伝説の恋愛解体師は、純愛を知らない。

T.KARIN

序章 - 東

英雄と上司

 人の体には、見えない刃物が刺さっている。


 抜けない刃物は、我々に痛みを、苦しみを押し付ける。


 そうして何時しか、刃物は人を化かす様になった。


 我々はその様にして生まれた化物達を、総じて愛呪と呼んでいる。



 ジりりりりりりん。


 黒電話。

 取。エヴォルオン・ハート。



「...はァい、こちら解体事務所第二ですゥ、ご用件はァ?」

「態度が悪い。客にもそんな対応してるのか? あ?」

「......お掛けになった電話番号はァ、現在使われておりません」

「ふざけんな、仕事だ。二丁目で愛呪が出た。直ぐ来い、分かったな?」



 そう言って女上司は、俺に面倒事を押し付けたとさ。

 時刻は十二時零零分。つまり正午。正午は惰眠を貪る者達にとってのゴールデンタイム。それを仕事に使ってしまう様な愚か者に、俺はなりたくない。


 そうして、窓から差し込む陽の光を浴びながら、ゴールデンタイムを堪能する。



 だが、幸せな時間ってのは、そう長くは続かないものなのだ。



 陽の光が、消えた。


 次の瞬間、窓から飛び込んできたのは愛呪だった。間一髪で回避を決め込む。



「ゴールデンタイムだっつってんだろ。ったくよォ...」

「エヴォルオン。貴様、減点だ」



 怒。嘉承葵。



「おぉ、おぉ、上司様。オコですか?」

「あァ怒だ。怒りを鎮めたければ、そいつを何とかしろ」



 吹っ飛ばされても尚、お元気な愛呪様が、こちらをじっと見つめている。

 恐らく仲間になりたいのだろう。



「失礼ながら上司様、私めが対応をするまでも――」

「やれ」

「はァ...」



 胸に手を当て、刃物を抜いた。荒ぶる心音、どれだけ時が経っても、この感覚には慣れない。



「アァァッァアアアア」

「元気だねェ嬢ちゃん」



 刃物を抜くと、情やら興に対する想いは、不気味な程に静寂を欲する。



「ゴロズヴァ」

「そリゃ怖イ。流石に――」



 たてに、まっぷたつ。



「――御免被ル...」



 血が頬を伝う。


 無論、ソレは返り血じゃない。


 私の中の何かが、


 泣いているのだ。



「非道な英雄様だこと...」



 下ろされた怪物には、心無い目線が向けられた。


 これが当たり前、本当にそうであろうか。


 刃物を胸に戻すと、動悸はピタリと止んだ。


 抑え込んでいた感情達が、暴れ出す。



 それを、抑え込む。


 吐き気が、する。



「――よろしい。減点は見逃してやる」

「減給はッ... するとッ...」

「当たり前だ。働かざる者食うべからず、常識だ」



 常識は時に非常で仕方ない。

 だが減給位、食らってやろう。

 どうせ今日で...



「ところでハートさんよ、私は何時になったら君の過去を知れるんだい?」



 女上司は俺の席に踏ん反り返りながら、何気ない質問かの如くそう聞いてきた。



「過去に戻ってやり直したい事が、アンタにはあるか?」

「無いね。アタシは後ろなんて見ない」



 即答だった。


 ソレに対して俺は、社交的な笑みを浮かべながら、次のように述べた。



「ならアンタが俺の過去を知る事に、メリットなんて一つも無い」



 そして退職届を机に叩きつけ、英雄は早々に部屋を後にした。



「嫌味な男だ。まったく...」



 煙草に火を灯し、大きく吸って、吐く。


 そうして彼女は、強い動悸を、


 肌身に感じ取った。



「最後位、お前に――」



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 あの女は、一体何だ。

 腹立たしい。

 あの態度に、あの嫌味、おまけにあのペンダント。

 なぜあんなヤツがアレを持っている。

 愛呪からせしめたのか、合点だな。


 次の瞬間、辺りに轟音が響き渡る。音は事務所の方から来ているようだった。



「愛呪かッ!!...」



 急いで事務所に戻る。


 早々と、何かを追うように。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 事務所の扉を弾くと、ソコには愛呪がいた 。


 よく聞いた声で叫ぶ、愛呪が。



「マダマダマダマダァああア!!....」

「お前ッ... なんでッ.....」

「エヴォルオン... なぜ来たッ... アアアァッ!!!....」



 何故愛呪化したッ...


 コイツの精神衛生値は正常値だったはずだッ...



「刃物を抜けえええええ!!!」

「ッ!?」



 怒号とも取れるその声に、思わず刃物を抜かされた。


 抜いてしまった。



「そレでイい... 君が私を殺セば、ボーナスを与えヨうッ... 喜べッ.....」



 愛呪に向かう俺の足が止められない。

 俺の中の何かが、コイツを殺してはいけないと頭に殴りかかってくる。



「ボーナスは私ノ全財産!! 貴様にくレてヤるッ...」

「...」



 やめろ。やめてくれ。頼むから止まってくれッ............



「最後ガ君デ、ヨカッタ。」



 女上司はそう言って目を瞑った。


 止まれッ........ 止まれぇぇえええええ!!!!!!!!!!!



――愛しているは、言わない。



 今のはまさかッ........


 すかさず女上司に視線を向ける。



「....アト少シデ、終ワリダッタノニ。」

「止マレェェェエエエエ!!!!!!!」

「ゴメンネ。アリガトウ。」



 よこに、

 まっぷたつ。

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