ノウカ

「おい坊主」

「なんですか........」



 神田、カミカイ組。



「ノウカを待ってるんやんな?」

「そうですけど....」



 沈黙。



「ノウカってなんや....」

「私も気になっていた所です.......」



 線路下、待ち。



「お前ってさ」

「はい」

「なんで恋愛解体事務所に来たの?」



 何故.....か。



「難しい事聞くんですね...」

「いや、答えたくないならいいんだ。」



 言いたくない訳では無い....


 可美は少し俯いた。



「......そうですねぇ。強いて言うなら..... 弱いから..... です。」



 枯木は首を少し傾げた。


 そうして可美の顔を覗き込む。



「お前は弱くない」

「...........有難うございます....」

「違う..... 間違えてるぞ」



 弱おこ女児。


 両手で可美の顔を挟む。



「世辞じゃない。本当に強い。強くなれる素質がある。その紙は誰にでも抜けるものじゃない...」

「........じゃあ次は、本当のありがとうございますです......」

「おう。」



 そうしてまた、定位置へ。


 30分経過。



 電車が通る。



「――カタナ!!」

「!?」

「なんか今上から聞こえたな....」

「え、えぇ。何だったんだ今の......」



 光。



「か、可美ッ......」

「なんですか?」

「あ、あ、アレアレ!!」



 枯木が道路の真ん中を指差す。


 素早く振り返ると、そこにはあった。



 刀が。


 明らかに不自然な位置に刺された刀が。



「刀ッ!?」

「車がすり抜けていくぞ......」



 青。


 二人が刀に走り寄る。



「何だこれは....」



 ホログラムとはまた違う。


 そこにある様なのに、無いと言い切れる。


 そんな見た目。


 よく見る刀の姿とは少し異なっていた。



「そういやさっき上からカタナって聞こえなかったか?......」

「幼い声で.... 纏いとも.....」



 次の瞬間、刀が突如として姿を消した。


 見下げていた地面に影が映る。



「可美ッ!!!!」

「グハァ!!」



 枯木が可美にタックルを決め込む。


 次の瞬間、真上から愛呪が二体降ってきた。



「ホシイ」

「イラナイ」



 愛呪二、対峙、恋愛解体員二。



「イドサイコッ....」

「エゴサイコかッ.....」



 枯木は胸に手を当てた。



「ちょっと! 何抜こうとしてるんですかッ!」

「LEVEL3だぞッ... 刃物無しじゃ無理だ!!」

「簡単に抜こうとしてるあたり! 感情搾取系じゃ無いんでしょうが! 代償はある筈です! もっと自分を大事にしてください!」



 無論、そんな事は分かっている。


 刃物 - カービンナイフは、使用時間に比例して、物に触れる感覚が代償として支払われている。


 刀より甘い点は、ある一線を超えない限り、感覚は徐々に戻って来るという点。


 専門用語上では可返還式・無返還式なんて区別がなされている。



 可美は、胸に手を当てた。


 枯木が可美の手を押さえる。



「アタシが先見紙の代償を知らないとでも思ってんのかテメェ....」

「先見紙は可返還式でッ――」

「――アタシの刃物も可返還式だッ... 寿命と感覚、どっちの代償がデカいか何て言わなくても分かんだろッ!!...」

「ッ....」



 枯木は胸に手を当てた。


 そして、引き抜く。




 カービンナイフ。




「1ヶ月以内なら補助しますッ!!」

「十分ダッ... 行クぞ坊主ッ....」



 次の瞬間、枯木がエゴサイコの裏に現れた。


 コメカミに一刺し。


 半回転。


 空中で体を反転させた勢いを殺さずに、エゴサイコを蹴り飛ばした。



 可美が引き抜く。



 律呪、打、灰、左肩。



「左肩です!!!!!」



 イドサイコから伸ばされた手の裏を刃物で刺す。


 そこを起点として攻撃を回避。



 が、次の瞬間、飛ばした筈のエゴサイコが枯木に殴り掛かる。


 かれぎはふっとんだ。



「ッ........」

「枯木さんッ!!」

「....マずイッ..... 痛ク無クナッテキタッ...」



 可美は空を噛み締めた。



 俺はまたッ.....


 女の子に苦労をかけているッ.......









 二体の愛呪が、枯木目掛けて飛んでった。









 あの時から何も変わってないッ....



――お前は弱くない。



 違う。弱い。



 何も出来ない。



 けど、














 貴方を守るために。
















 踏みしめて、抉る様に、蹴り飛ばす。



 枯木さんを抱き抱えて逃げる事位出来るッ.....



 枯木の元に走り寄る。









 が、愛呪は速かった。


 抱き抱えて逃げる時間は無い。









 なら、せめて。



 俺が間にッ.....



 愛呪と枯木の間に走り込む。




 ダイビングヘッド。








 よし。これでとりあえず、枯木さんが大怪我する事は無くなった。












 せめて守った相手の顔ぐらい、拝んでおくか...


















 そうして一度、瞼を閉じて、再び開ける。


 枯木に視線を向けた。


















 何だ
















 その顔は






















 強い女の子。


 頼れる女の子。


 どんな事があっても強く生きられそうな女の子。






















 どれでもない。






















 なんでそんなッ......























 泣きそうな顔すんだよッ......

















「――可美ッ!!!!!!!!!!!!!!」

「ッ!!!!!!!」



 何が出来る訳じゃない。


 もう戻る事も出来ない。



 どうしようも無い程に詰んでいるのに。
























 生きたいなんて、思ってしまった。




















 可美は空を噛み締める。



 次の瞬間、可美の人差し指から黒いモヤが漏れ出し始めた。



 ダイビングヘッドの軌道に合わせて虚空に描かれ始めた黒き曲線。










 曲線が愛呪に触れる。











 次の瞬間、イドサイコの足が、エゴサイコの腕が、空に飛んだ。



 ズサあぁ........


 可美も無傷の状態で地面に滑り込んだ。



「ヨカッタッ........」



 そうして刃物を胸に戻した枯木は、地に伏し、気を失った。



 枯木さんッ.....


 地を踏み締め、立ち上がる。


 枯木に背を向け、愛呪を睨む。


 そうして、構える。



「今からはッ.... 強いぞッ......」



 チョコン。


 鳥肌が立った。


 何の予兆も、気配も感じなかった。



 気付いたら、ソイツは俺の頭の上に立っていた。



「お主死ぬぞ」

「なッ.... 何者だッ......」

「ワシか? ワシはな、恋愛解体師じゃ」



 3頭身。



「ホシイ!!」

「イイイイイラナイ!!」



 完全再生した愛呪二体が、可美に向かって来た。



「ッ!!」

「まぁ聞け若者、我が師名は中々通っていてな、お主も聞けば分かる筈――」

「――舌噛むなよッ!!!」



 可美が振り被った瞬間、愛呪の半身が一瞬にして人の姿に戻った。



 そうして、二体の愛呪はその場で倒れた。



「!?........」

「......ノウカ・スペンサー。お主も聞いた事位あるじゃろ.....?」



 ノウカッ..... スペンサーッ.......


 そうして、可美は意識を失い、その場から崩れ落ちた。


 ノウカが地面で受け止める。



「よう頑張ったな..........」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る