第五章 『仮面』仮面は桶に及ばない

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おそくにごめんね、そらくん。本当は会って話したかったけど、電話の方がいいかな。もしないしよで会ったところを他の子に見られたら、空くんにめいわくがかかっちゃうもんね。あ、うん。それで相談っていうのは、ゲームのルールについてなの。女の子の部屋にはカメラは設置していないんでしょ? だから不正があった時にはどうすればいい?」

 飲み会がお開きになった後、はすは自室の電話の内線から空に電話をかけた。元々、外部へのれんらくしゆさい者である空の許可なしには取れなくなっているが、内線で他の部屋に連絡は取れるようになっている。

 ただし、電話の内容に不正がないか、自動的に記録を取られることはあらかじめ説明されていた。

 そんなことは承知で、あとでげんを取られる可能性もあるけれど、蓮実はとある〝け〟に出たのである。

 それは──ライバルをとすこと。

 空に「どうしても相談したいことがある」と言って、連絡してきたのだ。

『確かにカメラは入り口とかにはあるけれど、部屋の中までは設置していないね。でも他にもけはしてあるよ。もちろん、君たちに明かす訳にはいかないけれど、決してプライベートをあばくようなものじゃない。これでもちゃんと会社のかくでやっているからね、犯罪になるようなことはしていないよ』

「う~ん、でもそれでだいじようかなぁ……」

『何か心配事でもあるの?』

「うん、あのね……わたしはこんなこと言いたくないんだけど、わたしって気が弱いから、強く言われちゃうと言い返せないこと多くて……こんな自分はいやなんだけれど、このままれいちゃんに強く言われたら──」

かのじよがどうしたんだ?』

「カード見せてって。でもダメなことなんだよね? わたし、どうやって断ったらいいか……」

『そうか……わかったよ。実際にカードを不正に見ようとしたらこちらにもわかるから、君は心配しなくていい。とにかく、見られないように自衛だけはしていてね。友だちに不正をさせたくはないよね?』

「うん。ごめんね、きっと麗ちゃんも悪気はないと思うの。ただバッグがしいとか言ってたから、賞金に目がくらんじゃっただけだと思うの。わたしもがんって見られないようにするけど……イザという時は空くんお願いね」

 か弱い自分をまもってもらいたいとアピールする蓮実。さらに決して「相手には悪気がない」とかばい、その上でしっかり「バッグを欲しがっていた」とばらす。

 そんな言葉を聞いて、空は電話口で小さく口をゆがめる。

『わかったよ。このゲームに不正は許さない。とにかく、君は安心してゲームをするといい。それから友だちのことを告発するのだから、君もだれかから告発されないように』

「ちょ、空くん……!?」

 電話は切れた。

 それから何度もかけ直しても『ただ今おつなぎできません』というメッセージが流れてきて、空に繫がることはなかった。

 蓮実はいかりに任せてベッドの上のまくらを投げた。

「あったまきちゃう! 何さまのつもりよ!? ふん……でもダメ、今はまだダメ」

 そう、これは絶好のチャンスなのだ。あのワガママでごうまんな麗に付き合い続けてきたのも、いつか彼女より自分がすぐれていると知らしめるためだ。

 彼女がどうやったら傷つくか、友だちのふりをしてそればかり考えていた。周りから見ればある意味ぞんに見えてもおかしくない。もちろん当の蓮実はそれを認めないだろうし、気づきたくもないのだろう。

 そして麗に最もくつじよくあたえる方法はわかっている。

〝女〟としてはじをかかせること。友だちのこいびとゆうえつ感からうばったことのある麗。そんな彼女が最も嫌がるとすれば、自分のしたことと同じことをされることだ。

 彼女は自分の容姿に自信を持っている。人より派手な目鼻立ちに、すらりとびた手足。ほんの小さな記事だけど読者モデルとして雑誌にもったこともある。

 だからこそ男性はみんな自分に目を向けなくては気が済まない。そしてそれは外見が優れていたり、お金や地位を持っている人間ならなおさらだ。

 そういった意味で空は麗にとって全てそなえたごくじようのターゲットだ。

 だが、そんな麗がゲームからだつらくし、空にけいべつされたら? そして最後に空のとなりに立っているのが自分だとしたら?

 麗が欲しがった「空の彼女」という立場を見せつける──それが楽しみでならない。

 暗い、暗いもうそうき上がる。

 この十年、麗と出会ってから何度もり返し思いかべた妄想。真面目でれい正しい自分が、絶対にむくわれないはずがないのだと。

 蓮実は自分のそとづらの良さは、長所だと自負していた。誰だって人に良く思われたい、そのためには取りつくろうのは当たり前だと思った。作り笑いが仮面のようにりついて、いつのまにかそれが自然な姿だと思うようになっていた。

(久々に本気で腹立ったなぁ。でもがおもどさないと)

 ふと、自分に空から送られてきたカードを蓮実は思い出す。

 送られてきたカードは『仮面』、書かれているメッセージは[仮面は桶に及ばない]だ。今日の勝負では『桶』のカードを手に入れたので、それで勝負をした。最初にもらった『仮面』のカードよりも『桶』の方が強いとメッセージにあったからである。

 その『桶』も『0には及ばない』と書いてある。

 他のみんなと比べてどれくらい強いカードだったのだろうか。少なくともとおるが持っていたカードよりは弱かった。

 やっかいなゲームだが、真面目に取り組んでいるように空も満足するだろう。

 十年も前にこの森で死んだあかが持ってきたゲームを元に、こんな遊びをしている空。

 どんなに空が朱音のことを思っていたって、しよせんは死人。死人が生きている人間にかなうはずがないのだ。

 そう、空は朱音みたいな人当たりがやわらかく、せいな子が好きなのだろう。麗には教えてやらなかったが、今回の話といい、そうにちがいない。そういった意味では今の瑠璃は朱音のようになっているが、れつコピーに過ぎない。

 本当に女の子らしい自分に敵うはずがない、と。

 ともあれ──。

「……朱音がいなくて、本当に良かった」

 蓮実はひそかにつぶやいた──誰も、その言葉を聞いていないと思いながら。

 そして蓮実は自分のカードを小さなポーチに入れて、部屋を出る。次の作戦に出るためだ。

 ここ一日や二日で空をゆうわくするのは、あの様子では少し難しいだろう。けれどあきらめた訳ではない。ただ、当初の予定よりも早く『じや』な要素を取り除き、後でたっぷりと優越感を味わえばいいと思ったのである。

 蓮実は麗の部屋に行き、リビングでおしゃべりしないかと持ちかけた。

 めんどうくさがって出るのをしぶった麗だが「実は空くんからとっておきの情報をもらったの」というさそい文句で蓮実は麗を部屋からおびき出すのに成功したのである。

 最初麗は「アタシの部屋でもいいじゃん」と言っていたが、蓮実には彼女の部屋に入れない理由があった。それは彼女が持っているポーチの中身である。

『他の人の部屋に入る際に、最初にわたされた勝負カードを持って入ってはいけない』

 電話の使用条件の他に、部屋に置かれた注意書きにあったものだ。持って入ろうとすればセキュリティ・アラームがひびくのだろう。

 不正を見張るためとはいえ、った仕掛けだと思った。

 それゆえに蓮実はカードを持ったまま、麗の部屋に入ることはできない。けれどこのカードを持っていなければならない〝理由〟があった。

 ともあれたくらみ通り麗を連れ出すと、蓮実は先ほどまでみんながり、み明かしていた広間に誘った。テーブルの上にはまだ片づけられていない酒やつまみが残っていた。

 夕飯の際に出張でディナーを用意しに来てくれたちゆうぼうスタッフたちは、また明日の早朝に来て片し、朝食の準備をするということだから、明日の朝まではこのままなのだろう。

 麗は適当な場所にすわると「で、とっておきの情報って何よ」と、その辺に残っていたアーモンドチョコの包みに手を伸ばし、口の中に放りむ。そしてけいたい電話──いつものくせなのか、電波が届かなくても手放せない──を手近のソファの上に置く。

 そんな麗に対して蓮実は「まずはルールのかくにんをしよう」と言いながら「もう少し吞まない?」と酒もすすめてきた。麗はどちらかと言えば酒が好きだったが、あまり強いと言えず、吞むとすぐにねむくなってしまうので、何度かの失敗の後にあまり吞み過ぎないようにしていた。

 そのことは成人式やその後の同窓会でも見ていたから、蓮実も良く知っている。

 だが今は蓮実が「ここならすぐ部屋に近いからいいじゃない」と言い、調子よくおだてて麗に酒をすすめ続けた。その際に「空くんも何だか麗ちゃんのこと、意識していたみたい」と、思ってもいないことでおだててみた。

 蓮実の言葉にのせられ、麗はついつい吞み過ぎていた。麗自身も少しいたい気分だった。

 誰にも言えないが、麗はあれからずっとこわい思いをしていた。蓮実が呼びに来なければ、自分から蓮実の部屋に行こうと思っていたぐらいである。

 本当の麗はおくびような性格だ。強がっていても朱音の話が怖くて、今にも森の中から出てくるのではないかとおびえていた。だから敵うならカーテンで完全に窓をふさげる部屋で話したかったのだが「万が一でも隣の部屋の人に聞かれたくない」という蓮実の説得に、麗はなつとくするしかなかった。

 そうやってグダグダと話している内に、麗はいつのまにか注がれるがままに酒を吞み、やがて机につっぷすようにしてすいに身を任せる。

 その様子を確認すると、蓮実はポーチから『仮面』のカードを取り出した。そしてそれを麗の手ににぎらせる。

 そのまま蓮実は部屋に戻ると、すぐに『きんきゆう用』と書かれたスタッフのしよに電話を入れた。麗が今酔って広間でてしまっていること。

 そして──。


「酔った勢いとはいえ、わたしのカードを無理やり奪って見てしまったんです……」


 やがて蓮実はスタッフと共に麗のところへやってきていた。そのしゆんかん、麗はゆすり起こされて、手にしていた蓮実のカードを取りこぼす。

 ハラリ、とゆかに落ちた『仮面』のカード。

「まさかこんなことをするなんて、ね……麗ちゃんのこと、信じていたのに」

「蓮実……何、一体……どうしたの?」

 寝ぼけまなこで蓮実の言葉を理解できない麗。おまけに蓮実の周りにはいかついスタッフが複数人で立っていた。

「麗ちゃん無理やりあたしのカードを取り上げて、見たじゃない。酔っていたからって言うの? あんまりだよ……ズルしないって約束したのに」

「え、し、知らない! どういうこと!? きゃ、ちょ、ちょっと! 何すんのよ!?」

 本当に訳がわからずあせっている麗。

 だがそんな彼女のうでを、を言わさずくつきようなスタッフたちがつかみ、引きずりあげる。

「不正が発覚だい、失格となります。こちらへ」

「待って、アタシは何もしていない! 誤解よ、ねぇ蓮実! ちょっと……違うったら!!」

 蓮実に助けを求める麗。けれど蓮実は顔をせて、泣いているようだった。そのまま麗はスタッフにわきを固められ、空の元へ連行された。

 単にゲームの不正をしたというよりも、それはまるで重いけいばつおかした人間を連行するような姿だった。

 そんな麗の姿を、蓮実は顔をおおった指の間から、冷たい目で見送っていた。

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