第2話 涼子

「飛び降りたみたい!」

「嘘? 嘘? 何? 死んだの?」

「ううん、なんか一命は取りとめたんだって」

「そうなんだ。こっわ〜」

「『いじめ』か何かなのかなあ……」


 噂話をしていた女子たちの横を、綾野咲良あやのさくらは通り過ぎる。彼女たちは急に話題を変える。

 通り過ぎた後、一人が口を開いた。


「ねえ、綾野さんが押した、……わけないよね?」

「何で咲良なの? あいつがいじめられてる側じゃん」

「涼子の方がいじめてて、キレられて……とか」

「あ。そういや、ちょっと前に、涼子、中野と揉めてたな」

中野なかの真矢まや? リーダーじゃん」

「え? え? 待って。涼子ってさ、真矢と仲いいんじゃなかったっけ?」

「なんかで揉めてさ、じゃあ咲良を屋上から落としてこい。そしたら許してやるとか言われて、落とすつもりが落とされた、とか」

「うっわ、何それ、怖っ!」

キャハハハ……


 クラスメイトが死にかけたっていうのに、随分楽しそうだな、こいつら。咲良は、音楽など流れていないイヤホンをつけ、大して内容が入ってこない本を読んでいる。しかし……

「他殺?」

自殺だと疑わなかった自分。


 自殺する理由など全然知らないけど、色々あったんだろうな。そう思いながら、うつむいて一度目を閉じ、現場近くに張られた警察のテープの横を通り過ぎた。

 でも、自殺じゃないとしたら、誰が……?



 校内では様々な噂が立ち、警察は真実を求め動いていたが、どの説にも全く証拠がなかった。


「所詮、女子高の生徒ですよ、勝手に作った噂話ばかりだ」

竹内たけうちは、額を流れる汗をハンカチで拭きながら言う。

「話を聞くのが俺らの仕事。どこに本当の話が転がってるかわからん。行くぞ」

飲み終わったコーヒーの缶をリサイクルボックスに放り込むと、鷲尾わしおは竹内を促した。

 

 

 涼子の意識は戻らないらしい。命だけは助かっても、意識は戻るかどうかわからないということか。意識が戻らぬ生というのは、生きていることになるんだろうか?

 そんなことを考えながら、咲良は、放課後、校庭側のベランダから空を眺める。


「綾野さん?」

呼ばれて、振り返ると、男が二人立っていた。一人はがっしりした体型の中年男性、もう一人は小太りの20代後半くらいの男に見えた。

「綾野咲良さん、ですよね?」

「はい」

男は軽く身分証を見せた。

「ちょっとお話を伺いたいんですが」

「はい?」

まさか自分のところにまで刑事が来るとは思わなかったので驚く。

日野ひの涼子りょうこさんの事故についてはご存知ですよね?」

「はい」

「事故か事件かがわからなくて、こうして私達がお話を聞いて回ってるんですよ」

「はい」

「日野さんと少しでも関わりのある人全員に聞いているので、悪く思わないで下さい」

「はあ」

「昨日の夜7時から10時頃、あなたはどこにいましたか?」

「下校時間から6時までは市立図書館に。そこから塾に8時まで。親に迎えに来てもらって、その後は家にいました」

咲良は、考える様子もなく答える。

「そうですか。わかりました。ありがとうございました」

「いえ」



「あんなんでいいんですか?」

竹内が鷲尾に言う。相変わらず、汗をハンカチで拭っている。

「あんなん? とは?」

少し前を歩きながら、書き出したリストにチェックを入れている、鷲尾が応える。

「あの、綾野って子、クラスでも物凄いいじめにあってたそうじゃないですか。日野涼子が入ってたグループに」

「そうみたいだな」

「もっと詳しく話をきかなくていいんですか?」

「そうか?」

「少なくとも『動機』はありますよ、彼女には」

「そうだな。でも、彼女はシロだな」

「なんでそんなことが?」

「刑事のカンだよ。」

「そんな……そんなんで判断します?」

「冗談だよ。他にも聞いて回らなきゃならないだろ。一人に時間かけてる暇がないだけだ。行くぞ」

鷲尾は早足になった。

「ええ? もう!」

汗だくになりながら、竹内はそれに続いた。



 事故か、自殺未遂、もしくは事件に巻き込まれた、日野ひの涼子りょうこ。一命はとりとめたが、意識不明の為、真相はわからない。

 彼女は、松尾女子高等学校の2年生。成績は普通。生活態度は、どちらかといえば悪い。同じクラスの中野なかの真矢まやがリーダーのいじめグループの一員だった。

 主にいじめられていたのは、やはり同じクラスの綾野あやの咲良さくら。けれど彼女には完璧なアリバイがある。

 中野真矢たちと交流のある、他校の男子生徒が何人かおり、そちらはまだ調査中だが、少なくとも「いい遊び」はしていないらしい。


 それが、今のところわかっていることだった。


 鷲尾は、少し首をかしげた。

「中野真矢がリーダーか」

「どうかしましたか?」

竹内が、鷲尾の手元を見ながら尋ねる。

「中野真矢、そんなに魅力を感じなかったがなあ」

「なーんですか、それ。鷲尾さんの好みで決めちゃダメですって〜!」

竹内が笑う。

「明日、中野真矢に、もう一度話を聞こう」

竹内の笑いを無視して、鷲尾は言った。



 今日は夜が静かだ。月が大きい。こんな夜は月の光を沢山浴びて、心も体も全部浄化しよう。

 咲良は、ベランダに出て、深く息をすると、月を見上げ、目を閉じて祈った。


「明日は平和な一日になりますように」

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