第10話 うわさになってる⁉

 翌日、おれは学校にマスクをかけていった。


「なんでこんなもんつけるんだよ! 暑いだろ! 何も見えねーだろ!」

 うん。だったらそのほうがこっちは助かる。


 教室に一歩足をふみいれた時だった。


「そうそう! 女の子が、ベランダでシャボン玉してたんだって。それで、柵の間からストローを外に出してシャボン玉飛ばしてたら、そのストローが落ちて、取ろうとしたみたい。」

 という、林の声が聞こえたので、ぎくっとして足を止めた。


 女の子。ベランダ。柵。

 まさか、まさかだよな。


 ばっこん、ばっこんと高鳴る胸をおさえ、速足で自分の席に向かうけれど、耳だけはキンキンに澄ましていた。


「ベランダに椅子があって、その椅子にのぼって下をのぞきこんだけど見つからなくて、柵を乗り越えようとしたらしいの。それで落ちちゃったの。」

「こわーい!」


 ま、間違いない。こいつら、昨日の話してる。

 どうか、鼻毛の話題になりませんように! そこだけすっとばしてくれますように!


 祈りながら、大きな音で自分の椅子を引いた時だった。


「そしたら、どこからともなく黒いロープが現れて、女の子をぐるぐる巻きにして、十階にいるお母さんのところまで引き上げたんだって。」


 キターーーーーーッ!

 どくん。

 心臓がひときわ大きな音を立てた。


「うっそお。」

「なんか気持ち悪いね。」

 気持ち悪くて悪かったな。


 おれはなるべく話には参加せず、だまって席に着いた。


 どきどきして友樹の席を見る。こういうとき、友樹はその話を知ってても知らなくてもその場で適当なことをしゃべり散らす。


 けれども今日は友樹は一人、だまって座っていた。

 どうやら鼻毛の「おどし」がきいたみたいだった。


 ほっとしてランドセルの中のものを出した時だった。


「そのロープ、『しらさぎ公園』の前にも出たらしいぞ。」

 清水 大地も言った。


 びくっと体が震えてしまった。

 どきどきどきどき。


 誰かに見られた、とか?

 写真撮られた、とか?

 こええ。こええんだよお、鼻毛! どーにかしてくれっ!


「ロープの先にランドセル背負った子供がつかまってた、って。」

「それ、聞いた! 空飛んでたって。」


 まずいだろおおおおおっ!

 どばっ、と、全身から汗がふきだした。


 そのランドセル背負った子供がおれだってバレたらどーしよー!

 そのロープがおれの鼻毛だってバレたら……!


 考えるのも恐ろしかった。


「なんだ、オレ達有名人じゃん!」

 鼻毛がマスクの中でうれしそうに言うので、

「だまれっ!」

 と、小声でおこった。


 もう一度友樹を盗み見る。おれが見ているのに気づいてこっちを見た。


 何もなかったみたいに顔を背けられた。けれど、いつもみたいに自分からその話の中に入っていくことはなかった。


 とりあえず、安心だ。

 ほおっと大きく息をついた時だった。


「樋口君は、黒いロープひもの話知らないの?」

 女子の話す声がした。その声にはっとして振り返った。


 愛音だった。


 ひとりでぼんやりしている友樹に、自分から声をかけたのだった。


 ……なんでだ?


 心臓がいやな感じにドキドキと音を立てる。


 なんで真っ先に友樹に聞くんだ⁉ そいつは口先男だぞ! 知らなくても知ってる振りする知ったかぶり男だぞ! みんなからちょっとさけられてんだぞ。なんで……おれじゃなくて友樹に話しかけてんだよ!


 おれは友樹をにらんだ。


 言うなよ! 絶対に、鼻毛のことばらすなよ!


 頭に血がのぼった。今にもそっちに行って自分まで会話に入りそうになる。でもダメだ。おれ、本人だし。そんなこと言い出したら、友樹が調子に乗って色々言いだしそうだし。


 友樹は愛音に話しかけられて少しぼおっとしたみたいだったけど、うれしそうに「へへへ」と、笑った。


「あ、うん。聞いた。」

「樋口君のことだから、色々知ってるのかと思った。」

 ほっとした。


 なんだ。うわさのことを知りたかっただけか。愛音もけっこううわさ好きなんだな。

 胸をなでおろし、それでも全身を耳にして二人の会話に集中した。


「テレビとかで見たのか?」

「ううん。SNSでそういうの広まってるんだって。」


 な、なに⁉ スマホで撮影してたやつがいるってことか⁉


 ばっこん、ばっこん。

 心臓が狂ったように高鳴る。汗まで出て来た。


「へ、へえ、そうなんだ。うち、スマホとか禁止だからわかんなくてさー。」

 友樹はまた「へへへ」と笑った。

「そうなの? じゃあ、ちょっと見る?」


 うちの学校は、スマホを持ってきてもいい。授業中に見なければ、おこられない。


 だけど、なんでだ?


 愛音は自分のスマホを出して友樹のとなりに座った。ふたりで仲良さそうに小さなスマホの画面をのぞきこんでいる。


 なんでだああああああっ!

 いらっとした。

 おれだって見てねえんだぞ! 


「ほら、これ。すごいよね。」

 するとそれに気づいたほかの女子が声を上げた。

「えー、なになに?」

「あたしも見せて―。」

 おれの近くにいた山口 晴馬も声を上げた。

「おれも見る。」

 そして、席でかたまっているおれを見た。

「守、見ようぜ。」


 ほんとは見たかった。鼻毛がおれの鼻から出てるところが映ってないか確かめたかった。いつもだったら「おれも見せて」なーんて気軽に入っていくのに!


「あ、お、おれはいいよ。も、もう見たから。」

 気がついたらそんなことを口走っていた。

「そっか。」

 友達は愛音たちの方に行ってしまった。

「守君、見ないの?」

 林にも声をかけられた。

「あ、だいじょうぶ。」

 笑顔を作るのも忘れてしまった。

「守君、どうしたの?」

「え?」

「なんか、いつもとちがうし。」

「そ、そんなことないよ。」

 あわてて笑顔を作った。


 何を思っているのか、鼻毛はウソのように静かになった。


 どきん、どきん。

 心臓が高鳴っている。


 なんで、愛音が友樹と仲良くしてんだよ!

 友樹、鼻毛のこと、ばらすなよ!


 色んなことが頭の中でごっちゃになって、ドキドキが止まらなかった。

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