非常識ですよ、生徒ケヴィン(2)



 ガリアンセーズ王国の西部に、一本の巨大なトネリコの木がある。

 宇宙そらに届きそうなほど高く、山のように太いトネリコの樹皮や盛り上がった根には、いくつもの建物が建設されている。

 それは一千年の歴史を持つ、求道者のための学び舎の群れ。

 魔術の始祖、『知恵』のゾーエ・ザーニが作り上げた、シャノワール魔術学園である。



 ●



 放課後の空き教室で、ジョゼはまたしてもケヴィンと向かい合っていた。

 個別指導のためである。


「では生徒ケヴィン、あなたは陽光葉の研究のために勉強しているのですか」

「そうなんです、ジョゼ先生」


 意外そうな声を上げてしまったジョゼに対して、ケヴィンがカバンから取り出したのは、一枚の葉だ。

 巨大樹トネリコの枝につく、陽光葉フォイユ・ド・ソレイユと呼ばれる魔法の葉。日中、陽光を目いっぱい吸い込んで、夜になるとほのかに輝くのだ。

 灯りの代わりになるだけでなく、光の魔力を多分に含んだそれは、ポーションの材料としても有用である。ただし、枝からもぐとすぐに光が消えてしまうため、慎重に扱わなければならない。


 どうして何度も個別指導を望むのですか――、と問いかけたジョゼへの答えだ。


 なにか、魔術工学に関する将来の夢があるのだろう、とは思っていた。

 だって、ケヴィンはあまり真面目な性格には見えないし、事実、魔術史学等の成績は壊滅的だ。だが、魔術工学や魔道具の勉強は、こうして放課後に個別指導を頼むほど熱心なのだ。

 正直、陽光葉という答えは意外だった。


(偏見かもしれないですが、こういう男子は、大抵、魔術を用いた武器や乗り物の研究が大好きですからね。)


 ケヴィンもそういう進路を希望しているのだと思っていたのだが、彼は恥ずかしそうに笑った。


「この不思議な葉っぱの仕組みを解き明かして再現できれば、少ない手入れで継続して使えるランプができるんじゃないかなと思って」

「では、生徒ケヴィンは既存の魔術灯に不満があると」

「不満というほどじゃないですけどぉ。でも、あれって魔術師じゃないと扱えないじゃないですか」


 それのなにが問題なのだろうか、とジョゼは首をかしげる。


「うちの地元、田舎で。道がとんでもなく暗いんですよ。魔術師もほとんどいないし、夜に畑を見に行って、溝に落っこちちゃう婆ちゃんもいて。でも、かがり火を焚き続けるのは、それはそれで問題がありますし」


 はっとさせられた。


(たしか……、カランブーは東部穀物地帯の村でしたね。)


 平民が苗字を登録する場合、村の名前をそのまま姓にすることが多い。

 カランブー村のケヴィンは、やはり恥ずかしそうに笑った。


「だから、夜中もこの巨大樹の学園都市みたいに、明るくできたらいいなって。……すいません、なんか、しょうもない話で」

「いいえ、生徒ケヴィン。それは素晴らしいアイデアです」


 当たり前に、灯りのある生活。当たり前に魔術灯を扱える生活。

 ジョゼはそんな生活に慣れきっていて、自分とは違う"当たり前"の中で生きる人々のことを、想像できなくなっていた。だから……。


(……見くびっていましたね。)


 と、ジョゼは己を恥じた。

 目の前にいるのはただの軽薄な男子ではなく――いや、どちらかといえば軽薄ではあるのだが――立派な魔術師の卵だ。故郷のため、人々のためにその能力を活かしたいと願う、将来有望な若人だ。

 だから、ただ、素直に賞賛した。……はずが、ケヴィンは目をぱちくりさせている。


「どうなさいました?」

「ええと。みんな、この話をすると『もっと上を目指せ』とか『もっと成果を上げる研究をしろ』って言うんですけど……」

「ふむ。どうやらその"みんな"も、歴史についての勉強を怠っているようですね」


 自分もそうかもしれませんね、と内心で自嘲しつつ、ジョゼは黒板に振り返ってチョークを持った。


「では、灯りが生活にもたらすものについて、おさらいしておきましょう。……ときに、生徒ケヴィン。伝説の時代について、どれくらいおぼえていますか?」


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