彼女の部屋で ~ "近距離" 練習 開始~
水戸の目が俺を見つめる。
その眼差しは真っ直ぐで、嘘はつかないであろうことが分かる。
「松田くんは、私が小学生5年生のときから好きだったって言っても、私のこと覚えてもいないだろうな」
「小5……? 」
「そう、5年生の時に私はこの街に引っ越して来たの。そして隣の席に松田くんが座ってた」
俺は必死に記憶を辿るが、思い出せるのはその頃の美優も超絶可愛かったということだけ。
「ふふっ、覚えてないでしょ?
分かってる。だって本当に松田くんは美優ちゃんしか見てなかったから」
水戸は立ち上がり、小学校の卒業アルバムを持って戻ってくる。
ページをめくり、ある人物を指差して俺に見せた。
「これ私。今と全然違うから思い出せなくても仕方ないよ」
指の先には、自信がなさそうにカメラから目をそらすメガネの女の子が映っていた。
ほとんど顔しか見えない写真なのに、その身体がふくよかなのは明らかだ。
「……この子が水戸? 」
つい写真と見比べてしまうが、ビックリする程、面影がない。雰囲気さえ違う。
「そう、驚いたでしょ?
私、ダイエットとか自分磨きを頑張って変わったの」
そう言ってにっこりと笑う水戸の顔には、努力で得たであろう確かな自信の色が見える。
「私が変わろうと思えたのは美優ちゃんと松田くんのお陰。
松田くんはいじめられてる私に変わらず接してくれたし、美優ちゃんはいじめを止めてくれた」
美優はいじめとか嫌がるからそういうこともしていただろう。
俺はそれによって美優に害がおよぶときは守ってきた。
それが俺達の当たり前だったから覚えていない。
「他の子に一切興味がなくて、ひたすら美優ちゃんを思い続ける松田くんはカッコいい。ずっと努力し続けてるのも美優ちゃんの為でしょう?
そんな美優ちゃんみたいに私もなりたかった。だから頑張ったの」
「水戸……」
「中学入る前のあの事件で、松田くんは変わったよね?
ずっと見てたから気づいたよ。
私も悲しかった。両想いなのに諦めて欲しくなかった。松田くんのことが好きだからこそ応援してた」
「ああ……分かっちゃった?
あれをきっかけに俺は徐々に美優を諦める準備を始めたって」
「分かるよ。
でも、私は松田くんに非があったなんて思わない。美優ちゃんだってそんなこと言わなかったでしょう?
いくら長年柔道で鍛えてても、体格の違う大人に敵わないのは仕方がない。
でも、咄嗟に松田くんを守ろうとした美優ちゃんが顔に怪我したのが許せないんだよね?
あの傷だって今は全然わかんないよ?」
「髪の生え際に近いし、美優は俺が気にするからって、いつも前髪下ろして隠してるからな」
(水戸はホントに何もかもお見通しだな)
「柔道を止めて、急に剣道を始めたときはビックリした。あれは……」
水戸がその先を言う前に俺は言葉を重ねる。
「あれは、武器があれば体格差を埋められるかなと思ったから。
でも、長年感じてた疑問が確信に変わっただけだった。俺じゃ美優を守れない」
自分で言いながら不甲斐なさに心が沈んでいくのがわかる。
「それは……【初対面の相手には勝てない】から? 」
水戸は遠慮がちに聞く。
「うわ~、それも知ってた?
恥ずかしいから人にはバレないようにしてるのに」
「松田くんが情報収集好きなのとおんなじで、私も情報集めたがりなのっ」
暗くなった俺の表情を察してか、水戸は明るい声を出した。
「そう、俺は事前準備には余念がない。
だから情報がある相手には対策できるけど、何もわからないと全く手出し出来ないチキン。
不審者も誘拐犯も不意に現れるのは当たり前。俺じゃ美優は守れない。あの事件だって、偶然圭吾が通りかかって大声出してくれなかったらヤバかったんだ。
美優は可愛いし……色々あるからこれからも狙われる。
勉強が出来ても、対応力がない俺じゃ社会に出たら通用しない。
だから他の人が必要なんだ。俺じゃないもっと美優に見合った【出来る男】が。」
親友の圭吾にも言わなかった胸の内を、俺は吐き出すように話した。圭吾は言わなくても、俺の心なんて察しているだろうけれど。
「チキンだなんて私は思わないよ?
私はずっと努力してる松田くんが好き」
水戸の目は優しく俺を見つめる。
「ありがと……。
そんだけ分かってたなら俺が告白してきたときウザかっただろ? ごめんな」
真剣な彼女の気持ちを利用した自分が恥ずかしくなってきた。
「う~ん、美優ちゃんから離れる為の措置なんだろうなとは思った。でも、その相手に私を選んでくれて嬉しかったよ。
ただ、私は【一途に美優ちゃんを想う松田くん】が好きだと思うの。だから条件をつけた」
「そっか……、じゃあ、今後もし俺が水戸を好きになったら別れるの? 」
「それは……わかんない。
美優ちゃんと一緒にいる松田くんが好きだった筈なのに、私今日が楽しみで仕方がなかった。今もずーっと緊張してる」
「俺も……ずっとどうしたらいいか分かんない。正直美優以外の女の子を可愛いと思うのも初めてで」
「えっ、あっ……かわ、いい? 」
「うん……、えっと……かわいいよ? 」
俺達は2人で顔を赤くしてうつむいてしまう。
水滴が沢山ついたコップの中で、麦茶の氷がカランっと音を立てる。
脚の横に置かれた俺の右手に、
水戸の左手がそっと触れた。
「あのね、松田くん。
無理しなくていいから、少しずつでいいから私と距離を縮めて欲しい。
私は織田くんの力になりたいの。
それでも美優ちゃんのことが好きなら、そんな松田くんの事も私は好きだから……」
「わかった。
自分勝手で本当にごめんっ!
何が正解か分かんないけど……
俺は水戸が俺を見ててくれて、好きでいてくれて救われた。
水戸は、やっぱり最高の彼女だなっ! 」
俺の手に触れる彼女の手を握る。
少しひんやりしていて、汗ばんだ小さな手。
――この日から俺と水戸は、
【条件なしカップル】になるための近距離練習を内密に始めた。
「えっ、佐々木くんに言っちゃったの!?
おしゃべりっ」
と怒る水戸の顔からは力が抜けていて、そんな彼女はやっぱり可愛い。
このあと、美優も一手を打ってくるなんて、俺はこのとき想像もしていなかったんだ。
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