灰と桜

「筋ハ... 通ス...」

「醜く... 咲いたな...」



 体がうまく動かんッ...



「お前も... 溺れタカ...」

「...」



 華恋の体の一部が、愛呪と化した。



「壊人種ノ変形ダナ。ソンナニ仁義ガ大事カ。桜ヨ」

「筋ダ」



 かれんはおそいかかってきた。


 うらけん、ひざげり、まわしげり、ぼでぃぶろう。


 花咲華恋。

 手練の軍人十数人を相手に素手で圧勝。丸腰でLEVEL4と対峙し無傷で生還。等々、人間離れな戦闘能力から付いた通り名は東の天災姫。


 だが、その全ては愛呪の力の上に成り立っていたのだ。


 そして、そんな女の攻撃を受け切れているという事実。


 これが愛呪化...


 体の自由は未だきかない。



「壊人種ニシテハ、ハヤイナ...」

「ワルイ。姐サン。」



 まわしげり。



「グハァッ... ッ.......」



 姐さんを蹴り飛ばしたのに、俺は何も感じなかった。


 一発で、ノックアウト。東の天災姫など、幻想に過ぎなかったのだ。



「ッ.............」

「姐サン。俺ハ、筋ヲ通ス。イイナ?.....」

「........アタシはッ........ エヴォルオンにッ......」



 姐さんは泣いていた。


 東の天災姫として負けたからじゃない。


 エヴォルオン・ハートという男に恋をして、敗れ去った女の涙。


 これはその余韻。それだけの話。


 これは、『だけ』とか『程度の』とか、そんな話。


 今、俺に出来る事。


 胸から刃物を引き抜いた。


 匕首。それが俺の刃物だった。



「ドスか... 半端者の... 俺らしい...」

「エヴォルオンッ... ハートッ.... なんで..... なんでッ......」

「じゃあな。姐さん」



 いっとうりょうだ――



「――クソヤクザァァァあああ!!!!!! っ... はぁッ... はぁッ...」



 呼び止めた?... いや... 呼んだだけか。


 瀕死の女児は、何故か桜を引き止めた。



「なんだ。」

「なんや?... やろッ.... なに関東弁使っとんねんッ...」

「寝てろ。死ぬぞ」



 そう言い残し、俺は姐さん目掛けて振り被った。


 女児がしつこく止める。



「そいつを殺ればッ!!! 死ぬのはッ!!! お前の心だッ........」

「安心しろ。愛呪化してる時点で、俺はもう...」



 そう、もう人として死んでいる。


 すると次の瞬間、女児は胸に手を当てて、何かを引き抜いた。


 はもの。


 カービンナイフ。それが彼女の刃物だった。



「お前――」

「――刃物持ちは、人の為に生きる運命を背負う。故に死なない。正確には、死ねない」

「それと、この女を殺す事に何の関係があ――」



 女児は、桜の首を掴み、カービンナイフを首元に突きつけた。


 花咲は背を向けて倒れた。



「刃物を抜いている間ッ!!... 心はどんどん磨り減っていくッ!!... この女ァ!? 姐御姐御と慕ってた人になんて事言いやがる!!! ああ!? 今すぐ刃物を胸に戻せ!!!!!!」

「ッ...」



 そうして仕方なく刃物を胸に戻す。



「アア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!」



 吐き気。発熱。寒気。目眩。


 どれにも当てはまらない。例えようのない苦痛が、俺を襲った。


 苦しいのか、違う。吐きそうか、違う。


 収まらない苦しみが、抑え込んだ感情達が、我先にと、俺から飛び出そうとする。



「耐えろッ!! それに負けたらお前は死ぬッ!!!」

「アアアア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!! ...ッ..................」



 静かだ。


 落ち着いた感情達は、無を求めた。


 何もしたくないと望んだ。


 刃物を抜いた時と同じ様に。



「何も感じん。そうやろ? 後払いなんや、その力の代償は」

「.......」

「それでも短刀はマシな方なんや。刀や薙刀なんかは、一回でも抜けば、徐々に感情が消えていく代物... 怖いやろ?...」



 ...... 枯木..... 灰......



「.................枯木、本当にすまなかった......」

「やっと思い出したか...」



 笑み混じり、呆れ顔。

 この顔も、覚えている。

 だが...



「なんでお前の事.... 忘れてたんや.......」

「華恋の仕業やろな... あと逃げたわ、アイツ」

「そうか...... いつか.... きっと....... ちゃんと..... 謝り...... てぇ................」



 花咲は寝てしまった。


 膝枕。



「よう寝ぇや桜。刃物持ちは、最初が忙しいんやから」

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