめてほしくて、それで、なるべく話しかけるようにしたの。あのとき、守君たちにしてもらったみたいに。」

「おれもねーちゃんも、別にそういうつもりじゃ……。」

「わかってる。」

 顔を上げ、噛みしめるみたいに笑った。

「だから楽しかったんだ。」


 そのときだった。


 風が吹いた。枝が揺れ、ざわざわと音を立てて枝についたたくさんの葉っぱが音を立てた。あわてて空を見る。青空はほとんどなく、灰色の雲がすごい速さで流れていく。

「急ごう。」

 愛音が一歩足を踏み出した。

「あっ。」

 足が、飛び出していた石にひっかかった。


 ぴょん、と、跳ねるみたいに愛音の体が浮いた。

 目の前には、大きな岩がつきだしていた。


「愛音!」

 とっさのことで、体が動かなかった。

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