【距離5メートル/テスト期間】好きな子発見!

 テスト週間に入り、前もって席が出席番号順になったので松田まつだの俺と織田おだの美優の席は離れた。

 部活もないし、下校時間は早いので帰るときの護衛も当然必要ない。美優とは中二病発言の後から話していない。


 理性と常識だけは持っている俺は、普段から予習復習を欠かさないので、特にテスト勉強を一心不乱に頑張らなくてはいけないこともなかった。

 いつもテスト前は一緒に俺の部屋で勉強している美優がいないのでかえって効率がいい。お互いの腕がくっつく位の近距離で、風呂上がりの良い匂いをさせられるのはたまったもんじゃない。


 俺のテスト勉強はきわめて順調。この調子だとテスト結果は期待できそうだ。

 そして、俺は勉強と平行して『好きな子』を探していた。

 自分の身の丈にあった極めて『普通』な子を。


 ◇


 普段より少し早めに登校し、正門付近の桜の木の陰から女の子を物色する。手にはメモ帳をこっそり忍ばせた参考書を持つ。

 太い黒淵の伊達メガネをかけた俺は『外の空気を吸いながら一生懸命勉強するガリ勉君』にしか見えない筈だ。


 そうして、俺は木の陰にからめぼしい子のメモをとっていた。


 しかし、良さそうな子は思ったようには見つからない。


 可愛い子はまずいない。

 いまいちな子はたくさんいる。

 少し良いかもと思っても、ぽっちゃりし過ぎている。


 あっ、なんか凄くいいかも! と思ったらそれは美優で、彼女は俺をチラ見して足早に通り過ぎていった。


 そんな感じで俺の『好きな子』探しは難航していた。


 ◇


「『好きな子』見つからねー……普通な子っていないんだな」

「見つかるもなにも、今も昔もお前の好きな子は織田だろーが」


 圭吾は俺には目もくれずにそう言い捨てた。こいつはいつもテスト直前にヤマだけ聞きにくる。今はテスト終わりの放課後で、圭吾は俺の後ろの席を陣取り、明日の社会のテスト用に俺のノートの一部を写している。


「別に織田のこと好きなままでいればいーじゃねーか。そもそも、あいつを至近距離で見続けたお前の美意識はもう普通じゃねぇ」


「初恋は綺麗なままで終わらせて、俺は現実を生きるんだよ」


 俺の言葉に圭吾はため息をついただけで何も言い返さなかった。


「お話し中にごめんね。机の中のノート取ってもいいかな? 」


 不意に声がしてそちらを見ると、クラスメイトの女の子が立っていた。特に印象に残らない子なので名前が咄嗟に出てこない。


「ああ、水戸みと。勝手に座っててごめんな」

 圭吾が返事をして、席をあけ渡し、俺の隣の席に移動する。


 彼女は机の中を探って、何冊かノートを取り出す。髪の毛が揺れると微かに香るシャンプーの匂いは嫌いじゃない。


「松田くん、佐々木くん、またね」

 あどけない笑顔を残して彼女は教室を出ていった。膝丈のスカートは軽やかに舞う。


「圭吾……見つけた」

「あ?」


 圭吾の不機嫌そうな声なんてもう気にならなかった。


「俺、あの子を好きになる! 」

「へっ? 水戸を? 」


「下の名前はなんて言うんだ? 」

 目を輝かせながら、好きな子の名前を聞く俺に圭吾の顔は明らかに引いていた。


「自分の後ろの席のクラスメイトの名前くらい知っとけ。んで、水戸は相手が悪すぎるからやめとけ」


 圭吾の忠告など、今まさに恋をした俺の耳には入らない。


「俺、テスト終わった日に水戸ちゃんに告白する! 」


 俺の2度目の恋は始まってしまったのだ。


 ◇◇◇


 全てのテストが終わったのはその3日後のことだった。

 俺の好きな子の名前は水戸綾子みとあやこ

 肩まである少しくせ毛のやわらかそうな髪に奥二重の茶色がかった瞳を持つ普通体型の平凡なクラスメイトだ。部活は吹奏楽部、成績は中くらい。身体能力は特筆すべきものはなし。普通に可愛い子。


 この子以上に俺の身の丈にあった青春ラブコメの相手に相応しい人はいない。


 テストが終わった後、帰ろうとする後ろの席の水戸に俺は小さな声で囁いた。


「水戸、このあと時間ある? ちょっと話したいことがあるから一緒に帰らない? 」

「大丈夫だけど、どうしたの? 」


 ほぼ話したこともなかった俺の言葉に水戸は不思議そうに首を傾げたが、彼女は俺と一緒に帰り道を歩いてくれた。

 日差しが厳しくて、歩いているだけで汗がダラダラと流れてくる。


 天気の話に始まり、俺はくだらない話を話し続けた。テストについて、部活について、なかなか本題に入れない。


「松田くん、それが私に話したかったこと~? 」

 汗だくになりながら、早口で話し続ける俺の言葉を水戸が遮った。

 俺を見つめる美優じゃない女の子の瞳。決して責める訳ではなく、楽しそうに探るように言葉を発したピンクの唇。


 嫌いじゃない、好きになれる。本気でそう思った。


「水戸! 突然だけど俺と付き合ってくれないか? 」


 急に立ち止まり、真剣な目で発した俺の初めての告白に水戸は目を見開く。

 俺の心臓は張り裂けるかと思うほどに、高く早く打ち続ける。


「……いいよ、付き合っても。私も松田くんのこと前から好きだから」


「ええええっ、ほんとに?」


「こういうときに嘘言わないよ。ただし、付き合うには条件があるの。すごく簡単なやつ」


 そうして意外にもすんなりと俺達は付き合い始めた。


 ただ、普通のカップルになったかというと疑問が残る。俺が選んだ『好きな人』は、色んな意味で全く普通じゃなかった。


 俺の青春ラブコメが始まる。


 美優との『えんれん』はきわめて順調だ。

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