序章 - 南

アイリス

 世の中ってのは、最高にぶっ飛んでて、イカれてる。

 だからみんな、目を背ける。



「みんな~!!!! 息してる~?!!」

「生きてるよ~!!! アイリスちゃぁぁん!!!」



 推しとは、即ち命なり。



「今日も、生きていてくれて。ありがとう」



 自らの命には、恋をしない。だが守る、全力で。それが命だ。

 そうは言っても、世の中にはアイドルに恋をしてしまう人間がいる。報われない恋とはよく言ったものだが、これ程に報われない恋はない。

 そうして怪物になっていった彼らは、本当の意味で可哀想だと言える。



「今日もみんな元気だったね!!! アイリスは嬉しいよ!!! 寂しいけど今日はこれでお開き!!! みんな!!! 気をつけて帰ってね!!!」

「ありがとう~!!! アイリスちゃぁぁん!!!」



 恥ずかしくないのかって? 微塵も恥ずかしくないな。


 そして、俺の推し活はここからが本領。


 アイリスが帰路に着くまでのボディガードは俺が担当している。


 ストーカー?


 まぁ待て、ここからがマグマなんだ。



「アイアイアイアイアァァ...」

「お手手汚し」



 伏線回収。


 そう、アイリスはアイドルであるが故に、愛呪化したファンに襲われやすい。


 そこで俺は密かにボディガードを行っているという訳なのだ。決してストーカーなんて下品な輩などではない。決して。



「――にしても最近は、やたらミレン種が多いな...」



 二原呪、LEVEL2 - ミレン。最近この辺を彷徨っている三原呪、LEVEL1 - イドに適性判定のある愛呪だ。

 混ざれば混獣。LEVEL4 - ブレイクが生まれる。死ぬ程厄介だ奴は。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「半田ァ!!!! 何故イドを逃したァ!!!!」

「奴はLEVEL1です。対して今私達が追っている愛呪はLEVEL3のイドサイコ。LEVEL1とLEVEL3、どちらを優先すべきかなんて、火を見るより明らかでしょう!!」

「新米がァ!!! イドの混獣は一種じゃねぇぞ!!!」



 通常、イド派生の混獣は二種存在するとされている。

 LEVEL1のイドとサイコから生まれる混獣、イドサイコ - LEVEL3。

 LEVEL1のイドとLEVEL2のミレンから生まれる混獣、ブレイカー - LEVEL4。

 LEVEL2のミレンは二原呪であり、二原呪は希少種である。

 ここから推測するに、逃がしたイドがミレンと混ざり、ブレイカーとなる可能性は、ほぼゼロであると言っていい。


 つまり、追うべきはLEVEL3のイドサイコ。


 そう、思っていた。



「おい、新米。半宙機を切れ」

「はい...。歩きで追う気ですか? それは無理というもので――」



 次の瞬間、隊長は俺の頭を地面に押し付けた。


 それと同時に、背後の建物が切り崩された。



「なッ... 隊長ッ...」

「やはりか... ブレイカーだ」

「ブレイカー!? そんな筈はッ!!」

「戦場に有り得ないは無い。逃げろ。」



 隊長が発した言葉は、俺がツラツラと並べた御託達に突き刺さった。



「戦闘試験の成績は、九割越えです。私だって戦えま――」

「――さっさと逃げろ!!! あんな試験、ここじゃ役に立た――」



 じょうはんしん、しょうしつ。


 恐怖を感じる隙もなかった。


 恋四隊長、死亡。


 恋愛解体界の四位が、呆気なく殺された。


 何を思う時間もない。


 逃げねばならない。



「コワレタネ。コワレコワレコワレタネェ」

「ッ......」



――刃物を抜け。じゃなきゃ死ぬぞ。



 だッ... 誰だッ...



――はやくしろ。胸だ。



 ふと見下ろすと、そこにはあった。


 胸から突き出していた、謎の物体。



「なっ、なんだコレッ...」

「ツギツギキミキミミミミミキ」



 上半身消失か、大量出血。


 そんなのは選ぶ間でも無かった。


 そして、そこからの記憶は無い。


 気が付いた時、


 目の前にはブレイカーの死体があった。


 そしてそれ以来、胸から突き出した謎の物体を、俺は一度も見ていない。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「しまったッ... 見失ったッ...」



 アイリスがいない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る