第32話 多視点
江里がアーンバル帝国に行く事になり、護衛のルリとスイはレインベリィに帝国内の貴族の力関係を詳しく聞く事にした。
別に敵は外にだけいるわけではない。内にいる敵が一番厄介なのだ。
ましてや未婚の竜帝。番ではなくとも婚姻はできるのだから、熾烈な竜妃争奪戦が水面下で起きていてもおかしくはない。
今の所レインベリィは、婚約者どころか候補者すら決めていないのだから。
そんな状況の中、恋人として主でもある江里を帝国へと連れて行ったなら、何が起こるかぐらい簡単に想像できるというもの。
物理的な攻撃は江里には効かない。ルリ達を守ってくれているように、彼女の魔法付与で守られているから。
だが、心を攻撃されれば、傷つく。誰だって。
それになんとなくルリ達は気付いていた。
レインベリィの告白を嬉しそうにはしているものの、何処か真剣に受け取っていない事を。
いや、それは語弊があるかもしれない。真剣にではなく、信じていないと言った方が正しいだろう。
レインベリィの人柄は信頼しているようだが、恋愛事に関しては一歩引いているような気がするのだ。
神様や江里本人から聞いていたが、最近まで生きていた世界では人との繋がりが薄かったのだという。
本来はこの世界に生まれるはずが、別の世界に生れ落ちてしまったが為に。
ルリやスイと出会えて、一緒に生活ができて嬉しいと、泣きそうな笑顔を浮かべた事を姉妹は今も忘れていない。
それらを踏まえて、江里はきっと人との繋がりを信じていないのでは・・・と姉妹は思っていた。
あちらの世界でどのような辛い思いをしていたのか想像もできないが、この世界でも同じ事が起きるのではと、きっと思ってるはずだ。
ルリ達もそうだったから。
一族の落ちこぼれと言われ、無視され続けた日々。
でも、ルリにはスイが、スイにはルリがいた。だから耐えてこられた。
そんな過酷な日々を体験してきても、江里とセルティス神に拾われ養われ、ほんの数日で忠誠を誓うまでに心奪われるほど彼らは温かく、そして優しかった。
でも、心に負った傷は早々癒えることは無く、それなりに時間がかかるのだと思っている。
それは江里もそうなのではないか。
そして、世界が違えば常識や考え方も違う。江里と生活をしていて、戸惑う事も多々あった。
まだ三人で住んでいるから、自分たちが合わせれば済む話だが、沢山の人達と接するとなればそうもいかない。
まず一番に感じたのが、接触過多な所。
前の世界での人との縁が薄かった反動なのかもしれない。
幼いレインベリィに対する態度など、竜帝だとか男だとか抜きにしても、ルリ達が度肝を抜かれるくらいは常識の違いをまざまざと見せつけられた気がしたのだ。
あれを、溺愛と言うのかもしれない・・・
斯く言うルリとスイも、その溺愛に救われた一人なのだが・・・・
しかも、拾ったばかりだと言うのに、ルリ達が信頼できると言っただけで全てを受け入れるのだから、嬉しい気持ちと目が離せないと言う気持ちが綯交ぜになるのだ。
自分の懐に入れた者は、どこまでも大事にしてくれるのだから、好きになるなと言う方が無理なのかもしれない。
だがどこの国でも同じで、善人の皮を被った悪党は必ず存在する。
だからこそルリ達は、江里を守る為に知力をつける事に、努力を惜しまないのだ。
レインベリィも実の所、江里が帝国に来た事によって、嫌な思いをするのではと危惧していた。
江里を神の愛し子と公表すれば、無駄に悪意をぶつけてくる輩はいないだろうと思うが、反対に利用しようとする者が出てくるはずだ。
また、身分を公表しない事によって彼女に害をなす者も出てくるだろう。レインベリィの母親が受けたように。
レインベリィの母親は平民で八百屋の娘だった。
それを当時竜帝だった父親に見初められ結婚したのだが、『番』でない事をいい事に帝国の貴族達が横やりを入れてきて大変だったらしい。
想いを通わせすぐに「竜芯」を交換したので、それ以降は可愛い嫌み程度で済んだらしいのだが。
まぁ、母上は肝っ玉の据わった逞しい根性をしていたから、おキレイなお貴族様の嫌がらせを平民仕様にして倍返ししていたようだが・・・
既に『番』ではなく、恋愛結婚が主流の帝国。
一度惚れれば身分など関係ない。それが竜人族としての生態だ。
皆、痛いほど理解しているが、貴族達はどこまでも自分の娘を竜妃にしようと、その利益だけを追求する者も少なくないのだ。
父親は力技で煩い貴族を黙らせ、幸せを手に入れた。
レインベリィが成人を迎えると、さっさと隠居し愛しい妻と離宮で蜜月の様な日々を送っている。
正直、羨ましいと思っていた。いや、今でも思う。特に江里を愛するようになってからは。
だからこそ彼女をどんな悪意からも守りたい。
主でもある江里を守りたいルリ達との思いと重なり、彼女が眠るのを待って三人は帝国貴族への対策会議を開いていたのだった。
「陛下、帝国の貴族で特に気を付けなくてはいけない貴族はいますか?」
スイが見た事もない紙の綴りを開き、見た事のないペンを持ってレインベリィを促す。
「・・・・・スイ、珍しい物を使っているんだね」
「あ・・えぇ。エリ様からの頂き物です」
そう言いながら、レインベリィに差し出した。
所謂、ノートとシャープペンシルだ。
スイは得意げに江里から聞いた通りの使い方をレインベリィに説明している。
「へぇ」とか「ほぉ」とか興味深そうに見てからスイに返した。
「いいなぁ。エリに言えば俺にもくれるかな?」
「恐らくは。私からも聞いてみますね」
「ありがとう」
嬉しそうなレインベリィに、ルリが「取り敢えず今は、これをお貸ししますね」と、ルリが貰った分のノートとシャープペンシルを渡した。
興味深そうにしながらも、書き心地を試し感動しているレインベリィ。
そんな彼等は声をひそめながら、会議を再開するのだった。
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