和泉守藤原兼重

「震エヨ、小僧。」



 俺すら初見の愛呪。


 完全なる特記。



「..........教養無シカ....」



 和泉守はエヴォに頭を下げた。



「礼儀モ知ラヌ愚カ者ヨ...... 参ラレン。」



 次の瞬間、愛呪が背後から現れた。



「――狩ッタ」

「!?」



 瞬間。



 愛呪の足首が、俺の首に掛かる。



 次の瞬間、何者かがソレを弾いた。



 弾いた何者かが自分である事。


 そんな事は自明だ。



 なのに俺は、ソレが自分であると、思えなかった。



「ラビッツ・ハート....... 貴様ァ........」

「......」

「謀ッタナッ.......」



 ラビッツ・ハート........



 愛呪は手をこちらに向けながら口ずさんだ。



「万死新淵ッ....」

「......」



 虚の空間を瞬時に生み出す師技、万死新淵。



 その発生速度は、瞬間。



 不可避で名高いそんな技でさえ、体は勝手に避けてくれる。



 そうしてエヴォは胸に手を当てた。


 そして、引き抜く。



 おかしい。


 何だこの長さはッ......



「物干シ竿カッ..... 久シク見タッ....」

「カネシゲ........」



 口が勝手にッ....



「血戦デハノネコガ世話ニナッタナ。」

「ッ!!..........」



 愛呪の様子がおかしい。



「.....カノ憎キ刃猫ノ名ヲ私ノ前デ口ニスルナァァァ!!!!」



 愛呪、刀を投射。


 エヴォ、刃物で弾く。



 愛呪が苦しみ始めた。



「アアアアアア!!!!」



 ノネコってまさかッ....



――鏡音ノネコ。第九の副隊長様だ。



 ッ!?......



――和泉守藤原兼重。奴は昔、鏡音に恋をした。



「兎ィィイイイイ!!!!」

「ッ!!......」



 愛呪は、落ちた刀を拾う勢いで回転斬りを仕掛けた。


 刀で受けたエヴォが吹っ飛ぶ。



――でも結局、何にも知らねぇまま、鏡音は......



「刃猫ォオオ!!――」



――奴の気持ちごと、真っ二つにしちまった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「――刃人とな....」

「そう!! 拾った!!」

「無闇に人外を拾ってくるでない.....」



 三十五年前。


 猫又。



「ノウにゃん。ソイツ何ニャ?」

「刃人じゃ。」

「刃人......」



 人刃ッ.... ここまでかッ.......



「暴れるニャよ。ここ恋愛解体師いっぱいいるからニャ....」



 兼重は倒れた状態から顔を上げた。


 猫耳。



 猫又だとッ......



「んじゃニャ」



 その猫又は、何もせずに、その場から立ち去ろうとした。



 な、情けかッ!!..... 舐めるなッ!!....



「刃猫ッ!!...... 貴様ッ... この和泉守に泥を着せるかッ!!....... 情けを掛けたもりかッ!!...... 人刃にあら――」

「――ウルサイお口ニャ」



 鏡音は、兼重の口に持っていたおにぎりを突っ込んだ。


 握り飯ッ......



 実に、数百年。


 その刃人は、食事を口にしてこなかった。



 無論、刃人は、空腹で苦しむ表情など、一つも見せていない。



 含んだ食事を、喉に通す。



「ッ..... 貴様ぁぁあ――」

「――.......」



 もう一口。


 鏡音は、兼重の口におにぎりを突っ込んだ。

 


「――貴様ァアアア――」

「――.........」



 何度も。


 その刃猫は、チンケな刃人風情に、貴重な米を、突っ込んだ。


 やせ細って、腹を空かせた自分なぞ、まるでおらぬかの如く。



 何度も。



「――ッ.........」

「ふふん♪ ニャくほど美味かったか♪」



 涙が出た。


 枯れた泉の底から、溢れ出す様に。



 美味くもない、


 冷めきった握り飯に、



 我は涙を流していた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ッ..... 今のは何だッ......



――心共鳴。俺の十八番だ。



 何で今の流れで副隊を恨む事になってんだッ...



――ちゃんと解体してやれよ。



 解体.......



――後はテメェで頑張りやがれ。



 体の感覚が完全に戻ってきた。


 が、同時に、今まで感じた事が無い様な苦痛が、全身を襲った。



「ッ!!!!.......」

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