ものがたりの終わり

小狸

ものがたりの終わり

「あーあ、終わっちゃったな」

「終わったな」

 

 僕らは得も言われぬ虚無感に包まれていた。


 十年間、僕が小学校の頃から『週刊少年■■■■』において連載していた漫画、『オトシブミ』の連載が終了した。


 連載ページの最後に『舟塚先生の次回作にご期待ください』というゴシック体の文字が、無用な哀愁がある。


「打ち切りかなあ」

「そうだろ」


「なんで終わっちゃったんだろうな」

「仕方ないよ」

「仕方ないって、お前納得できてんの?」

「なわけ」


 クラスメイトの中村と、一緒に肩を落とした。


 信じたくはないが、これは事実であり現実だった。


 現実はいつだって、見たくもない事実を押し付けてくる。 


 『オトシブミ』はコアな人気のある作品であった。


 『■■■■』においての掲載順は真ん中と下を行ったり来たり、巻頭カラーを飾ることはほとんどないけれど、一定数の単行本販売数があるから打ち切りにはなっていなかった。


 ネット上では、『オトシブミ』の打ち切りがささやかれていたこともあり、実際内容も、打ち切りに近いものだった。


 打ち切り。


 漫画の世界は厳しい。


 得てして芸術の世界はそういうものだ。


 それは、僕のような漫画が好きなだけの高校生が、いちいち指摘するまでもない。


 面白いものは、連載される。


 面白くないものは、終わる。


 ついで、悪い人間が書いた作品は、読まれなくなる。


 この三つの、法律よりも強固な規範の中で、漫画家は日々描かなくてはならない。 

 

 そこに最低限の敬意は払うべきだし、僕ら読者は読ませてもらっている立場ということを弁えた上で、しかし。


蒼穹そうきゅう天空戦編があんなあっさり終わると思ったら急に話畳んでさ。最後の陰陽宇宙編なんてひどいもんじゃん。最終話なのに掲載順ドベだぜ」


「言うなって、■■■■で連載できるってだけで上澄み中の上澄みなんだぜ。そこで十年も連載したんだ。舟塚先生を讃えるべきだろ」


「そうは言ってもなあ、あの終わり方はない」


「まあ、そう言うなって」


「何だよ中村。君、あの終わりに納得言ってるのか?」


「そりゃあ……」

 

「だろ」


 友人は口を濁したが、僕は納得することはできていなかった。


 少なくとも、『オトシブミ』という作品を十年間追い続けた身としては、到底納得できる結末ではない。


 恐らく打ち切りが決まってからの十週の強制的な寸断、その直前舟塚先生特有の伏線をも全て放棄し、最終決戦へと望むところなど、見るに堪えなかった。


 終わりたくない――と、もがいているようで。


 結果として、半ば支離滅裂な状態で、読者も作者も意味が分からないまま、物語が閉じる結果となってしまった。


 この友人こそ指摘しないけれど、きっと思うところは同じだったはずだ。

 

 潔く、終わっていれば良かったのに。


 謙虚さを度外視して、作品のためにそう思ってしまう気持ちが、僕にも――多分中村にも充満していた。


「物語って、なんかさ」


 と、中村は口を開いた。


「いつかは終わるものだって思ってたし、そりゃ受け入れなきゃいけないって思ってたさ。きっと終わったら、寂しいし、来週から■■■■買う楽しみが減る、とかさ――色々想像はできる訳だよ」

「うん」


 中村は、たどたどしくも続けた。


「それにさ、物語の終わりに、全て納得できるかって言ったら、そうでもねえじゃん。名作って呼ばれてるものだって、最初は賛否両論だったりする。俺の大好きな『シン・エヴァ』だって、ファンの間でも意見は分かれてる」

「うん」


 ちなみに中村は五回観に行ったらしい。

 

 物語への愚痴、『オトシブミ』への文句が飛んで来るかと思って身構えた、しかし、中村からの口からは、違う言葉が来た。


「案外、って――かなり難しいことなのかもしれないな」

「………意外だな」


 僕は思わず、そう言ってしまった。


「意外か?」

「ああ。うん。中村が、これを受け入れてるってことが、意外だ」


 年の近く、仲の良い人間が、自分の想像より精神的に大人だったと気付いた時。


 その友人としては、内心焦るものだ。


 置いていかれてしまったように感じて。

 

 だから僕も、胸中を吐露することにした。


「僕はこうして冷静ぶってるけど、内心ぶっちゃけ怒ってる。なんでこんな風に終わらせたんだ――ってさ。正直、ファンを辞めようとまで思ってる。君もそうだと思ってた。だけど、君が思った以上に冷静でさ。びっくりしたっつうか、なんか、僕も頭、冷やさなきゃなって、思ったっつうか……その、何て言えば良いか、分からないんだけど」


 うまく言葉がまとまらなかった。


「んなことねえよ。俺はそこまで大人じゃない。たださ――物語が終わる時って、終わるための土壌が必要なんだって思ったんだよ」


「土壌?」


「そう。エヴァだって、あれだけの人気と金があったからこそちゃんと完結できた。例えば、連載順位の下の方で、焦っている所で終わりです、なんて言われてみろ。それこそ余裕なんてない。続いている物語を、残り十週で無理矢理終わらせなければいけない、んだからな。そういう意味で、俺は土壌って言った」


「成程ね」


「続けるのなら良いだろうぜ、動かし続ければ良いんだからな。ただ、終わらせるとなると、ただ作るだけじゃいけない、畳まなきゃいけない。今までの肥料や水の分を、報わせなきゃいけない」



――



「……」

 

 その台詞が、妙にどこか耳に残ったように感じた。


「中村、君、大人だな」


「ったはは。そうでも思わねえと納得できないんだよ。根っこのところでは、お前と一緒だ」


 少しだけ遠くに行ってしまった友人の後を追いかけながら、今週も僕らは、漫画雑誌を買いに行く。


 次の土には、どんな作物ものがたりが育つのか。

 

 気長に待とうと、僕は思った。



(了)

 

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