第3話 鍵

「現場なんですが、柵が錆びて、どこもかしこももろくなっていたそうです。強い力がかかれば、壊れて落ちてしまう可能性もあると」

「事故の可能性も考えられるということか」


鷲尾わしおは首を傾げる。

「そんな危ないところに、簡単に出入りできるのもおかしな話だな」

竹内は、それを受け、言う。

「危ないので、いつもは鍵をかけ、鍵は警備員室に置いてあったとのことなんですが……」

「置いて? 今はないのか?」

「盗まれたようなんです。事件のあった夜。恐らく」

「気付かなかったのか?」

「そこは女子高ですよ。盗んでまで屋上で何かしようと思う生徒がいるはずがない、という思い込みでしょう。日野ひの涼子りょうこが落ちたことがわかった時になって初めて、鍵が盗まれていたことに気付いたようです」

「……ということは」

鷲尾は、ため息をつく。

「やっぱり、『事件』の可能性が高いわけだなあ」

厄介なことになった、とでも言いたそうに、椅子に座ったまま、伸びをした。


「竹内、お前は、鍵を探せ。俺は、中野なかの真矢まやに話を聞く」

「わかりました」



 咲良さくらは、「今日も、面倒なことになったなあ」と思っていた。鞄の上から水がかけられていて、鞄の中のものが全て水浸しになっていた。雑巾バケツが濡れていることをみると、なかなか汚い水を浴びせてくれたようだ。


「あーあ。もう。ひどいな」

どうしていいのかわからないが、とりあえず、鞄の中から物を取り出す。教科書もノートもびしょ濡れだ。乾かして使えるだろうか?担任に言って、取り替えてもらうか、前の数学の教科書のときのように。ノートは、大体頭に入っているから、教科書さえあれば、また作ればいい。しっかり頭に入るから、成績あがることは間違いないな。

「ふふふっ。この状況を楽しんでどうする?」

咲良は、一人、笑う。


 筆箱は洗えば使えるかな? 匂いが残るようなら、100均ででも買い揃えればいい。弁当箱……は、親が嘆くな。壊れたことにして、捨てて帰るか。うん、中身は特に困るものはなさそうだ。

「問題は、鞄よなあ……」

いっそ、うっかり池にでも落としたことにして、そっくりそのまま、親に見せるか?


 いろいろ考えながら、鞄の中のハンカチやらティッシュやらを出していると、硬い平たい金属に指が当たった。

「なんだ?」

半分錆びた鍵が入っていた。

「鍵?」

何の鍵だろう? ドアを開ける鍵に見えるが……。どこの? なんで自分の鞄の中から、こんなものが出てくるんだろう?


 不思議そうに鍵を眺めているところに、丁度、竹内がやってきた。

「あ。刑事さん」

「ど、ど、どうしたの、これ?」

水浸しになった咲良の持ち物を見て驚く。

「ああ、雑巾バケツの水をぶっかけられたみたいです」

咲良は落ち着き払って言う。その手には鍵。

「綾野さん? その鍵は?」

「ああ、これ、わからないんですよね。私の鞄の中から出てきたんですけど」

「どこの鍵かわからないってこと?」

「どこの、っていうか、誰の、っていうか。全く覚えのない鍵です」

竹内は、咲良から、その鍵を受け取ると、裏表を慎重に見る。錆の感じからも、そうかもしれない、と思う。とすると、何故、咲良が「これ」を持っているのだろう。しかし、何故、こんなにびしょ濡れの鞄から出てくるんだろう?

「綾野さん、これ、ちょっと借りてもいいかな?」

「いいですけど。多分私のじゃないですし。」

「もし、思い出して、必要なら、ここに連絡して貰えるかな?」

竹内は、そう言って、自分の名刺に連絡先を書き込んだ。

「わかりました。」



一方、鷲尾は、中野真矢に話を聞いていた。

「だから、同じ事言わせないで下さいって。その時間は、彼氏の部屋にいました。清恵きよえにも聞いてください。彼氏んとこから清恵んちに電話してるから」

「誰か証明してくれる人は?」

「だーかーらぁ、清恵に聞いてって」

「そうか、じゃあ、それはそうするとして。キミ、綾野咲良さんのこと、いじめてるってホント?」

「な、なんだよいきなり。咲良は関係ないだろ?」

「日野涼子さんは、綾野咲良さんの小学校の時からの友達だったって聞いたんだが」

「そ、そうだよ。涼子がこっちのグループで、咲良と仲いいんだから、うちらが咲良のこといじめるわけないだろ。頭悪いんじゃないの、刑事さん?」

真矢は勝ち誇ったような言い方をした。

「いや、もしね、綾野さんがキミたちのグループにいじめられてたとして、日野さんが、綾野さん側についたとしたら、どうしたのかな? と思っただけさ」

「そんなの、涼子がグループ抜ければいいだけじゃん!」

「ふーん。そうか」

「もういい?! 彼氏待たせてあるんだよね!!」

「ご協力、ありがとうございました」

最後だけ丁寧な言葉をかけられて、イライラしながら、中野真矢は帰って行った。



「鷲尾さん。鍵が出ました!」

竹内からの連絡があったのは、その直後だった。

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