第42話

アネッタは、先程まで騒いでいた人とは思えないほど、まるで人形のように支えられ静かに退出していった。

そして全ての人を退出させ、室内はレイと二人きりに。


未だ膝の上の私を一度ギュッと抱きしめ、レイは隣に私を下ろす。

そして私の手を握り、「不安にさせて、すまなかった」と頭を下げた。

「レイが謝る事ではないわ。それより・・・本当にレイは、大丈夫なの?」

レイは何も感じないというけれど、多分彼女はレイの「番」だと、私は確信している。

恐らくレイもそう思っているはず。

私の言葉に困ったように笑うレイは、小さく頷いた。

そして昨晩何があったのか、何故、私の許に来なかったのかを話し始めた。


「俺はね、「番」というものをとても嫌っていた。だからエリがくれたこのお守りが悪意と判断し、退けていたのではと考えた。

それと、昨晩エリに会いに行けなかったのは、エリに対する罪悪感で顔を見せられなかったからなんだ」

昨晩何があったのかを聞いて、驚きと共に恐怖と安堵が入り混じった、なんとも言えない気持ちになる。

そしてレイが言う罪悪感。

一瞬でも「番」に飲み込まれそうになった自分を、恥じているのだという事なのだろう。

「とても怖かったよ・・・・すべてが一瞬でひっくり返されるようで・・・俺の意思が抹殺されるような・・・俺にとっては悪意としか感じられない。ただ、あれは余りにも的確に本能と欲望を刺激してくる。あれに抗える人は、この世に居ないかもしれない」

私の手を握るレイの手が小さく震えているのがわかり、正気に戻ってからどれほどの恐怖を味わったのだろうかと、胸が苦しくなった。

そしてアネッタには悪いが、本当にレイが「番」に奪われずに済んで良かったと、心から父神様に感謝をした。


これほどレイが苦しんでしまったのは、私がいつまでもレイの気持ちに甘えていたから。

ちゃんと自分の気持ちを伝えなくては、きっと何も始まらない。

レイを失いそうになって怖かった事。

他の女が抱き着いただけで、嫉妬に狂いそうになった事。

本当にレイが好きで好きでたまらない事を、レイの頬を両手で包み込み、しっかりと目を合わせ、私は告白した。


「私ね、本当は昨日、私の気持ちをレイに伝えようと思っていたの」

彼が小さく息を飲むのがわかった。

私は安心させるように微笑み、言葉を続ける。

「何に悩んでレイの言葉にすぐに頷けないかって言う事なんだけど、レイのお母様が言っていた通り、余計な事ばかり考えてなの。

ほとんど前に言った事と変わらないんだけど、まず、本当に私でいいのだろうか・・・、大事な「竜芯」を使った後で後悔されるんじゃないか。私に助けられたことで、好きだと勘違いしたんじゃないかとか、ね。

あと、自分の気持ちにも自信がなかった。レイが私の事好きだって言ってくれて、態度でも言葉でも示してくれて、とても嬉しかったし戸惑った。

でも、一番戸惑ったのがどんどん気持ちがレイに傾いていく事。単に流されているんじゃないのかって不安だったの。

元居た世界では、人との縁が本当に薄かったから。本来生まれるべきこの世界ではそんなことは無いって、神様達は言ってたけれど・・・・不安なのよ」

まとまりのない言葉ではあるけど、思っている事を伝えたかった。

そんな私の言葉を、一語一句聞き逃さないように黙って聞いていたレイは、そっと私の手を握った。

「エリは、あの時と同じ、全てが信じられず不安なんだろ?」

「まぁ・・・簡単に言うとね。そうまとめられちゃうと、グダグダ言ってた私がバカみたいじゃない」

「そんなことは無い。エリが俺の事が好きなんだって、あの時よりもずっとずっと。そう分かっただけでも、無駄なんかじゃない」

「うん・・・・ムカつくけど、あの女の存在は大きかった。彼女性格悪かったじゃない?あんな女にレイを渡したくなかったし、あの女を竜妃にしてしまったらこの国も終わってしまうと思っちゃったんだよね。あんな女より私がなった方が、少なくとも帝国民は不幸にならないと思ったし、レイを悲しませないと思った。そう考えたら、単純でいいんじゃないかって思ったの。ただ、レイが好きだって、だけでいいんじゃないかって」

「うん、そうだね。あの女と番っていたら、俺は多分狂っていたと思う」

「それに、わかったつもりで全然わかってなかったんだよね。竜人の事」

その愛は重く、一途で、「番」の誘惑にすらある意味打ち勝ったのだから。

こんなに愛されて、不安に思う事など何もないかったのだ。だから・・・


「レインベリィ・アーンバル竜帝陛下。私と「竜芯」を交換してくださいませんか?」


そう、あなたが私だけを見つめて、私があなただけを愛するために。


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