第16話 強風

 さっきまでは抜けるようないい天気だったのに、途中からは雲が空をおおい始めた。風も強くなってきていた。


 山を登りながらも先生たちが集まって話をしているのは見ていたけれど、最後の休憩所に到着するなり、辻先生がみんなを集めた。


「はーい、注目!」


 ぱんぱん、と、手をたたく。


「ここでお昼ご飯にします。遠足のしおりにはこのあともう少し上って、滝が見える休憩所でお昼をすることになっていましたが、ちょっと天気が悪いんでね、ここで少し長めの休憩を取って、下山しようと思います。」


「先生、滝は?」

 誰かが声を上げた。


「残念ながら今日は見られません。あと、そっち。」

 先生は少し向こうの雑木林の方を指さした。

「あの林には近づかないように。というのもね、あのむこうは斜面になっていて、上の滝つぼから流れた水が川になって流れてるんです。」


 そこで何人かが「わあっ」と声を上げた。


「が。」


 先生は強調して生徒たちの声を止めた。


「三日前までの大雨で水かさが増して大変危険になってます。先生は泳げません。みなさんが危ない目にあうのも見たくありません。なので、絶対に近づかないでください。では、解散。」


 滝や川を見るのを楽しみにしていた奴もいたのか、がっかりとため息をつく声なんかも聞こえて来た。それでもみんなはそれぞれ友達と話しながらグループを作った。おれも、



「絶対にしゃべるなよ。顔出すな。」

 鼻毛に強く言い聞かせ、いつもつるんでる大地と晴馬のところに行った。

 鼻毛が顔を出すのが心配すぎて、


 びくびくしながらこいつらといるくらいなら、友樹といるほうが気は楽なんだけどな。あいつなら鼻毛のこと知ってるし。


 気がついたらそんなことを思っていた。ふと気がついて友樹を探した。


 あいつは、ひとりぽつんと座っていた。先生から「行くな」と言われていた林の近くで弁当を広げていた。


 なんで、「行くな」って言われた場所の近くに行くんだ?


 そういうところにも、イラっとした。



「友樹、呼んでやる?」

 大地に聞いてみた。大地はあからさまに顔をしかめた。

「あいつ、うるさいんだよな。知ったかぶり、すげえし。うわさ話しかしねえし。」

「けっこうウザいよな。あいつのギャグ、つまんねーし。おまえのヨーデルの方がよっぽどウケた。」

 晴馬が笑ったら、近くにいたほかのクラスメイトもいっしょになって笑った。おれも笑いながら、

「まあ、たしかにな。」

 と、答えた。

「なんだー。やっぱりあのヨーデル、おまえだったのか。」

 と、大地が言い、「しまった。」と、口をおさえたがすでにおそかった。



 そんなことがありながらも、最初はみんなと楽しく話をしていた。けれど、やっぱり一人でのろのろと弁当を開く友樹が気になって仕方がなかった。半分食べ終わったところで、

「おれ、ちょっと友樹に声かけてくるわ。」

 弁当を持って立ち上がった。大地と晴馬は顔を見合わせたけれど、

「まあ、おまえってそういうやつだよな。」

 と、笑った。ふたりとも、おれとは前に色々あったせいか、それ以上は何も言わなかった。


「おい、友樹。」

 声をかけると、友樹はびくっと体をふるわせた。弁当をかくすみたいに手でおおった。

「なんだよ。」

 いやそうに背中を向けるので、少し離れたところに座った。すると、


「じゃじゃーん!」

 待ってました、とばかりに鼻毛が顔を出した。「ううううううん。」ぽんっ、と、目玉を出し、


「いやあ、きゅうくつかった。もう少しで飛び出すところだったぜ!」

「ふざけんな!」


 友樹は少しおどろいたみたいだった。

「あいつらにはまだ、鼻毛のこと話してないのか。」

「話せるわけねーだろ。」

 すると友樹は、小さく笑った。弁当箱のふたを開けると、


「おおっ! 今日のおかずは唐揚げか! ソーセージも卵焼きもあるな。」

 鼻毛がおれの半分食べかけた弁当をのぞきこんで声を上げた。

 さっきも見ただろ。テメー、わざとらしいんだよ!

 と思ったけれど、

「だまれっ!」

 とだけ言った。鼻毛がうねっているのを誰かに見られないように、背中を向けた。


「鼻毛、飯まで食うのか。」

 友樹が本気みたいな顔で言うので、

「んなわけねーだろ!」

 声を上げたら、鼻毛とハモってしまった。


 ふざけんな、鼻毛!


 目の前をちょろちょろする目玉をにらみつけたら、鼻毛は今度、ひょいっと友樹の弁当をのぞきこんだ。


 いっしゅん動きを止めた後、


「おまえは卵焼きかあ。」

「見るなよっ!」


 友樹は背中を向けて弁当をかくした。そのときちらっと中身が見えてしまった。


 弁当箱のほとんど全部が白いご飯で、おかずは卵焼きが二切れだけだった。


 お母さん、寝坊でもしたのか。


 そう思ったけれど、何も言わなかった。


 おれたちは、だまって弁当を食った。別に話すこともないし楽しくもなかったけど、鼻毛がちょろちょろ出て来たり、話しかけてきても、友樹にはかくさなくていい、というのはやっぱり楽だった。


 弁当を食べ終わり、やることもないんで立ち上がった。

「おれ、もどるわ。」

 そう言った時だった。


「この間、ありがとな。」

 友樹がつぶやくみたいに言った。


「何のことだよ。」

「ひったくり犯つかまえたとき。」

 なんと答えるか、迷った。

「もういいよ。」


「でも、おまえがおれの為にしてくれたのにあんなふうに言うのは、やっぱりまちがってたかな、って思って。」


「別に、まちがってねえし。おれこそ、あんなふうに言うのはまちがってた。」

「でもなんか、おこってるだろ、俺のこと」

「別に、そういうんじゃねえし。」

 答えながら、ごめん、と思った。


 ちがう。おれが気にしてるのはそのことじゃないんだ。そのことじゃなくて。


 と、その時だった。


 びゅうう、とはげしい風が吹いた。あちこちから、「ああっ。」とか「きゃあ。」とか言う声がした。空の弁当箱がひっくり返って転がり、敷物が空を舞った。誰かのジャケットが飛んできておれの近くに落ちた。


 走って行ってそれをつかんだら、

「ありがとう!」

 と、ほかのクラスの女子が笑顔でかけよってきた。

「すごい風だね。」

「ほんとだな。」

「ありがとね。」

「おう」

 そう言って、自分の弁当箱を拾った。そこで気づいた。


 友樹がいなかった。

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