第44話
確か、私達はアーンバル帝国に観光に来ていたはずよね?
何なのよ、この状態はっ!
「ほら、口を開けて、エリ」
目の前の見目麗しい夫となった男は、肉の刺さったフォークを私の口元に嬉々とした様子で近づける。
いや、何?ちょっと待って!またこれなの!?
周りには沢山の人・・・いわゆる使用人達がいる。
そんな人達が見ている中で、あの恥ずかしいあ~ん・・を、しろと!?
無駄だと思いつつ、口を一文字に結び差し出された肉を凝視する私に、目の前の美しい夫は綺麗な琥珀色の瞳を嬉しそうに細めた。
「ほら、汁が垂れそうだ。早く早く」
どうして食べないの?とばかりに小首を傾げると、さらさらとした黒髪が揺れる。
そして、さらにフォークを近づけてくるから、思わずパクリと目の前の肉を口に入れた。
だって、テーブルクロスもそうだけど、頂いたこのドレス・・・めちゃくちゃ高価そうなんだもの!
これに汁なんて飛ばそうものなら・・・やっぱり、弁償できないわ!!
いつもと変わらず美味しい肉を咀嚼しながら、向かい側に座り同じく食事をしている私の護衛の姉妹に助けを求める様に視線を向ければ、遠い目をしながら「いい加減諦めろ」とばかりに首を横に振っている。
あぁ・・・なんだかデジャヴュ。
レイと「竜芯」を交換したその日にもこんな事があったわね、確か。
帝国に観光に来たはずなのに、数日でレイと「竜芯」を交換し、その日から早二か月・・・・
あれから森にも帰れていない。
私とレイの結婚はあっという間に公示され、半年後には結婚式を挙げる事に。
レイを狙っている貴族令嬢から嫌がらせをされるかと思っていたけれど、肩透かしを食らう位何もない。
多分、レイとルリとスイが守ってくれているのかも。
それにしても半年後の結婚式・・・・
「ちょっと、早くね?そんなに急がなくても、よくね?」
そう言ったが最後、レイの猛攻が始まるのだ。
「確かに事実上俺たちは夫婦だけど、それを内外に知らしめないとエリが誘惑されてしまうだろ」
「はぁ?私なんて誰にも相手にされないわよ。愛し子である事がばれてしまえば、それに惹かれる輩はいると思うけど」
「そこだよ!」
「どこよ!?」
「エリは自分の容姿に関心が無さすぎるんだ!こんなに美しいのに・・・ルリとスイもそう思うだろ?」
そう、二人だけの言い争いではなく、ルリとスイを味方につけ三対一という戦いになるのだ。
この世界の常識にまだ疎い私は、当然いつも言い負かされている。
一度、森に帰りたいと言っても結婚式が終わるまで待ってくれと言われ、ならば当初の目的でもある観光に行かせてくれと言っても、結婚式の為に他国からの観光客が多く危ないから待ってくれと言う。
「ちょっと!結婚式は半年後よね!?今から来ているわけないじゃない!!」
「何を言っているんだ!招待もしていないのに間者が沢山来ていて、ルリもスイもかなり撃退しているんだぞ?」
「え?そうなの?」
ルリとスイを見れば困ったように頷いた。
その表情から、本当の様。
恐らく銀狼王国のヴォールングかしらね。竜帝襲撃の件でお父様に、コテンパンにやられたと聞くから。
相当な金額の慰謝料をもぎ取ったらしいわ。
その恨みなんかもあるんでしょうね。ならば・・・
「森の方が断然安全じゃない。結婚式の一、二か月前まで実家に帰っているわ」
「何言っているの!結婚式の準備だとか色々エリにしかできない事があるだろ!」
「じゃあ、観光に行ってもいい?」
「危険だって言ってるじゃないか!」
「レイ、私にはこのネックレスがあるのよ。それに私には神力もあるんだから、下手すればそこら辺の銀狼や竜人より強いと思うんだけど」
「それでもダメ!俺の傍から離れること自体、ダメだから!!」
最終的には竜人の束縛に行きつくのだ。
お父様がさっさとレイに竜帝の座を譲り隠居したのは、お母様とイチャラブしたいが為らしいのよ。帝国では有名な話らしいわ。
「愛しているんだ。離れて暮らすなんて絶対無理だから。どこに行くにも俺と一緒じゃないとダメだ」
ぎゅうぎゅうと抱きしめ、切々と訴えてくるレイが、結局は可愛くて許してしまう私も大概だと思うけど。
「わかった、わかった。じゃあ、私と出かける時間を必ず作って。森へ帰る時間もね」
「あぁ、わかった。必ず時間を作るから、どこにも行かないでくれ」
なんだか、今生の別れの様なこの会話。
「竜芯」を交換してから、毎日こんな感じだから。本当に、愛しいったらありゃしない。
「私の両親神様にも、報告したいわ」
レイにはセルティス神との関係を「竜芯」を交換した後に話している。
「そうだな・・・本当は結婚式の前に報告に行きたいんだが・・・何とか結婚式前に森へ行けるよう、がんばってみるよ」
「忙しいとは思うけど、そうしてもらえると嬉しい。私もレイを紹介したいし。ルリとスイも久しぶりに会いたいでしょ?」
「はい!お会いしたいです!」
「私も!成長した私達を見てほしいです!」
この二人は、本当に両親神様が大好きだ。私同様、本当の両親の様に思っているの。
姉妹は私以上に家族というものに縁がなかったから。
始めは胡散臭い人達だって思ったけど、私を助けてくれて私を慈しんでくれた二人の神様。
いや、二人ではないわね。二柱?神様だから。まぁ、どちらでもいいよって、きっと笑うわね。
あの人達のおかげで、本当に大切な人達と出会い、大切な縁を結ぶことができた。
今とても幸せだと、顔を見て伝えたい。
そしてあの時の様に、嬉しそうに抱きしめてくれたなら、今度は私も抱きしめ返すから。
完
竜帝と番でない妃 ひとみん @kuzukohime
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