【距離50センチ未満……】俺は悲しい

 周囲に草がなくなり見違えるように綺麗になった道場に、俺と美優の練習試合の結果はいつも通りだった。

 こんがり日に焼けた吉野が、会うたびにその黒さを勲章のように見せびらかしてくるのがウザい。俺は何も言わん!


 俺はあれから美優を出来るだけほっておいた。しかし、彼女はほっておけばほっておく程、無視出来ない事をしてくる。


 今まで校則違反なんてしたことないのに、ついに生活指導の先生に呼び出された。やはり、頭に少し物をつけて、語尾を変えただけとはいえ、中学校でコスプレはしてはいけないんだ。

 男子は喜んでいたけれど。数々の奇行に友達をなくさないか心配だ。

 今のところ大丈夫なようだ。って、いや、ほっとかなければ……。



 校則違反にならない程度の美優の暴挙は続き、それでも俺は5日位は我慢した。


 俺よりも圭吾の方がストレスが溜まったのか、毎日、美優のパンツの柄を耳打ちしてくるのは止めて欲しい。俺の反応を見て、お腹をかかえ声を上げて楽しそうに笑う。

 美優のドジっ子は毎朝の恒例行事的なものになってしまい、見に来る人が出てくる始末。


 そんな美優を理解するには時間がかかったが、俺はやっと正解にたどり着いたんだ。


 ◇


 その日もいつも通り、部活後に2人で一緒に帰宅してそれぞれマンションの部屋のドアの前で別れを告げようとしていた。

 今日の美優は多分中華風。2つのお団子が夕暮れの薄闇にくまさんのようなシルエットを作る。


(可愛いけど、中2でお団子と『~あるよ』のエセチャイナ系話し方はちょっと――

 ……あっ! そうか、わかった!! )


「美優っ」

 声をかけると鍵を手に持った彼女が俺の方を向く。


「そういう時期なのは分かるけど、端から見ても明らかに中二病なのは痛いぞっ」


「えっ? 」


 俺は彼女の心に届くように、共感を交えながら話し始める。


「きっと俺達、『自分捜し』をする時期なんだよな。わかるよ……。フツメンの俺だって、何か特別なものになりたい。

 でも、毎日パンチラするのは止めた方がいい。圭吾に見せたいのかもしれないけど、あいつには全く効果ない。

 いや、でも俺は今日のコンセプトにパンツの柄まで合わせる努力はいいと思う! それにしたってパンダ柄は――」


 ぱっしゅーんっ!


 何か鋭いものが俺のほほをかすって、ものすごい勢いで遠くまで飛んでいった。左ほほがじんわり熱くなっていく。


「こ、こ、こ、光ちゃんの馬鹿! 変態っ! 私頑張ったのにぃ……もう、知らないっ!!!」


 バタンッ!!!


 鍵はもう開けていたらしく、美優はドアの中に消えていった。俺は廊下の端まで飛んでいった美優の鍵を拾いに行く。


 なんと、鍵のキーホルダーまでパンダだった。目がギョロりとした手の平サイズのぬいぐるみは正直可愛くない。


(ふぅ、なかなか自分が中二病とか受け入れられないよな。

 俺は、美優があとで黒歴史を後悔しないように、心を鬼にして言うべきことを言った筈だ。うーん、パンツは言わない方が良かったか……)


 美優の家のポストに鍵を落として、俺は家に帰った。


 家に着いたら、珍しく先に帰宅していた母さんが俺の顔を見て、


「なにそのほっぺたのキズ。中2だからって意気がって喧嘩すんの止めなさいよね! 」


 と言って救急箱から出した絆創膏を渡してきた。


 世の中は皆さんは、中学2年生に偏見が激しいようだ。俺達だって思春期に悩んでいることをわかって欲しい。


 ◇


 その翌日のことだった。運命の神様はかなり意地悪ということが判明するのは。


 席替えのクジを引き終わり、自分の机を持って移動していくクラスメイト達。

 この席は皆嫌がるが、俺には別に苦ではない。むしろ勉強に最適な特等席。


 俺の席は教壇の目の前、一番前の席の左側だ。すぐ隣の右側にやってきた人物を見て、俺は固まる。


 彼女は一瞬俺の方を見て、思いっきり顔を背けた。


 このガタンゴトンわいわい賑やかな教室の中で、


 ぶんっ


 と音がしたかと思うくらい。


 前にも顔をそらされまくったことはあるが、あの時と様子が違う。不快な気持ちが見え隠れするような。


 机は極力俺から距離をとるような方向にずらされる。思えば、今朝学校へ来る時も美優の尾行の気配がしなかった気がする。


(今日は極冷ツンツンか? )


 しかし、その日から美優の態度は変わることはなかった。変ではなくなったが、俺に対して冷たいままだ。帰りも油断していると先に帰ってしまうので、懸命に後を追っかける。


 ◇


 俺達の席の位置は、教師だけでなくクラス中の人から見える位置。窓側の一番後ろというラッキーを引き当てた圭吾からも勿論見える。


「おいっ、光太郎!

 目立つ席だし、お前らが喧嘩したのがバレバレだから、これ幸いにと男どもが織田に告白しまくってるらしいぞ? 」


 授業終わりに柔剣道場へ向かう俺に、珍しく圭吾から話しかけてくる。美優は1人でさっさっと行ってしまった。


「いいんだ……」


 俺は遠い目をして、まだ青く明るい空を見上げる。


 今、俺と美優との机の距離は50センチもない。だが、心の距離はこれまでになく遠くなってしまった。


 望んだことだったのに、悲しくて堪らない。


「織田が他のやつと付き合ってもいいのかよ? 」


「いいんだよ、俺だって身の丈にあった青春ラブコメを望んでるんだ」


「あっ? 前も思ったけど、お前分かりやすいキャラ付けされた2次元とかネット情報とかに、憧れを抱きすぎじゃねぇ? そういう時期か? 」


 圭吾の言葉は俺の耳には入ってこない。

 そう、寂しさを埋めてくれるのはあらたな恋だ。


「俺は、俺に見合ったタグなし彼女に恋をするっ! 」


 ガッツポーズをして、今度は熱意を持った目で太陽を見つめた俺を、圭吾は呆れたように眺めていた。


「うん、だからそういうとこ……な?

 彼女どころかお前友達失くすぞ? 」



 新たな目標を見つけた俺は美優と心の距離をとりながら、俺にピッタリの女の子を探し始める。


 楽しみで仕方がない。 ビバ、青春!

 あっ、でもすぐテストか……勉強しないと。

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