5-2


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[十年前のおく


 もりさき朱音が森の中に消えた夜──長い夜は、やがて静かに朝をむかえた。

 翌朝には地元の人々も集められての大そうさくになり、透や瑠璃は朱音のゆくを追って、大人たちに交じって心当たりの場所をさがし回った。朱音が消えたショックでたおれてしまった空を残し、透と瑠璃は朱音を捜した。

 そのような中、一日、二日とつ内に、透の中でとある心境の変化がおとずれた。

 最初は何が何でも朱音を捜し出すと、仲間と自分の心にちかっていた。だが丸一日見つからなくて、二日目になった時に大人たちがこっそりとしていた会話を聞いてしまった。

「近場を捜して見つからないなら、死んでいてけものに持っていかれている可能性がある」

 その言葉を聞いて、透は数日前に見た光景を思い出す。

 数日前──朱音たちとタイムカプセルをめるために、目印になるようなものがあって、それでいて穴のりやすそうな場所を探していた時のこと。

 おそらくそれは野鳥であっただろう、無残な野生動物のなきがら

 つばさが変な方向に折れ曲がり、虫がたかり、しゆうき散らしている。見つけた時は思わず気持ち悪さにを覚えたが、いつしよにいた仲間に〝リーダー〟としてみっともない姿は見せられないと、声になりかけた悲鳴を吞み込んだ。

 男子はともかく、女子にはげきの強い光景だろうと思って透は朱音や瑠璃の方に気をやる。だんは気の強い、男の子みたいな性格の瑠璃も、さすがに目をそむけていた。

 しかし意外なことに朱音はじっ、とその光景を見つめてかなしそうな顔をしている。

 透は「あっちに行こう」と、えてみんなで見てしまったモノの話をけ、その場を立ち去ろうとした。

 その時朱音はまるで独り言のように呟いた。

「イキモノは死ぬと、こうやって他のイキモノのかてになるの。目をそむけたくなるような姿だけど、それも仕方のないことなんだよね──もし、あたしが森で死んだら──」

 朱音はどこか夢見るような声で、呟く。

「きっとあたしも、こうなるんだろうな……」

 朱音に対してみんな返す言葉が見つからないのか、だまったまま歩いていた。

 やがてタイムカプセルを埋めるのに相応ふさわしい場所を見つけた時、みんなの気持ちも切りわり、先ほどのざんこくな光景も忘れていった。

 忘れていた──大人たちの会話を聞くまでは。

 透はひどく気分が悪くなり、寒いのに身体からだ中からとめどもなくあせが流れた。

 やがて思考の中であの野鳥の亡骸と朱音の姿が重なっていく。

(嫌だ、見つけたくない、見たくない……!!)

 森の中で見たあの残酷な光景が、知っている存在で〝現実〟になってしまいそうなきよう。人は死ぬとみにくはいする。平地と比べてすずやかな森の中とはいえ、二十度をえる気温と十分な湿しつは腐敗をうながすのに十分だ。

 ──もし彼女が死んでいたら、と考えたら見つけるのが怖かった。

 あんなに見つかってほしいと願っていたのに、見つけたくないという恐怖。

 瑠璃はずっと泣きながら、何度も朱音の名前を呼んでいた。森の中で子どもが何日も生き延びることなんて難しいのに、瑠璃はずっと朱音が生きていると信じているみたいだ。

 だが朱音は見つからなかった。

 ゆいいつ、見つかったのは朱音が透に届けようとした『忘れ物』。

 それは、透と朱音で使うはずだったきもだめしの道具。とある理由で朱音が参加できなくなり、使わなくなったもの。

 それがまるで形見とばかりに置き去りにされていたのが、あまりにも透にとって残酷だった。準備していた朱音に申し訳なくて、その道具を使わないことを内緒にしていた。ちゃんとへんこうしたことを朱音に伝えれば、もうその道具は使わないのだと言えば、朱音は届けにくることはなかった。あの暗い森の中へ入っていったりはしなかった。

 言葉が足りなかった。

 見つかってほしくないと願ってしまった。

おれのせいだ、俺のせいで……!)

 透はショックから倒れ、そのまま東京へと運ばれた。友人のしつそうの原因が自分の忘れ物であり、彼女を見つけると『約束』したのに、見つけられなかった……あまつさえ、心の中では見つかってほしくないとさえ願った。

 全て自分のせいだと苦しんだ。

 特に彼女を見つけるのをおそれて、見つからないようにと願ってしまった罪の意識は根深く、透は精神的にみ、カウンセリングまで必要になった。

 げた。

 怖くて、ひとりで逃げてしまった。

 あれから朱音のことを考えることもできず、彼女のことを聞くことができたのは、行方不明になってから一年も過ぎたころだった。

 朱音は、いまだに見つかっていない。

 もちろん生きている可能性はほぼないだろう、と。

 彼女を殺してしまった。友だちで、大切な仲間だったのに、自分のミスで殺してしまったのだと透は再び心をやみに閉ざした。

 仲間を作らない、誰にも心を許さない、たよりにされるような人間になりたくなかった。そしてそれ以上に、誰かの足を引っ張るような人間にもなりたくなかった。

 だから目立たず、それでいてすきもソツもない人間でいようと努めた。

 大学に入って瑠璃の姿を見かけた時、ようやく忘れかけていた記憶が再びこじ開けられそうになっていた。瑠璃は、朱音のような姿をしていた。

 男の子みたいな気の強い少女ではなく、どこにでもいる、ごくつうの〝女の子〟だと、そう思いたかった。だけどあれは朱音だ。だが自分さえ彼女にせつしよくしなければ、あの時の罪を知る者はもう誰もいない、みんな忘れてくれている、と願っていた。

 あれから十年、届いたのは空からの招待状──。

 再び、この森に足をみ入れた……。


**********


『──もし、あたしが森で死んだら──きっと、こうなるんだろうな……』


 あどけない、わいらしい少女の顔が醜くくさり、けて腐臭を放つ。虫や獣が彼女の亡骸をむしばんでいく。これは、夢──あの夏から、何度も見た……悪夢。わかっていてものがれられない。

 嫌だ、やめてくれ! お願いだ、もうやめてくれ──!!

 うつむき、目を閉じてその場にしゃがみ込む。これまで何度も、何度も苦しんでも、目が覚めるまで終わりがなかった──だが──。


(ナイショだからね──)


 ふと、閉ざしていない耳には、いたずらっぽく笑いながら呟いたあの声が聞こえた。

 笑っていた。いつだって、笑顔を向けてくれた。瑠璃がいて、空がいて──朱音がいた。

 森の中で手を取り、走り、笑って……。

 朱音、朱音に……会いたい。

 足りないんだ。瑠璃の言う通り、仲間がくいかない。朱音が足りないんだ。いっぱいみんなに楽しいこと、おもしろいこと、不思議なことを教えてくれた朱音がいない──。

 会いたい、朱音に、会いたい。


(透くんはすごいね)

(リーダーで、みんなから頼りにされているよ)

(透くんがいれば安心だね)


 違う、違うんだ──。

 朱音がそう言ってくれたけれど、みんながいたから「リーダー」でいられた。朱音がいたから、いつだってみんなの空気を柔らかくしてくれた。瑠璃がサポートしてくれたから、透は無茶もできたし強くいられた。

 そして空がいたから──護らなきゃいけないって思えるように自分をすることができた。

 今、瑠璃は相変わらず「相棒」だと言ってくれるけれど、本心をまだ明かしてくれない。

 空はずっと大人の世界に生きていて、だけどどこか不安になるような言動をしている。

 自分に何ができるだろうか。あの時、逃げ出してしまったのに。

 ……もう一度、あの時のようになれるか?

 透は顔を上げて、目の前で腐敗していった少女に目を向ける。

 今までの夢とは違い、そこにはあの頃と変わらずほほんでいる、大切な仲間──朱音がいた。

(──透くん、約束だよ)

 そう、透はかつて朱音とある約束をした。瑠璃や空にも話すはずだったのに、あのゴタゴタで「仲間だけの秘密」にするのが、透と朱音だけの秘密になったこと。

 今まで忘れていた訳じゃない。ただ言い出すきっかけもなく、それ以上に朱音の事件が透から告げるべき言葉を奪い、なつかしむための記憶を黒くつぶしていた。

(見つけられなくて、ごめん──朱音……だけどもう逃げない!)

 何があっても、あの時のようにみんなが一緒にいて、楽しかったって言える日にすると透は誓う。朱音がいた時と、あの時間と同じ世界に──。


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君が消えた夏、僕らは共犯者になった 蒼木ゆう/ビーズログ文庫 @bslog

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