【距離1メートル/前編】まだ近い?
美優と一緒に登校しない朝は、正直隣にぽっかり穴が空いたように寂しかった。それに隣に人気者の美優はいないのに、何故かいつも以上に視線を感じる。
学校までは徒歩10分程の距離だがかなり長く感じた。いつまでもつきまとう視線を不思議に思いながらも自分の教室に着く。
席に着いてぼーっとしていると、俺の後ろの席の
「なぁ、光太郎。お前、織田と喧嘩でもしたの? 」
「はっ? 喧嘩なんてしてない」
(いつも一緒に登校していると1人で来ただけでこういう質問をされるのか)
「じゃあ、なんで織田はスパイみたいにお前のあとをつけてたの? 新手の遊びか? 」
圭吾の言葉に、俺は顔が赤くなるのを感じた。
何だかずっと見つめられている気がしたのは美優だったのか。
(みーちゃん、尾行まで上手いなんて……くぅぅ!)
「あっ遊びじゃねぇしっ! 俺達は距離をとることにしたんだっ! 」
「うん、だからそれが遊びだろ? バカップルの」
必死に平静を取り繕ったつもりの俺に、圭吾の冷ややかな視線を浴びせかける。早くも初心が崩れ去りそうで、圭吾に反論することもできない。
「はぁ。大体さぁ、家が隣、クラスは同じ、席も近く、部活も同じなのにどうやって距離を取るつもりだよ。おいっ、光太郎聞いてんのか? 」
正直俺は圭吾の話は聞いていなかった。教室に入ってきた美優と目が合ったから。
俺の方を向いて嬉しそうに笑いながら手を振ってくる美優。でもいつものように声を掛けたり、近づいてくることはない。
そう、彼女は素直でばか真面目なのだ。約束はちゃんと守る。少々忠実過ぎるほどに。
美優は俺に近づかないようにしながら、自分の席に着いた。それは俺の2つ後ろの席で教室の一番後ろだ。俺、圭吾、美優という順番で縦に並んでいる。
にやつきながら軽く手を振り返した俺を圭吾は呆れたように眺めていた。
「はさまれる俺の身にもなってくれよ? まじ勘弁……」
◇
授業中は先生の話を聞くものだ。黒板に書かれていることに合わせて先生の言っていることをノートに付け加えながら板書をすると、理解も深まるし記憶にも残りやすい。
だから、圭吾が後ろから俺の背中をつついてきたときは正直少し苛ついた。今はテスト期間前で、話を聞き逃したくはない。
無視していてもしつこいので、じろりと睨み付けながら後ろを振り向くと圭吾がそっと何かを渡してくる。仕方なく受け取って俺は前を向いた。
手の中にあるのは、ピンクの水玉柄のハートの形に折られた紙。
(圭吾のやつ、こんな乙女趣味があったなんて……只の柔道馬鹿じゃなかったのか? )
色んな意味でドキドキしながら、そっと中を見るとそれは美優からの手紙だった。圭吾は俺に渡してくれるように頼まれただけらしい。
【Dear 光ちゃん
初めて1人で登校したから周りに人がいるのになんかさびしかったよ~!
私ちゃんとできてるかな? 読んだら下に答えを書いてね! From 美優
Q: ちゃんと出来てる?
A: YES / NO ,やっぱり止める 】
これはAのAnswerのどれかに丸をつけろということらしい。
美優は確かにちゃんと距離を取っている。授業中に手紙を回してくるのはどうかと思うが、それも直接話さないための措置だとしたら仕方がなかったのかもしれない。
【やっぱり止める】って何だろうか? 折角一大決心をして始めた『幼馴染みからの脱却計画』は止まらない。
俺の予想だと、今直ぐに美優と距離を置いたとしても、彼女を忘れるには10年はかかる。それだけ長く片思いしてきたのだから当然だ。
今14歳だから、24歳に会社の後輩の佐藤さんと無難な恋に落ちて結婚する流れになり、親に紹介するために家に連れてきたところに、偶然玄関先で美優とばったり再開!
そして、俺の恋心は再燃し……結婚は破談に。美優は東大卒のエリートと結婚し……。
「くそぉぉ! 止めてたまるかぁ!! 」
授業中に突然叫んだ俺は、先生に珍獣を見るような目で見られ、今まで積み上げてきた優等生の肩書きに泥を塗った。
ほらみろ……早く脱却しないと俺は『普通』の人生が送れない。
手紙はちゃんと元の形に戻さないといけない気がして、ハートに折り直していたら時間を食ってしまった。圭吾に手紙を回してもらうように頼めたのは結局授業の終わりかけで、俺のノートは真っ白。
答えはもちろんYESだ。
◇
俺と美優は剣道部だ。男女合同の部活なので、当然終わる時間も同じ。帰りは暗くなることも多いので当たり前のように一緒に帰っていた。
(あんな可愛い子、1人で夜道を歩かせるわけにはいかん! 前にも襲われたんだし)
俺はいつものように美優の着替えを待って、帰り道は何も言わずに彼女の1メートル程後ろを歩いた。
近すぎる気がする? そんなことはない! 不審者が近づいてくるのは一瞬だ。これが無難な妥協ラインである。
家のドアの前まで来ると、美優は俺に向かって手を振ってくる。振り返して自分の家に入って――ああ、何かいつもより疲れた。でもこれで解放
――されることはなかった。
【光太郎へ
急な飲み会入っちゃったから、織田さん家でご飯食べさせてもらってね。頼んであるから。
母より】
リビングのテーブルの上に乗ったチラシの裏に殴り書きされた手紙。適当で自由人間の母さんらしいとは思うし、女手1人で自分を育ててくれているのには頭が下がる。
そもそも、俺が美優とこんなにも一緒にいるようになったのは、母親同士が仲が良いことに起因する。
豪快なキャリアウーマンの俺の母と、お嬢様育ちで専業主婦の美優の母。正反対の2人は自分に無いものをお互いに見つけたのか、子どもが赤ちゃんのうちから意気投合してしまったのだ。
今回のようにお互いの家でご飯を食べることも珍しい事ではない。
(うわぁ……よりによって今日。ああ、でも腹へった)
部活終わりで育ち盛りの中2男子は食欲に負けて、織田家のインターフォンを押した。
「あっ、光ちゃ……」
別に話しちゃいけないなんて言ってないのに、出てきた美優は慌てて口に手を当てた。
セーラー服から部屋着に着替えた美優は、初夏に相応しくTシャツにショートパンツという涼しげな格好だ。細く、綺麗に伸びた脚は思春期男子はあまり見てはいけないだろう。暑かったのか、長い髪はポニーテールに結われている。
(くぅっ、みーちゃん。俺話さないなんて言ってないよ? 髪結ぶと小顔が際立ってるよ! )
俺が何か言う前に美優はスマホからメッセージを送ってきた。
【今日はカレーだよ。お母さんは今日お友達とご飯食べて来るんだって】
今は18時半、美優のお父さんが帰ってくるのはもう少し後だ。
つまり、2人きりだ。
お互いの家を行き来はよくするが、ほかに人がいないことはほぼない。
(決心したのに勘弁してくれよ。
みーちゃん可愛すぎるよっ! 揺れるポニテにうなじがぁぁっ!)
俺は『えんれん』を続けることができるのだろうか……?
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