第15話 ヨーロレヒホー

 翌日から雨が降り出した。


 あれからは友樹とも話をしなかったし、愛音がけっこう友樹と仲良く話すようになっていた。


 週が変わって給食当番も終わった。


 鼻毛はやっぱりおれの鼻の穴に住み着いたままだったけれど、運のいいことに鼻毛を出動させなければいけないほどの事件も起こらなかった。


 これで遠足の日まで雨が降り続けてくれればいい。


 そう思ったのに。



 当日は、抜けるような青空だった。教室で朝礼をしたあと、クラスごとにバスに乗りこんだ。


 バスの席もやっぱり友樹のとなりだった。


「なんか、どきどきするよなー。」

 鼻毛がにゅっと鼻から飛びだし、手をふるみたいに左右にゆれてみせた。

「だから、出るな、って!」

 鼻をおさえると、となりに座っていた友樹が、

「まだ飼ってんのかよ。お前も大変だな。」

「へへへ」と、笑った。


「まあな」と、返事をしたけれど、お互い、それ以上そのことについて話をすることはなかった。今までみたいに別の話で盛り上がる、ということもなかった。


 おれは通路を隔てた斜め前に座った大地とゲームの話をしたり、前の席に座った女子が振り向いて話しかけてくるので、適当にうなずいたり、盛り上げるようなことを言って笑わせた。


「ねえ、樋口君。」

 途中で、愛音が後ろから声をかけた。

「今日、やっぱり『沢を渡るコース』に行くの?」

「『滝を見るコース』に変更だと思う。」

「だよね。」

 そんな話をし始めた。

「そうなの?」

 今までおれたちと話をしていた林までそっちに顔を向けた。

「ずっと雨が降ってたから沢の水があふれて危険なんだって。」

 友樹はふつうの顔で答えた。


 なんでこいつ、こんなの色々知ってんだろ。


 不思議に思った。それでもおれからは何も言わない。


 バスの座席の隙間から愛音を見えた。

 目が合った気がしたけど、そらされた。

 やっぱりおれとは話したくないみたいだった。



 学校から二時間ほど乗ったところで、バスが登山口に到着した。


「今回みんなが登るのは、初心者用のハイキングコースです。」


 そう言って、担任の辻先生が、右の方の道をさした。

「最初の予定では、『沢を渡るコース』を行くことになっていましたが、ずっと雨が降り続いてて沢に水があふれて危ない、ということなので、今日は、『滝を見るコース』に変更になりました。」


 友樹が話していた通りになった。いつもの友樹ならドヤ顔でもしそうなところだけど、今回はふつうの顔をして、だまって聞いていた。


 林が「やっぱり樋口の言う通りだったね。」と、感心したように愛音に話し、愛音も「ほんとだね。」と、うなずいた。それは友樹の耳にも入っていたはずだけど、いつもみたいに「だろ? だろ?」と、みんなに自慢して回ることもなかった。



 おれたちは、山を登り始めた。道はまだ少しぬかるんでいて、地面から飛び出した大きな木の根や、石の上がすべりやすくなっていた。


 けれど、新緑の間からさしこむ太陽は明るい。おれは大地とか晴馬とかと話しながら登っていたのだけれど、突然、


「ヨーロレヒホー。」


 甲高い声に、背筋がぞっとした。

「だれだよ、ヨーデルなんか歌ってんの。」

 となりを歩いていた晴馬が声をあげた。おれは、あわてて両手で鼻をおさえた。


 だまれ、鼻毛っ!


「ヨーロレヒ、ヨーロレヒホー。」

 たまらなくなって、自分だけ列を外れた。

「だまれ!」

 両手で鼻をおおった。

「あー、やっぱり山の空気は気持ちがいいなあ。」

「だまれって言ってんだろ! このクソ鼻毛!」


「なに、守。そんなに遠足がうれしいわけ?」

 おれのあせりにも気づかず、だれかが言う。みんなも、どっ、と笑った。

「ちがう、ちがうって。」

 はずかしさにふるえる。「やだー、守くん。」、「おかしい。」、と、女子たちまで笑いはじめた。


「なんだ、おまえ、オレのおかげで人気者じゃないか。」

「ふざけんなっ!」

 鼻毛は、へらへら笑うだけだった。となりで、


「ヨーロレヒホー。ヨーロヨーロレヒホー、ヨーロレヒホー。」


 ほかの男子が鼻毛のまねをして歌いはじめた。おれは口をへの字に曲げたまま、ずんずん歩いた。

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