第22話 じいちゃんの言葉
鼻毛はおひろめをしたあと、おとなしく鼻の穴にもどってくれたのだが。
山の中を下に向かっておりながら、おれは鼻毛のことをすべて愛音に話した。
きっと、キモいと思われてる。これ……きらわれるやつじゃん。
そう思って胸が痛かったけど、愛音は気持ち悪がる様子もバカにする様子も見せずにだまって聞いていた。
「なんでこうなったの?」
「わかんねえけど、おれのじーちゃん、この間亡くなって。」
「うん。」
「そのじーちゃんが乗り移ったのかな、とか。」
「ああ。」
愛音は小さくうなずいた。
「あの、鼻毛がどばーッと出た人ね。」
へ?
おどろいて、愛音を見た。
「なんで、愛音がうちのじーちゃん、知ってんだよ!」
「前におじいちゃんが守君の家に遊びに来てた時、うちに来てあいさつしてくれた。」
「ええっ⁉」
「守と仲良くしてくれてありがとう、って言われて、最中もらった。」
「あの、貝の形の?」
愛音はうなずいた。
それは「蛤神社」の名物の「蛤最中」だった。じいちゃんはこの「蛤最中」が大好きで、どこかに行くときは必ずこれをお土産に持って行ってた。
おれもよく食ったよな。
さっき、水の中でまぶたの裏に浮かんだ出来事をぼんやりと思い出した。
あれが本当のことなのか、おれにはわからない。
でも。
あれがうそだ、という証拠もない。だって、世の中には不思議なことがたくさんある。実際、おれの鼻毛に目があって、伸びたり縮んだりしゃべったりしてるんだから。
鼻毛を出したままおいしそうに蛤最中をほおばるじいちゃんのすがたを思い浮かべた。
まさか愛音の家にまで持って行ったとは。
そう思ったら、なんだかつい、笑ってしまった。
「おじいちゃん、守君が心配だったんだよ。」
ぽつりと愛音は言った。
「なんでおればっかり。」
「だって、優しいもん。」
「え?」
「さっきみたいなこと。」
意味が分からん。
「危ないのに、樋口君を助けようとして水の中に入っちゃって。」
「それは……。」
「覚えてる?」
言い訳しようとするおれを、愛音は食い気味にさえぎった。
「守君がおうちの柿の木に登っておこられたこと。」
「あ……うん。」
「たまたまその日、山口君が来てたよね。上の方についてる実がおいしそうだから、取ろう、って。」
うなずいた。
「あたしが『やめたほうがいい』っていったら、守君はやめたんだ。なのに、山口君が守君を臆病者呼ばわりしたの。それでも守君、何も言わなかったしやらなかった。なのに山口君、『おれならできる』って言って。」
「けどあいつ、絶望的に下手でさ。」
「それで、仕方ないから守君が登ったの。」
「そしたら、柿を取ったところで枝が折れて、下に落ちたんだ。」
折れたのは枝だけではなくて……おれは鎖骨を折ってしばらく学校を休んだ。もちろん、親からはこっぴどくしかられた。
「清水君のスマホがなくなった時も、授業に出ないで探して。」
「そうなんだよ、あいつ。おれが盗んだ、とか言ってさ。実は、学校来る途中に落としててさ。」
「そのせいで清水君がみんなから悪口言われてんのに、それでもいっしょに遊んだりして。」
「だって、あのままだとおれがいじめたみたいじゃん。」
「それはちがうよ。だって、最初に守君を悪者にしようとしたのは清水くんなんだから」
「あいつ、親、すっげえこわい、って言ってたからな。正直に『失くした』って言えなかったんだ。」
「今はすごく仲良しになってるけどね。」
一度口を閉じ、
「今もなんだかんだいって、樋口君とも仲良くしてる。」
「あいつ、意外と友達いねーんだよな。」
「だってうるさいんだもん。黙れ! って言いたくなる。」
愛音はあからさまに顔をしかめた。
「……でも、親が離婚したのは知らなかった。」
胸が痛んだ。
「おれも。」
「樋口君さ、結構色んなこと知ってるじゃん。『ビッグニュース』って。」
「ああ。」
「なんかね、給食費とか教材費、おくれて払ったりしてるみたいで、よく職員室に行ってるんだよね。ほかのこととかも色々相談してるみたいで。そのときに聞いてくるみたい。」
息が止まりそうになった。
「な、なんでお前がそんなこと知ってるんだよ。」
「この間、たまたま職員室で聞いちゃったの。」
ため息をついた。
「樋口君、毎日弟を幼稚園に迎えに行ってるんだけど、その帰りにスーパーに寄って、買い物してるの。四時ぐらいかな。スイミングスクールに行く途中、よく見かける。おうちの手伝いしてえらいな、って思ってた。」
そこで「あっ」と、叫びそうになった。
あの、神社でお守り買わされた日も、その翌日も。友樹、急いで帰ってた。
おばあさんを助けたとき、おれの前に立ちはだかってくれた。そんなことしたら、弟のお迎えに遅れてしまうかもしれないのに。
ひったくり犯をつかまえて女の人を助けたらヒーローになれるのに、そうしなかった。
あいつにとっての「もっと大事なこと」。
それは弟を心配させないように時間通りに迎えに行くこと。
そして、おれが鼻毛を出していると気づかれないようにしてくれること。
後悔の気持ちが湧き上がってきた。
あいつを人気者にしてやる、なんて。おれ、何様だよ。
ショックで何も言えなかった。ふと、じいちゃんの言葉が頭の中をよぎった。
守。本当の優しさを知れ。
……こういうこと、なのかもしれない。
何も言えなかった。
じいちゃんにそう言われたから、なるべくみんなに優しくしようと思った。そうしてきたつもりだったけど。
自分で思っていただけで、本当はそうじゃなかったのかもしれない。
心のどこかで友樹をバカにしていた。
けど、友樹はちゃんと知っていた。
本当の優しさ。
ひどく落ち込んだ。
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