第11話 友樹の作戦

 学校が終わると、


「守、行くぞ。」


 友樹は、真っ先におれの席に来た。そのとたん、


「えー、守、うちに来るんじゃないの?」


 愛音と同じグループの松田 里香という女子が声を上げた。実はさっき、「ゲームで、一週間ぐらい攻略できなかったレベルをようやくクリアした」、という話をしたら、「放課後、うちに集まってみんなでやろう」、という話になっていたのだ。


 もともとおれがはまっていたゲームなのだが、松田もおれがそのゲームをしている、と知って自分もやりだした。同じレベルをなかなか攻略できないから、手伝ってほしい、と。


 ほんとは、鼻毛にアドバイスをもらったおかげで攻略できたわけで、人の手伝いをするほどうまくはない。松田が愛音をさそったのを知っていたから、「いいよ」と言っただけだ。


「え、あ……。」

「昨日言っただろ、いい考えがあるって。」


 いつになく友樹は強引だった。おれの弱みをにぎってるからかもしれない。


 本当は行きたくなかった。もう、関わりたくない。

 なのに、


「鼻毛、やっつけるぞ。」

 と、ささやいてきた。

「しいいっ!」

 友樹に言ってから、


「ごめん。用事あったの忘れてた。」

 と、断った。


 けど、助かった、という気持ちもあった。


松田から「えー、自分じゃできないから、守、やって。」なんて言われたら、できるかちょっと不安だったからだ。


 松田はともかく、愛音にかっこ悪いところを見せるのはイヤだった。


 だってあいつ、おれはゲームがうまいと思っている。「やっぱり下手なんだ」と思われるのはくやしかった。


 松田はあからさまにいやそうな顔をして友樹を見た。


「へえ。用事って、樋口と?」

「いや、え、まあ。うん。」


 鼻毛退治とも言えず、かといってこいつと遊ぶというのもなんかちがうし。それでまごまごしていたのだけれど、


「なんだあ。楽しみにしてたのに。」


 松田は口をとがらせ、迷惑そうに友樹を見た。友樹は気まずそうにうなだれた。


 それでも「やっぱり今日はやめよう」とは言いださなかった。


「愛音も来れないんだよねえ。」

 松田が困ったみたいに言った。

「ごめん。スイミングだから。」

 愛音が答えた。


 なんだ、愛音が来ないのか。だったら行かなくてもいいや。


 けっこうほっとした。


 そんな事とは知らない友樹は、おれの代わりに、

「悪いな。じゃ。」

 と、その子たちにあいさつをして、教室を出た。やる気満々みたいだった。


「おまえ、相変わらずモテモテだな。」

 松田からはあんな態度をされたのに、少しも気にしてないみたいだった。


「なんでだよ。」

「俺なんか、女子にさそわれたことないぞ」

「じまんすんなよ。」

「でもまあ、安心しろ。俺が、おまえを助けてやる。鼻毛ののろいをといてやるからな。」

「あ、うん……。」


 めちゃくちゃ困った顔で笑って見せたときだ。


「バカですねー。」

 マスクの下から鼻毛が言った。

「のろわれてるわけでも祟られてるわけでもないのに。」


 おれ達は顔を見合わせた。

「じゃあ、なんなんだよ。」

「そんなの、オレに聞くなよ。自分でもどうしてこうなったかわかんねえのに。」

「とか言って、一生おれの鼻の穴に居座るわけじゃねえだろうな。」

「そうなったら本望だけどね。」

 鼻毛は笑った。


「……鼻毛の生活って、よっぽど楽しいんだな。」


 友記が意地悪く笑うと、

「そりゃ当たり前だろう。」

 鼻毛も、なにを今さら、という風に返した。


「世の中の鼻毛がオレと同じ経験をしたら、全員、ふつうの鼻毛になんかもどりたくない、って言うよ、もちろん。」


「やめてくれっ! こわすぎんだろ!」


 友樹も同じことを思ったみたいで、心なしか、顔がひきつっていた。


「待ってろ、守。あと少しのしんぼうだ。」

 と、友樹はニヤリと笑った。


「ムリムリ。おまえがどうあがいたって、ムダだね。」

 鼻毛が笑った。


「おれも鼻毛に同感。」

「おまえ、鼻毛の味方なのかよ!」


 そうじゃない。友樹と鼻毛だったら、鼻毛の方が信用できるような気がしただけだ。



 大きな家の建ち並ぶゆるい坂道を登ると、「酒巻(さかまき)神社」と、書かれた大きな石が見えた。


「まさか、あそこ?」


 あまりにふつう過ぎてがっかりした。友記はずんずん前を歩きながら、


「おはらいしてもらうんだ!!!」

 と、自信たっぷりに答えた。


「やれるもんならやってみろ。」


 鼻毛は、今度はマスクの間からくねくねと体を曲げながら出てきた。おれはそれを瞬殺でとらえてマスクの中に押しこんだ。


「そんなの、なんの役にも立ちませーん。」

「役に立たないかどうか、やってみないとわからないだろ!」

「あのなあ、おはらいなんて、ただでやってくれるとこ、ないんだぞ。」


 バカにするみたいに、マスクの中でくねくね、くねくねやり続けた。友樹は真顔でおれを見た。


「金は、おまえが出せよ。」

「はあっ⁉」

「当たり前だ。お前の鼻毛だぞ。」

「なんでおれが。」


 たしか、緊急用にと渡されていた五百円があったなあ、と、ぼんやり考える。


 緊急じゃないかもしれないけど、この五百円で鼻毛が消えてくれるなら……と思いかけ、我に返った。


 そんなにうまくいくわけねえだろ。


 おれたちは酒巻神社の鳥居をくぐった。息をはずませながら急な階段をかけ上った。


 境内にはたくさんの木々が生い茂り、草のにおいがした。湿気を含んだ空気にむせ返りそうになりながら、人気のない境内を突っ切り、おみくじやお守りを売っている売店のほうへと歩いていった。


 売店のガラス戸はしまっており、人のすがたも見えなかった。誰もいないなら、このまま帰りたい。


 鼻毛をどうにかするとなったら、誰かにこのことを話さなければならない。どうせ解決できないなら、何も話したくない。けど、友樹だったら、うれしそうに「鼻毛が……」とか言い出しそうだった。


 それがいやだったのだ。


「誰もいないんじゃね?」

「聞いてみなきゃわかんないだろ。」

 いつになく強気な友樹が声を上げた。

「すいませーん。」


 返事はない。


「やっぱり今日は開いてないんじゃね?」

「すいませーん!」


 おれの言葉を無視して、友樹はもう一度、声をかけた。


 すると「はーい」という女の人の声がして、中から太ったおばさんの巫女(みこ)さんがあらわれた。


「お待たせしましたね。おみくじですか?」

 友記が一歩進み出た。

「いえ、おはらいしてほしいんですが。」

「おはらい?」


「ぼくの友達が、悪い鼻毛に取りつかれているんです!」


 やっぱり!


「鼻毛……?」

「じゃなくて、おばけ!」


 おどろく巫女さんに向かってとっさに言いなおすと、友樹がムッとしたように見て来た。


 目で「言うなよ!」とおどしたら、それ以上は何も言わなかった。


「悪いおばけ……おはらい、ねえ……。」

 その人は、こまったように首をひねったあと、

「お父さんとかお母さんは?」

 と、たずねた。友記は顔を上げ、

「来てません。でも、お金なら、こいつが持ってます!」

 と、おれを見た。


 なんでだよ、と思いながらランドセルの内ポケットに入れておいた五百円玉を出した。

「あー……。」

 おばさんは、さらにこまりはて、

「それだったらね。」

 と、いちど奥に入り、なにかを持ってきておれの五百円玉のとなりに置いた。


「これで、どう? これなら五百円。」

 それは、白いお守りだった。


 うらに、「家内安全」と書いてあった。


 おれたちは、だまって神社を出た。

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