未練
「うわっ!」
僕を見て声を上げたのは、薄いカーテンの向こうに座っていた占い師だった。「手相・タロット・四柱推命」と節操なく書かれた看板が下がっている。証明写真ボックスをひと回り大きくしたみたいな簡易ブースで、藤色のカーテンが店内と外を隔てていた。場所はショッピングモールの4階通路。カーテンの向こうから、切羽詰まった声がした。
「君!そこの!ごっつい幽霊連れてるキミ!」
無視していたら、カーテンがシャッと勢いよく開いた。長い髪を頭の上で団子にした女の人が僕の手を掴んでいる。化粧が濃い。瞼の上で紫色のアイシャドウがギラギラと主張しているおばちゃんだ。僕はあっという間に占いブースに引っ張り込まれた。
「あの……」
声を出しかけて、口をつぐむ。池中さんが怒っていた。半透明の彼女は、占い師の顔を睨みつけて震えている。占い師の鼻からつーっと鼻血が垂れたが、彼女は負けじとこっちを睨み返した。親指で鼻血を拭う。
「効かないよ。それに、そんなこと続けたらそこのお兄ちゃんが死ぬぞ」
池中さんが怯んだ。
占い師の前に、ロココ調の装飾がされた写真スタンドが置いてあって、「ヴァイオレット澄子」と名前が書かれた写真が入っている。ヴァイオレット澄子は僕に顔を近づけた。
「あんたが連れてる幽霊だけど、現世にでかい未練を抱えてるね。悪霊だよ。早く寺か神社にいってお祓いを受けな。このまま取り憑かれてたら、生気を吸われて死ぬよ。現に今もあんた、生気が薄い」
ラベンダーの香油が香った。
「生気が薄いのは生まれつきです。それからこの人、記憶を失くしてるんですよ。だから何が未練かなんてわからないんです」
「同情的じゃないか。お兄ちゃん、おっぱいが大きい女に弱いのかい?」
「セクハラババア」
これは池中さんの意見。彼女は今気が付いたように、胸元を手で隠した。
「幽霊に恋でもしてんのかい?雨月物語を読んだことない?幽霊との恋なんて成就しないよ」
澄子はやれやれと首をすくめた。
「恋じゃなくて、楽しいから一緒にいるんです。僕は前よりも生きてる気がする」
僕の口から自然と言葉が零れた。澄子はあんぐりと口を開けて僕を見て、大人しくなってしまった池中さんを見て、また肩をすくめた。
澄子は名刺を取り出すと、「困ったら来な」と僕に放った。
相談料だと言って1500円取られた。池中さんがまた念を飛ばして呪ったが、「効かないって言ってんだろガキ」と澄子は鼻血を垂らしながらすごんでいた。
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