伝説と屍
あれから10年。
恋愛解体の存在意義が、世に広く伝わった。
恋愛解体業は花形。そんな風潮さえある。
「あァ....」
俺の中の時間は、あの時から進まなくなっていた。
心の整理とか、そういう話じゃない。
アイツを殺ったあの日から、俺は年を取らなくなってしまった。
「邪魔するぞ...」
「...」
椅子に踏ん反り返り、天を仰ぐ。
上を向いて歩こう。
ただ上を向いても、
歩かなきゃ意味がない。
「おい伝説。」
「なんだお前... どっから入ってきやがった...」
「普通に入口から入ってきた。」
「ダウトだ。鍵がなきゃ通れん」
事務所の入口には熱線防壁が設置されている。
LEVEL4の愛呪でも入ってこれやしない。
ましてや人間、入って来るには命が1つじゃあ足りない。
「合鍵使えば入れるだろ」
「合鍵は棺桶の中だ」
「その合鍵だ」
「!?」
逆サマーソルトを三分の一回転。
そこに立っていたのは、嘉承葵。
十年前に死んだ筈の女上司だった。
「英雄の次は伝説か? エヴォルオン」
「お前... なんで生きてんだ...」
「まぁ、いろいろあって――」
気が付くと、俺は彼女を抱きしめていた。
「よく帰ってきたッ...」
「あぁ... ただいま。」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「と、ということで解体免許の有効期限が切れている...」
「ニートが」
「誰のせいだと思ってるんだ...」
「ほぅ? 私のせいだとぉ?」
舌打ち。
「よく帰ってきたぁ~」
「もっかい死ぬか?」
「冗談だ。勘弁してくれ...」
溜息を吐き、次の話題へ。
「そうか、愛呪の正体が世に広がったか」
「正体を知っていたのか...」
「あぁ。恋愛解体ってのは、建前じゃない」
愛呪駆除のために編成された部隊のコードネームが、恋愛解体事務所。
まさかその部隊が、真に恋愛解体をしているだなんて、一体誰が思おうか。
「人を愛する心が、人を殺す。醜すぎる構図だ」
「故に政府は隠したがった」
「愛が化け物を生むのなら、この世に平和が訪れないのにも納得がいく...」
「いやソレは違うぞ」
酒瓶・カップラーメン・新聞紙が散らばった部屋の中に、座る場所を求める彼女は、実に滑稽に見えた。
結局、諦めて散らかったソファに寄りかかる。
「よいしょぉ........ 鍵は刃物だ」
「刃物?」
「そう、お前も持ってるソレ」
俺に刺さったこの刃物。
愛呪を殺すことしか出来ないこの刃物が鍵だと?
「いや... 正確にはその刃物じゃない」
「どういう事だ」
「ソレは愛が分離された刃物。憎悪の刃物。いわば妖刀だ」
はぁ。オカルトか。
「長くつまらんオカルトは嫌いだ」
「いやいや、昔は刃物の存在自体がオカルトみたいなもんだったんだ。今更何を言う」
「では訂正しよう、長い話は嫌いだ」
彼女は頬を少し膨らませた。
無意識下なのが恐ろしい。
「愛をまとった刀があるんだ!!」
「なんだその胡散臭い刀は」
「愛呪を人間に戻せる刀!!」
...。無論、コイツが嘘をハキハキと言う様な女でないということは知っている。
だが実際問題、存在が証明できない。
すると彼女は私を睨み、服を脱ぎ始めた。
「ちょッ... おま...」
「見ろ!」
「!?...」
彼女の体には、俺が付けた筈の横一線が存在していなかった。
代わりにあったのはたった一つの刺し傷。
「愛の刀、纏刀。この傷はその刀によって付けられたものだ。そして...」
彼女は自分の胸に手を当て、何かを引き抜いた。
投げるように引き抜かれたソレは、薙刀の様に見えた。
「嘘だろ...」
「憎悪の刃物、薙刀が残った」
彼女は薙刀を俺に向けた。
「つまり恐らくはお前も...」
「一度死んだと?........」
「あぁ多分な.....」
となると人を化け物に変える刀は恐らく...
「そして纏刀で、愛の深い人間を刺すと...」
「愛呪と化す...」
「そうだ。一人の人間が愛呪化すれば、愛呪化の波は、伝染病かの如く世界中に広がっていく」
纏刀が、全ての.......
「以上が政府の見解であり、私の見解でもある」
「で、ここに何しに来た」
「お前に会いに来た。ソレが一番の目的。二番目は...」
「纏刀を探す手伝いをさせるために...」
「そうだ」
本日二十二回目の溜息は、今日一重かった。
「無論、嫌であれば強要はしない。お前の意思を尊重したいと思っている」
「ソレはお前の意思か? それとも政府の意思か?」
「私の意志だ」
イカれた刀を彼女一人に任せる訳にはいかない...
「..............わかった、引き受けよう」
「そうか、改めてよろしくだ。今度は上司としてではなく、同僚として...」
「あぁ、丁度暇つぶしに世界でも救いに行こうと思ってた所だ...」
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