4-3


 飛び出していった瑠璃は、森の方へ向かっているように見えた。

(ダメだ、夜の森は──朱音が……!)

 また誰かが夜の森に消えてしまう──恐怖に駆られた透は、少しごういんなぐらいに瑠璃のうでを引いて呼び止めた。

「待てよ、瑠璃! 夜の森はダメだ!」

「……っ」

 透の言葉に瑠璃も朱音のことを思い出したのか。ていこうなく足を止めた。

 瑠璃はめずらしく弱気で、申し訳なさそうな顔をしていた。

「……ごめん……」

「いや、お前の気持ちもわかるから……」

 朱音と一番仲の良かった瑠璃だ。

 昔の朱音のような姿になっているのは、朱音のことを忘れられないからではないか。背中を向けている後ろ姿が、あの雨の日の通学路で見た彼女と重なる。

 あの時も、その前からずっと、朱音の姿のままだったのかと。かたを過ぎるぐらいの髪、パステルカラーのワンピース……。

 瑠璃が朱音と同じような格好をしていると透が気づいたのは、初めて大学で再会した時のこと。朱音の姿に寄せているのは彼女をしのんでいるのかと思っていた。けれどそのことすら口に出すのをその時の透にははばかられた。

 だから透は今の彼女の姿が「何となく嫌だ」とか「昔の方がいい」と感じていた。しかしこうやって朱音のことを振り返ると、透はそんな自分をなぐりたくなる。

 喪って哀しくて、そんな風にして彼女の思い出をとどめようとしているのではないか、と。瑠璃は透に背を向けたまま、ぽつりぽつりと想いを言葉にした。

「おかしいんだよ、みんな──朱音がいないと、上手くいかないんだ」

「ああ、そうだな。あの頃はワガママや不満、ケンカもあったけれど……一緒に何かやった後はいつも仲直りできたな。何か遊びとか、ゲームとか、朱音はみんなでできるものを見つけるのが上手かった。本当に……」

 しんが強くて、周りから変わっていると言われていても、マイペースに自分の好きなことを好きなように頑張る朱音。口の悪い子が嫌なことを言っても、にこにこして「でも私は嫌じゃないよ」と言って流すから、それ以上何も言えなくなる。

 手先が器用で、色んなモノを上手に作っていた。

 流行のモノやTVで話題になっているものにはとことんうといのに、色んな知識があって、みんなの知らない遊びを教えてくれた。

 そんな彼女がいない。

 彼女が教えてくれたゲームで遊んでいるのに、みんなどこかおかしい。

「うん……今改めて再会して本当にそう思う。みんながみんな、仲が良かった訳じゃない。朱音のことを良く思っていない子もいた。それなのにみようなバランスで上手く行っていた。だけど朱音が欠けて、みんながバラバラになった。透くんは再会しても私を避けていたし、空くんも昔みたいに〝仲良くしよう〟という気持ちを失っていた……」

「え? 俺のことはともかく、空は仲良くしようと思っているからこのゲームを通じて同窓会を開いたんじゃないのか?」

「今になってもそう思う? だったら何故あんな賞金が必要なんだ? 麗と蓮実は空くんに取り入ろうとして、達也くんと一樹くんはどうやったらゲームに勝てるかばかり。誰も、昔のことなんて懐かしんでいない……朱音のことを、忘れて……」

「それは、俺も同じだ。朱音のことを忘れようとしていた──」

「透くんは朱音のことで後悔して苦しんで、だから忘れようとしたんだろ? そういうのとは違うんだ!」

「──ありがとう。だけどな、空からしてみればきっと同じだ。今のことに夢中で朱音のことを忘れてしまった者と、辛くて忘れようとした俺と……」

 どんな理由であれ、忘れようとしたのは空にとって裏切りに違いない。

 透は朱音のことを忘れようとしていた自分が許せなかった。確かに苦しんだ、けれども彼女はたくさんの良い思い出もくれたのに、忘れようとしていた。

 空がこの会を開いてくれたことで、もう一度向き合うことができた。だから透は空に感謝している。だが──。

「透くんは、今の空くんを信じているんだね」

「どういう意味だ?」

「私は今の空くんを信じることができない。空くんは、きっとみんなと仲良くしたくて同窓会を開いたんじゃない。それがわかるんだ……ごめんね、透くん──この同窓会にさそってしまって……。私はそのことにもっと早く気づけば良かった。出発前日に電話した時もつうだった……本当に透くんたちのことを懐かしがっていて、再会を楽しみにしているんだと思っていた」

「何でそんなことを言うんだよ……俺、朱音のことで空にやっと謝れるって、やり直せるんだって感謝しているのに──」

 本心からの透の言葉は、冷たい言葉でさえぎられた。

「やり直しはないんだよ、透くん」

「何でそんなことを──」

「朱音は、この森に消えてしまった。誰の責任でもなく、消えてしまったんだ。その事実を変えることはできない」

「瑠璃……」

「ごめん、今日はもうおそいから……明日はみんなにも、謝らなきゃね」

 ようやく振り返った瑠璃は、子どもの時のようにいつも強がっている笑顔を浮かべていた。

「瑠璃」

「──何?」

「お前さ、何か隠していないか……?」

「どうしてそう思う?」

「今の俺じゃ、頼りにならないかもしれない。だけど俺はお前の相棒だって思っていたし、これからも思ってもらえるようになりたいと思ってる。辛くて無理だって思うなら、頼ってくれないか?」

「透くん──君は……本当に──」

 瑠璃の顔から無理をしている表情は消えたが、同じぐらい痛ましい目をしている。

「みんなのことを信じ過ぎている。空くんのことも、何も言えない私のことでさえ。それはとても凄いと思うけれど、やっぱり今の君にはまだ何も言えないよ」

 瑠璃の言葉に首を横に振った。

「瑠璃がそう思うのも仕方ないさ。ごめん……変なきよ作っていたのに、今さら頼れなんて……」

 透は瑠璃のことを名前で呼ぶことさえためらっていた。

 朱音のことを思い出すのさえ怖がっていた。

 瑠璃が「大丈夫だ」と言ってくれたのは、透のそんな気持ちを知った上でのこと。だから今すぐに頼ってくれなんて言うのは、あまりにも信頼性のない話だ。

 だけど──。

「俺、待ってる。瑠璃が話してくれるまで、俺のことを頼ってくれるまで──」

 ふたりの間に、少しの沈黙とすずしい夜風がいた。

「ありがとう……」

 瑠璃のその言葉で、透はまた少しだけ救われた気がした。

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