第3話 おれのじいちゃん

 おれのじいちゃんは、先月亡くなった。お父さんの方のじいちゃんだ。


 ある朝起きたら亡くなっていた。大往生、というやつだ。


 どういうわけか、鼻毛がぼうぼうに生えていた。髪の毛はないのに、鼻毛だけは切っても切っても生えてくるみたいで、最後の方はもう、ひらきなおっていた。みんなに、


「鼻毛を笑う者は鼻毛に泣く。」


 などという格言を言いふらし、喜んでいた。


「今思えばあれ、何かののろいだったのかもしれないわね。」


 お母さんが、お父さんにささやいているのを聞いたことがある。


「鼻毛ののろい? どうやって?」

「わからないけど、なにかだれかにうらまれるようなことしたとか」

「けど、親父、鼻毛を切るのやめてからカゼをひかなくなった、って言ってたぞ。」


 お父さんが言ったら、今度はお母さんが真顔になった。


「じゃあ、案外悪くなかったのかもね。大往生できたのもそのおかげかしら。」


 って、今にも「じゃあ守にもやらせようかしら」ぐらい言っちゃいそうないきおいだった。


 マジで、そーゆーことじゃねえから!


 で、そのじいちゃんは昔、レスキュー隊にいた。いろんなところに行って、たくさんの人を助けた。じいちゃんを知る人はみんなじいちゃんが好きで、じいちゃんのことを尊敬していた。


 でもおれは、ちょっと事情がちがう。


 仲が悪い、ってわけじゃなかったけど、孫の中ではあんまり仲がいい方じゃなかった。もちろん、尊敬はしてるけど……じいちゃん、おれにはちょっと冷たかったというか。


 ほかの親戚はみんな田舎に住んでるけど、うちだけ東京に近いところに住んでるせいかもしれない。


 何度か聞いてみたけど、お母さんは「気にしすぎじゃない?」と笑い、お父さんだって、「そんな風には見えないぞ」と首をかしげた。けど、


「守。男は顔じゃない。心だ。」

 とか。

「守。行動する前にもう少しよく考えろ。」

 とか。

「守。本当のやさしさを知れ。」

 とか。


 とにかく、おれにだけ意味不明なことばかり言ってきた。だからいっしょにいてもちっとも楽しくなかった。……ねーちゃんには、すっげーやさしかったのに。


 イケメンでも。

 何も考えずに行動しても。

 本当のやさしさを知らなくても。


 おれはなんの問題もなくフツーに生きてる。なのに二言目には、

「おれは長生きなんぞしなくていい。なのにおまえのことが心配で死んでも死に切れん。」

 と、おれを問題児あつかいし、長生きするのをおれのせいにしていた。


 だったら、死ぬなよ。


 心の中で悪態をついた。


 おれには文句ばっかり言ってたじゃねーか。ほめられたことなんか一度もねーぞ。まだ仲良くしたことなんか一度もねえのに、一人で勝手に死んでんじゃねーよ!


 もしかしたら、そんなことを思ってたから、祟られたのかもしれない。


 なんで孫に祟ってんだよ!


 と思うが、そんな事よりも今は、この鼻毛だ。


 どうにかしてくれよ、じーちゃん!


 とは思うけれど、死んでしまったのだから助けてもらうわけにもいかないし、そもそも、この鼻毛がじいちゃんのせいかどうかもわからない。



 誰もいない校舎の裏に下ろされた時、ほっと息をついた。鼻毛はそのビー玉みたいな目をキラキラさせた。

「うわー、すっげー、学校だ。ドキドキする。」

「しゃべんなっ!」

 おれはその目をにらみつけた。

「それから、絶対に顔出すなよ!」

「なんでだよ。」

「おれはイケメンの速水 守だっ! 鼻からこんなのぶら下げてたら人気者どころかみんなに笑われていじめられる!」

「なんだ、そんなこと心配してんのか。」

 鼻毛は、バカにしたみたいにふっと笑った。

「心配するな。その時はおれが助けてやる。」

 その物言いに、カチンときた。気持ち悪いのも忘れて、その太い鼻毛をつかんだ。

「ふざけんな! いいから中に入ってろ!」

 ぐちゃぐちゃに丸めようとしたら、さすがにそれはマズいと思ったのか、鼻毛はすうっとおれの鼻の中に入った。

「絶対に、顔、出すなよ。」

「わかったよ。」

「絶対にしゃべんなよ!」

「わかったよ。うるせーな。ったくちっちぇえ男だぜ。」

「だまれ!」


 おれは、そのまま昇降口に向かって歩きだした。

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