いつものお前が。(4)



 翌日、午前十時。

 トネリコの街の噴水広場に、イアサントはいた。


「うう……。ホ、ホントにこの格好で合ってるのか?」


 しきりに髪を触ってしまうのは、普段と違うせいだ。

 例の女性スタッフに「街歩きデートならカジュアルが基本!」とか「せっかく綺麗な赤毛なんですからかわいく結って目立たせないと!」とか、いろいろ教え込まれて、今朝も早くからいろいろ準備をして、現時刻。

 泊まり込みで助けてくれた女性スタッフは「よちよち歩けてますよ」と太鼓判を――これ太鼓判か?――捺してくれたものの、イアサントとしては不安がすごい。


(スカートなんて履いたのガキぶりだし。サンダルもなんかヒールついてるし。この団子みたいな髪型も、アタシには似合わないんじゃ……)


 赤毛はルーズにまとめたお団子ヘアに。耳には小さいながらきらりと光る金色のイヤリング。首元には同色のチョーカーネックレス。服は大人っぽい白のブラウスと、黒のロングスカート。

 化粧も、客前に出ることもある仕事ゆえに身に着けた仕事用のナチュラルメイクではなく、女性スタッフがウキウキで仕上げた、いつもよりきらきらしたメイクだ。


(さっきから、なんか、周りの奴にチラチラ見られてるし……。)


 面白がられているに違いない、とイアサントは思った。こんなちんちくりんが、一丁前におめかしして、と。

 体を縮こまらせて、なるべく小さく見せようと俯いていると。


「お姉さん、いま暇?」


 制服を着た男子生徒に声をかけられた。

 トネリコの街はシャノワール魔術学園を中心に発展した都市だから、街中に生徒がいることは、別に不思議ではないが……。


「え? いや、ひとを待ってて……」

「へー。いつ来るの? 女友達? それまでお茶しない?」


 やけに馴れ馴れしい。なんだろう、と首をかしげてから、可能性に気づく。


(……あ。も、もしかしてコレ、ナンパか……!?)


 イアサントにとって、人生初の体験であった。


(ど、どうしたらいい!? どうやって断ったら……)


 おろおろするイアサントに、男子生徒はにっこり笑って「ほら、行こうよ」と手を伸ばした――が。


「待たせたな、イアサント。まだ集合の十五分前だが、俺のほうが遅かったか。……お、なんだ坊主、ナンパか? だったら悪いな、コイツは俺と先約がある」


 横合いから、ぬっ、と現れた上背のある男を見て、男子生徒は「あっ、スー……、だいジョブっす、へえ」と言って去っていった。

 イジドールが拍子抜けした顔で、顎をさする。


「うーむ。怖がらせてしまったか」

「くっ……、ぷふっ、くははっ! なにやってんだよ、シェフ・イジドール! アンタみたいな大男がいきなり出てきたら、そりゃ怖がられるってもんさ」


 イアサントは笑ってイジドールを見上げた。紳士服仕立てのテーラードジャケットの立ち姿は、いつものコックコートと違って新鮮だ。


「親しみやすいお兄さんのつもりなんだがなぁ」

「そいつは無理があるぜ、シェフ・イジドール。アンタ、料理人のくせに、やけに筋骨隆々だもんよ」

「料理人にとってこそ、体は資本だ。騎士や戦士よりも鍛えておいて当然だと思うがな。あと、イアサント。今日は勤務外だからシェフは付けなくていいぞ」

「わかった。い、イジドール……。変な感じだな、これ」

「すぐに慣れるさ。慣れるまで何度でも呼ぶといい。それにしても、ふむ……」


 イジドールはにやりと笑った。


「イアサント。今日のお前は、また一段と愛らしいな」

「あ、愛らしいってなんだよ! バカにしてんのか! もう……。と、友達に選んでもらったんだ」


 友達と呼ぶには、いささか嫌われすぎかもしれないが、少なくともイアサントはあの敵のような女性に友達としての親近感を感じていた。感謝も。


「で、今日はどうすんだ? デートって言われても、アタシはあんまり遊びとか詳しくないぞ」

「さてな。あてどなく歩いてみるのも悪くないだろう。天気もいいし」

「散歩かよ……」


 昨日の今日だ。イジドールのほうも、あまり準備の時間はなかったのだろう。


(まあ、変に気取ったところに連れていかれるよりは、ずっといいな。)


 そう思って、イアサントは……。


「ん」


 と、顔を背けつつ、手を差し出す。「恋愛赤ちゃんなんですから、余計なことはせずに、大人しくエスコートしてもらってください」――いくつもされた助言のうちのひとつだ。


「どうした?」

「ええと……ア、アタシは今日、慣れないヒールを履いてる」

「ふうむ。なるほど、承知した。なんなら抱き上げてやってもいいぞ?」

「街中でそんなことしやがったら、ヒールで叩いてやるからなっ!」


 イジドールがイアサントの手を取った。

 がっしりとした、皮の分厚い料理人の手だ。


(アタシと同じ……ううん、それ以上に努力してきたんだな、こいつ。)


 きゅ、とおそるおそる手を握り返す。

 イジドールが気取った仕草で一礼した。


「では、参りましょうか――マドモアゼル・イアサント」

「……ん」


 赤面したまま、歩き出す。

 デートが始まった。


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