【距離3メートル/接触禁止】みーちゃんがおかしい

 俺は、距離は帰り道の護衛等の場合を除いて最低3メートルはとること、物質を介するものも含めて接触禁止の約束を美優と取り交わした。


 これでもっと距離をとることができる。俺の心を弄ぶ恋愛フラグへの抜け道はないはずだ。


 寂しいけれど、これからはフツメンな俺に見合った平穏な生活が待っているはずだった。

 生真面目な美優は毎日ちゃんと約束を守っている。


 俺の心は乱されない筈だったんだ。


 ◇


「なぁ、圭吾。最近美優にが増えたと思わないか?」

「はぁ? このくそな暑さについに頭がどうかなったのか? 」


 汗が次々に落ちて、地面に青々と伸びた雑草の上に落ちていく。いくら刈っても全然進まない。


 俺とな圭吾は柔剣道場周りの草刈りをしていた。今週末に剣道部の練習試合があるので、俺達は顧問の吉野に草刈りを頼まれたのだ。

 そこまで範囲は広くないからと、なぜか吉野は部員の中で俺だけに草刈りを命じた。


 理由は、『松田には練習必要ないから』らしい。松田は俺だ。


 理不尽で根拠のない理由に、とんでもない暴君だと思った。

 吉野のことは、思考が体育会系でたまにうざいが、大学卒業したての先生で歳が近いことと気さくな人柄から嫌いじゃなかった。


 でも、これからは心の中では呼び捨てにすることにした。


 圭吾に至っては俺よりも可哀想だ。吉野は不服そうにする俺と丁度通りかかった圭吾を見て


「お前ら仲良かったよな?  2人でやればすぐ終わるからっ! 」


 と言って嫌がる圭吾を無理やり巻き込んだのだ。

 圭吾にも部活を休ませることになるので、吉野は柔道部の顧問の桜井先生に許可を取りに行っていたが、綺麗な彼女と話したかっただけとしか思えない。


 だから、圭吾が不機嫌なのは当然なのだ。巻き込まれ事故としかいいようがない。


 授業終わりの夕方とはいえ、まだ暑い中で道場の外にいるのは俺達2人だけ。時折通りすぎていく人達も草刈り要員には見むきもしない。

 誰にも聞かれないこの環境で、俺は圭吾と話がしたかった。


「圭吾、大事な話なんだ。草刈り聞いてくれ! 」

「本当に大事な話だったら草刈りしないんじゃないか? 」

「早く終わらせたいだろ? 脳みそと回答する口だけ俺にくれ」

「へーいへい」


 泥のついた軍手をした圭吾は、俺に背を向け草と向き合って、そのままザクザクと作業を進める。


「さっきも言ったけど、みーちゃ……美優に最近が増えたんだ。何があったのか圭吾は知ってるか? 」


「みーちゃんのことは知らん!

 っていうかさっきからってなんの事だ? 織田はいつの間にか売りに出されたのか? 」


「みーちゃんじゃない!

 圭吾はハッシュタグとか知らないのか? 大丈夫か? 教えてくれる友達いないのか? 」


「……いや、知ってるけど、現実の人に直接付いてるもんでもねーだろ? 何が言いたいんだ? 日本語でしゃべれ! 日本語でっ」


 イライラが増したのか圭吾の刈り方は乱雑になり、ごみ袋に草を叩きつけるように入れている。


「ごめん。

 えっとさ、最近美優【ドジっ娘】になったんだ。……多分見てる限りは毎朝自分の机に行くまで。

 前から【美少女】【幼馴染み】【ツンデレ妹】【JC】とか色々ついてたんだけど、過剰な勢いでが増えてる気がして。

 このままじゃ、男女年齢問わず全人類のドストライクゾーンに入るから【ハイスペックイケメン】に出会って、そいつが【スパダリ夫】になるまでに危険な目にあうんじゃないかと心配してるんだ」


「はぁ? それがお前の言うか?

 よくわかんねーけど、織田が変なのも、モテるのも昔からだろ?  最近近くにいねーけど、今まで通りお前が世話してりゃ問題ねーだろうが。

 ああ、でも確かに目の前でずっこけられて、盛大にパンツ見せられて、『こけちゃったぁ』って毎朝やられるのは鬱陶しいけどな。お前あーゆーのが好み? 」


「け、圭吾! おまえ、見るなよ! 」


 思わず草刈りの手が止まってしまう。振り返った圭吾の殺意に満ちた目にTシャツで顔の汗を拭い、俺は作業を再開した。


「それだけじゃないんだ。最近、髪型とか性格も毎日コロコロ変わって。【フツメン】以外は付いてない俺には対応不可だよ。

 視力いいはずなのに【眼鏡っ娘】とか、昔の月の戦士みたいな【ツインテール】とか、

 口調が変わって【ヤンキー】とか【ぶりっこ】とか。

 俺的なツボは意外にも【ツンツン】だったんだけど。目が合うと、すぐプイって横向いてさぁ、みーちゃんに今までそんなことされたことなかったから俺ドキドキしちゃって――」

「へぇぇー」


 圭吾の抑揚のない声に、俺ははっと気づいた。いくら昔から付き合いのある圭吾とは言え、本音を話しすぎたことに。


「とっとにかく! 美優がなんか変なんだよ。まぁ少し前からアクションがオーバーになったり、言うことやることなんか的外れになったりしてたけど」


「それは【お馬鹿】とか【天然】か? 」


「そうっ、そんな感じ。美優がおかしいんだよ。なぁ圭吾、どうしたらいい? 」


 俺の必死な声に圭吾は振り向いた。


「前に言ってた『距離をとる』ってのが本気ならほっとけば? 織田だって本当は馬鹿じゃないんだし」


「そうだよな。

『またにゃっ』って猫の手されながら言われても、ほっとけばいいんだよな」


「ほっとけ、ほっとけ。織田はやりたいようにしてんだから」


 ほっとした表情の俺を見て、圭吾は視線を草に戻し、草刈りを再開する。


「ありがとな、圭吾。流石、【目つきと口は悪いが根は優しい三白眼男子】だな! 」

「ああん? なんだそりゃ」


「ああ、ごめん。【昔からの親友マブダチ】の方をピックアップした方が良かったか。でも、さっき言ったやつも男女問わず人気が――」


「勝手に人を決めつけるな!それに俺はお前のマブダチじゃないっ」


 プンスカ怒った圭吾が俺にわめきちらし始めようとしたとき、桜井先生がやって来た。


「2人ともありがとうね~。暑かったしこんなにたくさん大変だったでしょう?

 これ良かったら飲んでね~」


 ごみ袋2袋にぎっしりと詰まった雑草を見ながら、桜井先生は俺達に冷えたスポーツ飲料のペットボトルを渡してくれる。


「「ありがとうございますっ!」」


 こういうとき声とお辞儀が揃ってしまうのは、昔同じ柔道道場に通っていたからだろうか。


「あとはもういいから、部活行ってきてね。あんまり疲れてたら部活行かずに帰ってもいいわよ? 」


「えっ、でもまだ……」


 俺と圭吾は草の生えた地面を見つめた。俺達がやったのは、道場の周囲の3分の1程度で時間にすると1時間弱だ。吉野には全部やれと言われている。


「だいじょーぶっ!

 吉野先生に『生徒が憧れるのってやっぱり自ら率先して行動する人ですよね~』って言ったら、1人で全部やるって言ってたから」


 なピンクの唇と無邪気さと大人の魅力が見えかくれする笑顔で桜井先生は言葉を発する。


「……ありがとうございます」


 清潔な衣服で、泥だらけの道具とごみ袋を片付けようとする先生を引きとめ、もちろん、代わりに片付けた俺達は手を洗って部活に行った。


「アレが【あざと女子】か?」

「そうだ。圭吾、お前みたいな【チョロい】【惚れたら一途男子】は気を付けろ」


 圭吾に蹴りを入れられそうになったので、俺は小走りで逃げた。



 その日の帰り道のみーちゃんは、【お嬢様】だった。多分。


「光太郎、ごきげんよう」と言ってスカートをひらめかせ優雅に家の中に消えていったから。


 距離は遠くなったし大して話してもいないのに、俺の心は相変わらず【ギャップ萌え】する美優でいっぱいだ。


 次の手を考えなくてはならない。

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