第9話 鼻毛におどされる
「こら、守! 起きろ。」
ぴたぴた、と、ほほをたたかれた。うっすらと目をあける。ビー玉のような二つの目がおれの顔をのぞきこんでいた。
「ひいっ!」
とっさに飛び起きた。
「うううん。」
となりでたおれていた友記が声をだした。
やばい!
「ひっこめ! いいからおまえは、引っ込んでろ!」
両手で鼻をふさごうとしたけれど、
「今さらかくしてもおせえだろ。」
器用にうねって逃げられた。
そんなのを見ていたら、なんかもう、かくすのも驚くのも怒るのもつかれてしまった。
友樹が目を開けた。自分が地面にたおれているのに気づくと、
「おれ、こんな所で、なにして……。」
鼻毛と目が合った。
「ひいいいっ。」
情けない声をあげて、転がるようにしてその場からはなれた。そしてまじまじとそのビー玉みたいな目玉を見て、そこからその太い体を目でたどっていった。その太いロープのようなものがおれの鼻の穴から出ているのを確認すると、
「な、なんだよ、これ! キモいにもほどがあんだろ!」
わなわなと体をふるわせた。
鼻毛がさらに近づくと、さらに下がろうとして足がもつれてしりもちをついた。
「だからさっきも言ったろう。鼻毛だ!」
鼻毛は自信満々に答えた。
「なんで鼻毛に目がついてんだよお! しゃべってんだよお! 風もないのに動いてんだよお! ありえねえだろっ!」
友樹はパニックになったみたいに叫んだ。
「いいか、おまえ。オレのことは、絶対にほかの人に言うな。まあ、言っても信じてもらえないだろうが。」
鼻毛のくせに、鼻で笑った。
そこで、気づいてしまった。
確かにそうだ。
おれは人前で鼻毛を出さない。で、おれの鼻にこんな変な鼻毛が同居してるなんて話、ふつうに考えたらありえない。
だったら、友樹がなにを言いふらしてもみんなが信じるわけがないのだ。
あせっていた自分が恥ずかしい。
「か、母ちゃんに言ってやる。」
友樹は、ひきつった顔のまま言った。
「みんなに言いふらしてやるからな! 弟にも、クラスのやつらにも先生にも、町中のみんなに、守が変な鼻毛出してるっていいふらしてやる! これでお前はおしまいだ!」
おれはあきれてしまって、つい友樹を見た。友樹にとっても、おれの反応が思ったのとちがったのか、はた、と、だまりこんだ。
「おまえ、ホントにそう思ってんの?」
「は?」
「鼻毛の言ったとおりだよ。おまえがそんなこと言いふらして、みんなが信じるって本気で思ってんのか?」
そこで友樹の顔が、苦しそうにゆがんだ。
「けっ! 自慢かよ! 俺が何を言ったって、みんなが信じるのはお前の方だって⁉ どうせ、俺の言うことなんか、どーでもいいんだよ! イケメンで、女子にモテモテで人気者の速水 守にはかなわないってか⁉」
すると鼻毛はおどろいたみたいにおれをまじまじと見て来た。
「イケメン、女子にモテモテ、人気者。……へえ。おまえ、学校ではそういうポジションなのか。」
すると友樹は「しまった!」というように口を閉じた。速水 守が人気者だと認めてしまったことを後悔しているみたいだった。
おれと鼻毛は顔を見合わせた。なんかすごい光景だと思うけど、すでに慣れ始めている。友樹はくやしそうに唇をかんだ。
「まあ、好きにするがいいさ。」
鼻毛はよゆうで答えた。
「ただ、守をいじめたら、こんどはおまえの鼻に乗りうつってやるからな。」
「乗りうつる?」
おれ達は、意味が分からずに顔を見合わせた。
「どうなるか、見せてやろうか?」
目玉がひっこんだ。毛先だけがすうーっとのびて、そのまま友樹の鼻の穴に近づいて行った。
だめだ! このまま行ったら友樹と鼻毛でつながれる!
「ギャーッ!」
おれ達は声を上げて別の方向に飛びすさった。
「やめろよ! それはキモいの域を超えてる!」
「ぜってー、ぜったーやだっ!」
「いやでもなんでも、おまえたちは一生、鼻毛兄弟として生きていく。それだけだ! いちど鼻毛に気にいられた人間が、簡単に逃げ切れるわけはない!」
おれ達は顔を見あわせた。鼻毛でつながれている自分たちふたりのすがたを思いうかべたのはおれだけじゃないはずだ。
「い、いやだ……。」
友記はなみだ目になっていた。
「いやだ。そんなの。守が鼻毛を出してるのはいい。けど、そんなもんでつながれるなんて……兄弟だなんて、そんなの……絶対、いやだ……!」
「そうか? おまえも守みたいに人気者になれるチャンスだ。喜べ。」
「だれが!」
「それがお前の望みなんだろ? 守みたいな人気者になりたい。」
鼻毛が妙に真面目な声で言うので、友樹がカチン、ときたのはその表情でわかった。
「けどな、こいつは人を蹴落としてバカにして人気者になったわけじゃねえぞ。」
鼻毛の言葉を聞いていたら、なんかむなしくなってきた。
……勝手にうらやましがられて、勝手にねたまれても困るんだよな。
たしかにおれはイケメンであることを心がけている。でもそれは、人気者になりたいとか、女の子にもてたいとか、そういうつもりでやってるわけじゃないんだから。
「どうする? 決めるのはお前だ。」
鼻毛が真剣なまなざしで友樹に言った。
「……わかったよ。」
友樹は渋々、といったように小さくつぶやいた。
おれ達は、なんとなくすべてに負けたような気になって帰りの道をとぼとぼと歩いた。
「なんでこんなことになっちゃったんだよ。」
友樹が、うらみがましく言った。
「知るかよ。」
「おい、聞こえてるぞ。」
鼻毛が顔をだした。友記は鼻毛をちらっ、と見て、
「俺にいい考えがある。」
と、ささやいてきた。
友樹の言う「いい考え」が、本当によかったことは一度もないけど、とりあえずうなずいた。
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