廃墟で魂ゲットだぜ

 ある夏の日、俺は彼女の美雪みゆきと一緒に水族館に来ていた。海の生き物が好きな彼女とは何度か水族館デートに行ったことがあるが、この日は誕生日ということで少し遠方の水族館に赴いている。


「見て見て! すごい! サメいっぱいいる! これはシロワニでしょ、これはクロトガリザメで、それからこれは……」


 おそらくこの水族館のメインだと思われる大きな水槽の前で、美雪は甲高い声ではしゃいでいる。シロワニ、クロトガリザメ、ドタブカ、クロヘリメジロザメ、オオメジロザメ……彼女はサメの名前を次々に言い当てているが、俺には違いがさっぱりわからない。しかし巨体のサメがゆうゆうと泳ぐ大水槽は、確かに圧巻の一言だった。

 

 イルカショーを見た後、俺たち二人は水族館を後にした。出口を出るなり、美雪は「一度行ってみたかった廃墟が近くにあるんだけど……次はそこ行こう」と言った。

 以前の彼女に廃墟巡りの趣味はなかった。けれども……そういえばこの間、廃墟を舞台にしたホラー映画を動画サブスクで見たといっていた。その映画に影響でもされたのかもしれない。美雪のこういう好奇心旺盛なところはかわいいと思ってる。あとおっぱいが結構大きい。最高。

 彼女のいう通り、廃墟は歩いて二十分ぐらいのところにあった。塀の外から見た感じ、普通の民家に見える。窓ガラスは割れていて、外壁はキヅタやらヘクソカズラやらヒルガオやらで覆われている。周囲を雑木林に囲まれていることも、この廃墟をより不気味なものにしていた。


「ここ昔診療所だったんだけど、経営者の娘が精神的におかしくなって一家心中したらしいのよね。ここらへんじゃあ結構有名な話らしいよ」


 美雪はるんるんで歩きながら、ニコニコ笑顔で廃墟の事情を語っている。何のためらいもなく門を通って敷地の中に入っていったので、俺も慌ててついていった。

 草ぼうぼうの庭をつっきって、美雪は玄関前に来た。ドアはなく、入口がそのままぽっかり口をあけている。奥は真っ暗で何も見通せず、非常に不気味だ。さすがに腰が引けてくる。


「さ、行こ」

「ええ……行くの……?」

「せっかく来たんだから、中ぐるっと回ってから帰ろうよ」

「しょうがないなぁ」


 美雪の頼みとあっては、さすがに引き返せない。美雪はスマホに備わっている懐中電灯で先を照らしながら進んでいってしまった。俺はその後ろに続いて、中に入った。

 昼間だというのに中は真っ暗で、本当に何かよくないものが出てきそうな気がする。おまけに空気がほこりっぽくて、最悪の一言だ。喉の奥がイガイガするし、鼻がこそばゆくってむずむずする。そのせいでくしゃみを二、三発、真っ暗な廃墟に響かせてしまった。


「きゃあっ!」


 椅子が並んだ待合室みたいなところで、突然美雪が叫んだ。俺もびっくりして、「うおおっ!」とゴリラみたいな咆哮を発してしまった。


「ユウくんヘンなとこ触らないでよ!」

「え……触ってないけど」

「ウソ! シュミ悪いイタズラしないでよ!」

「してないって……」


 美雪があまりにも真顔で怒っていたから、俺の反論は小声になってしまった。でも美雪の体に指一本触れていないのは本当だ。なぜなら手を触れることができないぐらい離れたところに立っているのだから。それに、こんなおどろおどろしい場所でイヤラシイことをするような趣味は少しももっていない。

 日差しがないからか、中の空気はひんやりしていた。それがかえって気持ち悪い。正直なところ、こんなところとは早くオサラバしたいのだが、そんな俺の意をくむことなく、美雪は奥の部屋へと入っていった。


「ねぇ見てこれ。カルテじゃない?」

「そんなんよく触れるな……」


 幽霊をオクで売ってる俺が言うのもおかしい話だが、廃墟のカルテを触るなんて怖いもの知らずすぎる。祟られたらどうするんだ。

 祟られる……そうだ、ここで幽霊を採取したらどうだろう。おれはこっそりショルダーバッグからいつもの百均タッパーを取り出して、蓋をあけ右から左に振って空気を採取し、蓋を閉めた。美雪はカルテ集めに夢中で、こっちを見ていない。


「お腹減ったなぁ。そろそろご飯食べにいく?」


 美雪のその一言を、俺は待っていた。多分カルテ漁りに飽きたのだろう。早くここから出たい。これ以上いると、なんだかもっとえらいことが起こりそうな気がするから……


「そうだな、俺もめっちゃ腹減ったわ」

「行こ行こ。この辺何があるかなぁ」


 結局、美雪の好奇心は食欲に負けた。俺は心の中でひそかに、彼女の空腹に感謝した。

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