初デート場所はまさかの……ということで前準備

 水戸が初デートの場として指定してきたのは意外な所だった。


(初デートが彼女ん家って……あり? )


 彼女との楽しい電話では深く追及出来なかったが、気になりまくった俺は夜通しネットで検索してしまった。


 答えは結局わからない。


 14歳の俺には大人過ぎる情報ばかり出てきて、殆んど読めなかったからだ。俺はR指定は割と厳守する。だが、たまに情報が目に入ってきてしまうのは仕方ないことだろう。


 約束の時間は11時。近くの公園で待ち合わせて彼女の家に行く予定だ。


 自分の部屋を出て、朝御飯を食べるためにリビングに向かう。


 日曜日の朝の9時のリビングには誰もいない――筈もなかった。


 最近仕事で帰りが遅い母さんが、ソファーで力尽きて寝ている。黒髪のショートカットは寝癖で乱れ、顔は化粧も落としていないようだ。


 昨夜は

【ごめん、急な仕事。ご飯てきとーにあるものたべて】

 と乱雑なメッセージがきていたので、言われた通りにした。


 若くして俺を産んだ母さんは、どうやってか実家の手助けもかりずに俺を育てあげた。


 14歳の俺に30代半ばの母。


 口さえ開かずにただ立っていれば、美人なのに男っぽい性格からか今まで男の気配を感じたことはない。


 俺は母さんに敵わない。腕っぷしも口も。


 従って、俺は『父親』について何も知らない。

 いつも強気な母さんは、父についてきくと悲しい顔をする。そして、頑なに話さない。

 余程、最低なやつだったんだと思い、俺は次第に深く追及しなくなっていた。


「母さん、こんなとこで寝てたら風邪引くよ? 」


 声をかけると母さんはゆっくりと目を開けた。


「……こーたろ? 気持ち良く寝てたのに起こさないでよぉ」


(ここで寝てたら取れる疲れもとれねーよ)


 人の親切心に仇を成すような母の言葉に、少しだけ反抗期の俺は内心ムカついた。


「ごめんごめん。でもさ、風邪引くから」


 笑顔を張り付けて対応する。朝から柔道技をかけられたくはない。


「なーにその顔、ちーちおーやそっくりっ」


 寝ぼけた母さんは意外な事を言う。


「えっ、俺、父さんに似てるの? 」


 聞き返しても母さんは答えてくれなかった。


「こーぉちゃんっ! コーヒー入れてっ」


 少し弾んで甘えた声、普通の男なら効果があるのかもしれないが、俺には全く意味をなさない。ただし、言われた通りにはする。


 今日は母さんに聞きたいことがあるから。


 個包装のドリップコーヒーをマグカップにセットしてお湯を沸かす。熱湯を静かに注ぐとリビングにコーヒーの香りが漂った。


「はい、どうぞ。お母さま」

「光太郎、あんた今日はやけに従順ね。何やらかしたの? 」


 目覚めた母さんにじろりと睨み付けられるが、俺は笑顔を崩さない。


「頑張って仕事してる母さんを労うのは息子として当たり前だろ?

 俺だってもう中2なんだからさ、母さんのありがたみはよーく分かる訳よ? 」


 ソファーに座り、静かにコーヒーを口に含んだ母さんは、それでも俺に対するキツイ視線をゆるめない。


「あんた、嘘下手ね。場合によっちゃ怒んないから言ってみなさいよ」


(そういうときはシンプルに怒んないからと言えばいい筈だが? )


「いや、だからさ怒られることはしてないよ。

 あの……女の子の家にお邪魔するときの手土産は何がいいかな? って聞きたかっただけ。母さんそういうの詳しいだろ? 」


「織田さん家なら、私がお礼してるから大丈夫よ」


「いや、だから美優んとこじゃなくて、彼女ん家なんだってばっ! 」


 もう時刻は9時半過ぎ。

 時間は止まってはくれない、俺は少し焦っていた。遅刻する訳にも、手ブラで行く訳にも行かないからだ。


「へー、あんた美優ちゃんじゃなくて、他の子と付き合ってるの?

 美優ちゃんじゃなくて」


 母さんの言葉には棘が入っている。この人は、俺がなんで美優を諦めたかもよく知っているのに。


「そーだよ! 母さんはわかってるだろ?

 いくら想っても俺には無理だったんだよっ」


 俺の言葉に母さんは、はぁーっと長いため息を吐く。


「……そっくりだわ」

「えっ? 」


「駅前のケーキ屋さんのゼリーとプリン買っていけば? 失礼のないようにすんのよ。くれぐれも変なことしないよーにっ 」


 母さんはそれ以上は何も言わず、鞄から財布を取り出して三千円渡してくれた。普段から貯めているので資金には困っていないが有り難く受け取っておく。


「変なことなんて、絶対しないよ」


 俺のこの言葉に嘘はない。


 というか、『変なこと』って何だ?


 急いでシリアルを胃に流し込んだ俺は、初デートに向かった。

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