第1話:よくある話と転校生

 ―5月7日未明、東京都在住の川口―さんと娘の―ちゃんが行方不明になる事件が発生しました。警察は以前より連続して発生している行方不明事件との関連性を調べています―


「いやあ、またですか。」

「最近、頻度が増えてきたような気がしますね。」

「ネットでは『神隠し』なんて言われてるらしいですよ。他には集団拉致だの、宇宙人の仕業だの…。」


 耳障りなワイドショーが流れている。

 大きなため息をついた。

「またかよ…。くだらねーな。」

 トーストからジャムを零しながら、最後の一口を食べ終わる。

 俺はガチャガチャと食器を片付ける音をわざと立ててTVの音をかき消した。

「あんたねぇ、くだらないってことはないでしょ。」

「だってまた警察が来るんだろ?姉貴だって面倒くさがってる癖に。」

「…しょうがないけど…何も出来ないもん。とにかく停学明けから遅刻なんてヤメて。早く出てって!」


 姉に急かされて俺は家を出た。

 高2になったばかりの頃、カツアゲしてたチンピラをぶっ飛ばして停学を食らって、2週間ぶりの登校日だった。


 学校に近づくにつれて、周りの学生がチラチラこっちを見てくる。

 俺はもう3回も停学を食らってるわけで、悪い意味で有名人になってるみたいだ。

 口より先に手が出ちまう性分のせいで、俺はロクに友達も作れなかった。学校には就職の為だけに行っているようなモンだった。


 教室に着いても周りの目線は変わらなかった。

「はい、今日は転校生が来るからなー。きちんと迎えてあげるように。」

 担任は俺を一瞥して、廊下にいる転校生を呼んだ。

「転校生…?」

 隣のやつがギョッとした顔で反応する。

「あっ、ああ。1週間前くらいに聞いたんだけど…。」


 ドアが空く音と共に、教室が少しだけ騒ついた。

 綺麗なショートヘアで華奢な目ん玉まん丸の…いわゆるカワイイ転校生ってやつだったからだ。


「草野ミドリです。よろしく。」


 教室中の目線が俺を向いたと思ったら、そいつは俺の後ろの席に座った。


「…。」

「お前、その背じゃ黒板見えねえだろ。」

「えっ。」

「俺がそっち座るから。いいだろ、山崎(先生)。」

「あ、ああ。構わないぞ。お前も意外と優しい所が…。」

 教室のざわめきが大きくなる中、席の交換が済んだところで、振り返りざまに

「…ありがとう。」

 久々に沸いた感情。まあこりゃやられるなと思った。


 休み時間になる度、前の席にはわらわらと人が集まってきた。

 むしろ他のクラスからも上野動物園のパンダを見るかのように集まりができていた。(特に男が。)


 そんなこんなで放課後。俺も何度か職員室に呼び出されて面倒だったが、明日からはまた普通の日常に戻るわけだ。


 鞄を取りに教室に戻ると、人の掃けた教室に転校生と、他クラの奴らが話しているようだった。


「俺の知り合いにさ、あんたみたいな子めちゃくちゃ好きなお金持ちの人がいてさ〜。」

「ねえ、会うだけでお金貰えるからこれから行かない?」

「俺らも着いてくし怖いこととか無いから大丈夫!」

 聞き覚えのあるケタケタとした笑い声。おそらく、一度ぶっ飛ばした事があるチンピラ達なんだろうが、名前と顔はさっぱり覚えてもいなかった。

「ごめんね、予定があるんだ…。」

「じゃあ今日は連絡先だけでいいからさ!」

「や、15分とかあればワンチャン…。」

「あー、そう…だな…。少しだけなら良かったりする?」

「ごめんね、本当に駄目…。」

「おい、待てよ!」

 転校生の腕をチンピラの1人が掴んだ時、俺も教室の扉をガラっと開けた。


「…お前!!」

 そこで転校生が口を開いた。

「ねえ、緋山くん。今、周りに誰もいない?」

「…?ああ、誰もいねえけど…。」

 刹那、チンピラの1人が扉目掛けて吹っ飛んできた。

 ガシャーン!!!

「痛え!!ハア!?!?」

 転校生がぶん投げたんだ。

「…駄目って言ったでしょ。あと僕男だから。」

 俺を含めた全員がポカーンとしていた。

「え、男なの?」

 俺の思いの芽生えは一瞬で儚く散ったのだった。


 チンピラ共が逃げていったあとの教室で―。

「ありがとう、助けてくれようとしたんだよね。」

「…ああ。お前強いんだな、見た目の割に。」

「カワイイってよく言われるからね。カワイイ子は強くないと。」

 理屈はよく分からないが、そこで俺は1つ疑問が浮かんだ。


「…そういえばお前何で俺の名前を知ってるんだ?まだ自己紹介とかしてないよな。」

「あー、えっと…。実は前から先生に色々教えて貰ってたというか…。この学校のことは色々と調べてきたんだよね。」

転校生はそこでうーんと考えた後、

「いいや、回りくどいのはやめるね。」


「緋山龍騎君。君は、世界がもう一つあるって言ったら信じるかい?」

「…!」

「…信じねえ。」

 喉の奥が冷たくなる感覚。

図星を突かれた時のように、心臓あたりが熱くなってくる。

「そっか。じゃああると仮定して、そのもう1つの世界が君達の…いや、この世界を滅ぼそうとしてるとしたら、どうする?」

「どうするって何も、急に訳わからねえ話すんなよ…。」

 冷や汗が出てくる。

「…滅ぶだのそんなことはよく分かんねえし…。ファンタジーの話がしたいなら俺じゃなくて他のやつにしてくれよ、じゃあな。」

「あっ、待ってよ!」

俺は逃げるように鞄を掴んで教室を飛び出した。

「ああもう…逃げられちゃったな。まあいいか。」

「もしもし、頼みがあるんだけど―」


なぜアイツは俺の事を知っている?どこまで?

国の奴か?警察の奴か?それとも―


俺はぐるぐると思考を巡らせながら、

早足で帰路に着いたのだった。



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