よもやまばなし206X年

もい

よもやまばなし

「やあやあマリリンくん、童貞はもう卒業したかね?それとも処女を散らしたかい?今の時代のジェンダー感は複雑だからねぇ、面倒になったものだよ」


「やめてくださいセクハラですよ。ただでさえあなたたち世代の人間の古い価値観によるセクハラが横行しているんですから。」


「あと処女っていうのはもうとっくに死語ですよ」


「うえぇえ!?じゃあ青い果実をどう表現するんだいぃ?」


「性交渉を経験していない男女をまとめて童貞と呼ぶんです、処女には女が含まれますからね使用は控えられたんです」


「あ、あー!なるほど。今時は男性同士女性同士はスタンダードだからねぇ、貫通される方が女とは限らないってことだね」


「あけすけに言えばそうとも言えますけど......ホントに人が多いところで言わないでくださいね。ジェンダー問題が社会に浸透して世間に画一されたジェンダー感が普及しているとはいえ、あなたたち世代のジェンダー戦争の残り火は揺らめいているんですから」


「......それは君よりもずぅーとわかってるよ、人が多いとこでなんて言えないさ。」


「なにせあの時代は地獄だった。豊かになった人類が人類自身に目を向けられるようになった時代、人権が見直されありとあらゆる伝統に見直しが入った時代、人々の価値観は変わらないのに考えばかりがネットを媒介に凄まじい速さで変わっていく」


「人類全体の進歩に人は追いつけなかった」


「でも人は追いついた、他ならぬ世代交代によって。ですよね?」


「正解だねぇ、これが歴史の授業ならハナマルをあげるよ」


「......理科のテストならハナマルはもらえませんね。何故あなたたち世代だけここまで問題が泥沼化したかの補足も入れないと」


「そうだねぇ、一介の理科教師としてはそうしてもらえると助かるねぇ」


「世代交代に必要なのは二つ、新しい世代が生まれることと古い世代が亡くなること」


「医療技術の発達による長寿化、戦争が小規模化したことによる死者の減少、若者の未婚と同性愛者増加による出生率低下、これらは全て世代交代を阻害していた」


「さらに言うなら、発展途上国における人口増加はインターネット普及や教育の観点から、新しい世代となるのに時間が必要だったというのも重要でしょう」


「パーフェクトだねぇ。流石私の弟の孫だよ」


「......だからその問題を解決するために行動した、世代交代を促す、新陳代謝を促すための毒になった」


「そうですよね、世界の人口の二割を殺した細菌をつくった大犯罪者、田中愛さん」


彼女が存在したのは全ての面が白く固い物質で作られた質素な部屋だった。

そこにはカメラとマイクが存在し、彼とはカメラ越しに会話を果たしていたのだった。


「おっとその名前で呼ぶのはやめたまえ、私たちの世代ではかなり多い名前だからねぇ同じ名前の人に申し訳ない。私のことはミスラブリィと呼んでくれるかい」


「僕たちの世代ではラブリィは普通の名前なんです、そっちの方が被りますよ」


「えぇ......」


彼のあまりにあっけからんとした言い草にジェネレーションギャップを感じたのか少し困惑する愛だったが、そのジェネレーションギャップが生まれているという事実により微かに口角をあげた。


「とにかくあなたの刑期の計算が終わりました、今時は罪の影響をどこまでも細かく調べますからあなたが捕まって十年も経ってしまいました」


「私たちの世代でも刑が十年執行されないってのはあったからねぇ、普通のことだよ。で、刑は何年だい?千年?一万年?」


「一億年です」


「おっとぉ、太陽の寿命まで四十九億年以上も残ってるじゃないかぁ、どうしてくれるんだい?」


「知りません、勝手にどうぞ」


彼女に刑期を告げる彼の姿は彼女からは見えない、しかし最低限の感情も伺えない言葉からは感情を押し殺しているということだけが伺えた。

ゆえに戯けて言う。


「じゃあ君とはさよならだね。さらば愛しい弟の孫よ」


「じゃあね、ばあちゃん」


「......そこはおじいちゃんの姉ちゃんだろ......」


彼の前にあったモニターが消え、彼は足ばやに去って行く、最期となる祖母の声を必死に記憶しながら。

彼には監視役の男性職員の目が酷くのっぺりとして見えた。

その場に残ったのは遠ざかる足音だけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

よもやまばなし206X年 もい @abc314159265

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ