第17話 川

「おい、友樹は?」

「あっちの茂みの方に走っていった。」

 鼻毛が答えた。


 ごとん、と、心臓がいやな感じにふるえた。


「帽子が飛んだんだ。」

「なんで拾ってやんねーんだよ!」

「おまえがかくれてろ、っていったからかくれてただけだ!」

 鼻毛がおこったところで「そうだった」と思い出す。


「どっちだ?」

「林の中。」


 いやな予感がしていた。


 先生は言わなかったか。


 茂みのそば。林の向こうに川がある、と。そしてその川は水が増えていて危険だ、と。


「行くのか?」

 鼻毛が聞いてきた。

「知ってるのにこのまま、ってわけにもいかねーだろ。」

 だれにも見られていないかどうかまわりを確かめた。みんなは今の風で飛ばされたものを拾うのに忙しいみたいで、こっちを見ている感じはしなかった。


 どきどきしながら、林の中へと走りこんだ。

 水の流れる音がした。

「おーい、友樹!」

 返事はない。下草を踏みつけながら、茂みをかき分けたときだった。

「あっちだ!」

 鼻毛の声に顔を向ける。


 ぞっとした。


 おれの足元はすでにかたむいていて、その地面の先には川があった。


 川原には大きな石が転がっているみたいだけれど、川の水がその岩にかぶさり、まわりの下草や茂みをぬらしていた。


 その中に、友樹はいた。足首まで水につかり、へっぴり腰で少し飛び出た大きな岩をつかんでいた。


 先生は言わなかったか。


 川には近づくな、と。水かさが増して危険だ、と。


 心臓が狂ったみたいに音を立てる。


「友樹!」


 返事がない。水音で声がとどかないのかもしれなかった。すべっこい岩や下草を踏みつけながら水のそばまで来た。そこには友樹の靴と靴下がぬぎすてられてあった。


「友樹!」


 もういちど声を上げたら、友樹はびくっと体をふるわせた。


「なにやってんだよ!」

「帽子が。」


 友樹が顔を向けた。友樹が立っているすぐ先の大きな岩がいくつかあって、そのすき間に帽子はあった。野球チームの帽子だった。水に浸かってぐちゃっとなっていた。


「いいから早く戻れよ!」

「でも、取れそうじゃん?」

 友樹は「へへへ」と、笑った。


 確かに。そう言われれば、取れそうな気もした。その岩自体は岸に近いところにある。友樹はほんの数歩、水に浸かっているだけだ。それも、足首だけ。あと一歩か二歩でその岩に手が届く。


 それくらいの距離だった。


 でも水の流れが速そうだ。あのへっぴり腰を見ていたら無理なんじゃないかと思った。


「鼻毛、おまえ行け。」

 おれは言った。待ってました、とばかりに鼻毛がひゅうっと鼻から出た。ぽんっ、と、目玉を出し、

「いいのか?」

 目を輝かせた。


「だから友樹は戻ってこい。それでいいだろ?」

「守がそれでいい、っていうなら……。」

 友樹がこっちに来ようと体を向けたその時だった。


「なにやってんの⁉」


 後ろからきびしい声がひびいた。

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