第4話 氷室 愛音
朝から空なんか飛んでしまったせいで、胃の中はひっくり返ってる感じだし、なんか頭もふらふらする。それでも何もなかったふりで靴箱までたどり着くと、
「あー、守君、おはよー。」
いつものあいさつなのに、びくっとして顔を上げた。同じクラスの女子だった。
「あ……おはよ。」
いつものさわやかな笑顔を作って返事をしたのだけれど。女子は不思議そうに顔をのぞきこんできた。
「どうしたの?」
まさか、鼻毛にここまで連れてきてもらったの、バレたんじゃねーだろうな。
「な、なんだよ。」
背中に冷や汗が伝った。
「なんか今日、髪型ちがう。」
「え、マジで⁉」
昇降口のガラスに自分の姿を映してみる。たしかに、朝は立たせていた髪が寝てしまっている。
鼻毛のせいだっ! 朝から車にはねられそうになったり、空とか飛んだせいだっ!
おれは髪が細くて直毛だから、こうなると漫画とかアニメに出てくるおぼっちゃんキャラみたいになってしまう。あわてて指で髪を立てていると、
「おはよ、守。」
去年同じクラスだった女子が声をかけて来た。
「おはよ。」
「速水君、おはよ。」
おととし同じクラスだった子もあいさつしてきた。
「おはよう。」
「あれ、今日は遅刻じゃないんだ。」
「おう。」
いつものように笑顔であいさつしてるけど、内心はすごくあせっていた。もう一度髪に手をかけた時だった。
「……じゃま。」
不機嫌な声がした。
「あ、悪い」
最後の部分をざくっと指でかき上げて、笑顔で声の方を見た。
あからさまに顔をしかめ、ちょっと怒ったみたいにおれを見る視線に、どきん、と、胸が高鳴った。
そこにいたのは。
同じクラスの氷室 愛音だった。
愛音はクラスでも目立つグループにいる。リーダー、ってわけじゃないけど、いつも女子にかこまれている。肩くらいの髪をいつもポニーテールにしていて、服のセンスもいい。
まあ、なんていうの? ちょっとかわいいっていうか。別にそれはおれがそう思ってるとかじゃなくて、でもまあ、ほかの男子も愛音と話すときはうれしそうだし。
愛音は、ぷい、と、顔をそむけ、おれをさけるようにして行ってしまった。
っつーか、なんなんだよ!
愛音はふだん、愛想が悪いわけじゃない。……おれ以外のやつには。
今みたいなときとか、ぶつかったやつがおれじゃなかったら、多分、かわいく笑って自分から「ごめんね」って言うと思う。たとえ、自分が悪くなかったとしても。
なんだよ、あいつ。
思わず口をとがらせてしまう。
ほかの女子はみんなおれのこと、きらいじゃないと思う。いや、むしろ好き。でも愛音はおれのことが好きじゃない。
昔はおれたち、仲良しだったのに。
いや、正確に言うと、ねーちゃんと三人で仲が良かった。家も近所で、二人とも家が共働きだったから、お母さんが愛音のお母さんに言った。
「一人で留守番させるのが心配だったら、うちに来させたら?」
と。そして、愛音はしょっちゅううちに来た。でも、愛音に本当に来てほしいと思っていたのはむしろ、ねーちゃんの方だった。
おれから「遊んでくれ」、と、せがまれるのも、面倒かけられるのもいやみたいだった。
男友達を家に上げると、モノがこわれたり、部屋がものすごく汚くなったり、遊んでいるうちにケンカになったりする。
かといって一人でいたら、カップラーメン食べようとしてお湯こぼしてやけどしたり、お母さんがかくしていたお菓子をこっそり盗んで食べたり、階段の一番上から飛び降りてケガとかする。だから、お母さんが愛音を家に呼んだのだ。
愛音のすごいところは、「だれとでもふつうに楽しく遊べる」ということだった。
美容が大好きなおれのねーちゃんの言いなりになって変な髪型したり、変なメイクしたり、ファッションショーしたり。
おれといっしょにいるときは、サッカーしたり、戦隊ごっこをしたり、ゲームで遊んだ。
毎回おれがシュートをして、愛音はキーパー。おれがヒーロー役で、愛音が悪者。ゲームなんか愛音は絶望的に下手で、めちゃくちゃにやられてた。それでもいやな顔一つせず、むしろ楽しそうにしていた。
たまーに、運悪く、危ないことをする羽目になっても、愛音が止めてくれた。で、おれも愛音の言うことはちゃんときいた。遊び相手がいなくなったらこまるからだ。
でも。
ねーちゃんが中学生になって、バスケを始めた。おれももう、カップラーメンは一人で作れるし、欲しいおやつは自分で買うし、階段の上から飛んだらケガをする、ということも学んだ。
そしたら愛音もうちに来て遊ぶことがなくなった。そしたらいつの間にか、ただのクラスメイトよりもさらに遠い関係になってしまった。
もやっとしたものが胸にこみあげる。
なんでこうなったかなあ。
原因を考えるけど、やっぱりわからなかった。
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