終焉

 終わりは人の形でやってきた。

見覚えのある重めのボブカット。紺色の制服。少し豊満な体型。

僕は思わず物陰に隠れてしまった。

池中さんはもう何も言ってくれない。

 その子はやけにフラフラな足取りで迷うことなく池の中に入っていって、まるで温泉に浸かるでもするみたいに真ん中あたりにどっかと座った。

上体がぐらぐら揺れて、ばしゃっと水音が上がった。

「あたしもあんな感じだったよ」

僕の隣に池中さんが立っていた。半透明。白い顔、浮き出した血管。

「あたしは小さいころからずっと勉強ばっかしてたの。家族はいなかった。おばあちゃんと暮らしてた。友達と一緒に学校をサボったこともなかったし、いじめには見て見ぬふりだったくせに、ずっとヒーローになりたかった。もちろん彼氏なんかいなかった。やっとの思いで入った会社には、あたしなんかより優秀な人がたくさんいて、怖くなって別の企業に転職して、そしたらそこ、つぶれちゃってさ。おまけにおばあちゃんも死んじゃった。心筋梗塞。あたしが、目を離したらお風呂で死んでた」

何でこのタイミングでそんなこと話すんだよ池中さん。やめてよ。

「住んでた家の退去届を出したら、もう全部嫌になった。お酒をたくさん飲んで、ここに来た。あたしが浮かび上がらなかったのは、誰にも見つけてほしくなかったからなんだと思うよ。それでも未練はあった」

ばしゃーんとひときわ大きな音がして、制服の女子が池に浮いていた。ごぼごぼと水泡が上がる。僕は、僕は最悪の提案を池中さんにする。僕を包む無気力の膜が、バチンと弾けた。

「あの子になりなよ!池中さんがあの子になったらいい!池中さんがあの子の中に入って生きなよ!」

「それはできないんだって」

池中さんは悲しそうに僕を見て、「あの子を助けてあげて」と言って、消えてしまった。最後に聞いたのが、嘘ついてごめん楽しかったよありがとね。

僕は泣きながら池の中に入って、池中さんの頭蓋骨を探した時みたいにバシャバシャと女の子の所に行って、脇に手を入れて引きずった。鼻水と涙と澱んだ水の味が、僕にしみついている。僕は救急車を呼ぶ。下校途中におぼれている女の子を見つけた。すぐに来てください。上手く言えただろうか。

 警察もやってきて、おばけ沼から池中さんの骨が見つかった。



 

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