いつものお前が。(5)
トネリコの街は伝統的な古都でありながら、どこよりも進んだ街でもある。
あらゆる学問が集まり、研究され、実証される街だからだ。
それゆえに、人の出入りも、店の出入りも激しい。
「あ。あの店、もう入れ替わってる。やっぱ早いな」
イアサントが指さす先にあるのは、アパート一階の狭い一画。つい先日見た際は、豚マンジューとかいう東方の総菜を売る店だったはずだが、いまはテイクアウト専門のクレープ屋になっている。
「クレープ? テーブルのない店で売るのは、少し難しくないか」
イジドールが怪訝な顔をした。
クレープは小麦の生地を薄く焼き上げたパンケーキで、通常は皿の上でソースやクリームと共に盛り付けられるものだが、その店は違うらしい。
料理人の
「ほう。固めに仕上げたソースをクレープ生地で巻いてあるのか。持ち歩けるのはいいな。店主、二つくれ。オレンジとベリー、ひとつずつだ」
小太りの店主が「あいよ」と答えた。すぐに、二人の手に丸めた生地の菓子が渡される。煮詰めて粘度を高めたソースを塗ったクレープを、くるくると巻いただけの、シンプルな菓子だ。
イアサントが歩きながらかじりつくと、丸めたことで重なった生地のモチモチした食感がして、その内側からオレンジソースの爽やかな甘味が溢れてくる。
「うまい。ソースつーか、実を潰して濾したジャムに近いな。風味が良いのは皮も使っているからか?」
「生地も悪くない。口当たりのいい滑らかさだ。ふうむ、街角の甘味は盲点だったな」
イジドールは興味深そうにベリーのクレープを食べていたが、イアサントの持つオレンジのクレープにも目を向けた。
「そっちも一口くれ」
と、身をかがめたイジドールが手で持つクレープを、がぶりと一口、豪快に食らった。
「わ、わっ! ちょっと、おまえなぁ……」
「オレンジのほうもいいじゃないか。イアサントもベリーを食え」
ずい、とベリーのクレープを差し出された。
しどろもどろしつつ、イアサントは端からちょこっと齧った。
「……うん、うまい」
普段から、試食の際は同じ食器を使うことだってあるのだが、なぜか今日に限っては恥ずかしい。
(こ、これが……デートか……!)
イアサントは震えた。まだ始まって三十分も経っていないのに、今日一日耐えられるのだろうか、と。
そんなイアサントはさておいて、イジドールはさっさとクレープを食べ終わり、「ふむ」と顎に手を当てた。
「イアサント、腹の具合はどうだ。まだまだしっかり食えそうか?」
「え? あ、ああ……。食えるけど」
「デートの方針が決まったぞ。厨房に籠ってばかりではいかんな。今日は食べ歩きを楽しむ日にしようじゃないか」
そういうことになった。
健啖家な二人だが、とはいえ無限に食べられるわけではない。
昼食はカフェに入って、コーヒーを楽しむ程度で抑えることになった。
「いやー、まさかマンジュー屋が移転して、あんなデカい店になってるなんて、思いもしなかったぜ」
「テイクアウト専門とはいえ、あのアパート一階の角のテナントじゃ、捌ききれなかったんだろうな」
二人席に座って、食べたものの感想をまとめながら、一休み。
肉マンジュー。内部にジューシーな豚肉の
「学生だらけのこの街じゃ、食べ応えがあるかどうかは大きな差になるんだろう。東方の甘い豆の餡のマンジューも良かった。レシピを知りたいな」
「今度、聞きに行こうぜ」
なお、ここに至るまで、いろいろなものを食べたが……。
(やばいな。にやけちまう。)
いろいろな種類を味見するため、すべて半分こにした。
自分の手から食べさせたりもした。
イアサントはかなり浮かれていた。
「イアサント、楽しいか?」
イジドールがコーヒーカップを手に持って香りを楽しみ、一口飲んだ。
「ああ、楽しいっ!」
「そりゃよかった。誘い続けた甲斐があったな」
「ありがとな、イジドール」
へへ、と笑うと、イジドールも嬉しそうに目を細めた。
(……と。)
コーヒーを飲んで一休みしたら、デートの続きだ。
「トイ――お花を摘みに行ってくる」
イアサントはそう言って席を立った。
店の奥から戻ってくると、二人席の傍に背の高い女性が立っていて、イジドールに盛んに話しかけていた。なんとも大人っぽいカーディガンを羽織った女だ。
(知り合いか?)
様子を伺いつつ戻ると、イジドールが席に近づいたイアサントにすぐに気づいて……。
「すまない、俺の連れが来た」
「ど、ども」
会釈する。女性はイアサントを見て「あら、かわいい。お邪魔だったみたいね」と去っていった。椅子に座りながら、その後ろ姿に見惚れる。
「すげースタイルいいな。なんだったんだ? 知り合いか?」
「逆ナンだ」
「そうか。……逆ナンっ!?」
とっさにもう一度、店から出て行く後ろ姿を探してしまう。
色気のあるファッションに、抜群のスタイル……。
(きれいなひとだったな……。)
思ってしまう。
そして、考えてしまう。
(……イジドールと並んだら、様になるだろうに。)
翻って、自分はどうだろう。
背は低い。痩せ型でスタイルもよくない。見た目よりも数歳は若く……、というか幼く見られてしまうし、実際に子供っぽいところがあるのも自覚している。
なんだか、さっきまでの浮かれていた自分が、急に馬鹿馬鹿しくなってきた。
「どうした、イアサント。急にしょげて」
「いや、なんでもねえよ」
言いつつ、コーヒーを一口飲む。冷めてしまって、苦みを強く感じる。
「……アタシには似合わねえよな。ふんだ。オトナっぽい服も、化粧だって下手だろ。そもそも性格が子供っぽいし。向いてないんだ、こういうのは……」
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