4-2
蓮実と麗は「夕飯前にお
達也と一樹は空にルールについていくつか質問をしていた。彼らに対して空は『他の参加者に不公平になるから』と、ヒントを
そのような中、静かに
「……なぁ、
「瑠璃でいいよ。昔はそう呼んでいたじゃない。透くん」
「……ごめん、いや、その……」
「いいよ、無理しないで。無理に呼んでほしいんじゃないんだ、ごめんね」
お互いに何となく気まずい。東京を出発してからずっと、空のこと、朱音のことをもっと話そうと思ったのに、何となく話せずにここまでいる。
それでも森にいる間、ゲームに参加しながらも透は朱音のことを思い出していた。タイムカプセルを埋めたこと、肝試しの準備をしたこと、それから……。
いつもならあのトラウマが
またあの時のリーダーだった
でもそれ以上にこの森がとても優しい空気に包まれているのと、何よりも瑠璃の言葉があったから、透は気負わずに思い出を
「あのさ、本当にありがとう……」
「え、何が?」
「今日ここに来た時、味方になってくれるって言ってくれたこと。お
何かの声がした。猫のような、けれどしゃがれて低く短い鳴き声。
「あれは?」
「フクロウの声だよ。まだこの森にはフクロウがいるんだね」
「あの鳴き声がそうなのか?」
「……うん。森の
しばらくの間、ふたりは遠くに聞こえるかすかな鳥の声に耳を澄ませていた。
「フクロウ……朱音が好きだったんだよな」
「うん、透くんは覚えていたんだ」
「……少しだけ。朱音とあんなに一緒にいたのに、辛くて忘れようとしていた。今やっているカードゲームも、朱音が教えてくれたヤツだよな。あの時は数字のカードもあったから覚えていないし……ルールとかでも空が説明した以外にもっと、何だっけ……何か、とても大事なことがあったような──」
あやふやな
朱音はあの時、色んなことを教えてくれた。透はそれを思い出したいと願う。
「そう。これは朱音のためのゲームだ。だから空くんは
瑠璃のその口ぶりは、まるで全てを覚えているようにさえ思える。
「──あのさ、ゲームのルール……どれだけ覚えている?」
「今朝の空くんの説明聞いたら、
「そっか、そうだよな……うん──。いやなんかさ、ふたりの話を聞いていて……全部覚えているみたいに見えたんだ。それでカードを探さなかったのかって」
瑠璃は目を丸くする。何か、そんなに変なことを言ったのだろうかと透は不安になった。
だが、瑠璃はほんの少し、
「やっぱり透くんはあの時のままの〝リーダー〟だね」
そう言って瑠璃は
「信じてほしい、透くん。私は君の味方だから。君が、あの時のことを今でも大事に思ってくれているって知ってるから」
「──うん。そう言ってもらえて嬉しい。俺さ、ここに来られて、あの時のことを
透の言葉に瑠璃は顔を上げた。その顔には不敵な
「ルールのこと、少し覚えているよ」
「……え?」
「でも言えない。誰だってあんな大金見せられたら、正気を失うかもしれない。このチップがあのお金に換わると思ったら、凄く
「瑠璃──」
みんなの前では昔のままで〝瑠璃〟と呼んでいたのもあって、透が思わず呼びかけたのは昔のままの下の名前。それに対して瑠璃は少しほっとしたような顔をした。
「気を使わせたみたいで悪かったな。ゲームのことは、まぁ自力で思い出すさ。瑠璃に負けてられないからな。空がどう思っていても、俺は朱音のことをもっと思い出したい。それに、もっと瑠璃に信用してもらえるようにならなきゃな」
「それでこそ透くんだね。でも安心してよ。私は昔から透くんの相棒だからね」
そうだ──
「ああ、そうだよな。何か、本当助けられてばかりで参ったな。これじゃ、本当に瑠璃がいなきゃ何もできなかったな」
「それぐらいでいいよ。だってそうじゃなきゃ、こっちが昔の恩を返せない気分だもの」
「恩? 何か俺、特別に瑠璃にしたことってあったっけ?」
「君にとっては当たり前のことだろうけれど、私にとっては大事なことだったんだよ」
どこか懐かしそうな目をする瑠璃。透は瑠璃の言葉に心当たりはなかった。だが、彼女にとっては大切なことがあったのだろう。それが今、こうして助けてもらっていることに
「透くん」
「え、あ……何?」
「私のハンドルネーム〝bleu〟はフランス語。このゲームはフランス
「それって一体どういうことなんだ?」
「後は思い出して、リーダー」
瑠璃の意図していることを完全に理解することはできなかったが、やはり朱音のことがこのゲームの根底にはあるのだと、透は思い知らされる。
けれど瑠璃もまた、昔のように彼を〝リーダー〟と呼んだ。
何か大切なものが隠されている。このゲームにも、
そして遠くに聞こえるフクロウの声が、今はどこか悲しげに聞こえた。
**********
一日目のゲームが
食堂に用意された夕食は少し軽めのフレンチだった。アレルギーの
このコテージの近くに飲食店やコンビニはもちろん、商店などはない。
子どもの時の合宿ではみんなで作ったカレー以外は、給食のようなメニューだった。それに比べて前菜は
小さなカウンターバーのようなものがあり、カクテルを
「かんぱ~い!」
仲間内だけになり、
麗と蓮実は主催者である空の横の席に座り、お
昼間の動きやすい服とは違って、麗は少し
今の仕事のこととか、アメリカにいる時はどんなところに住んでいるのか、向こうではどんな知り合いや友人がいるのか、など。また電波は届かないが、写真は
知り合いのパーティに参加している、というぐらいなら
本当は一部で有名人になっている空と一緒だったことを麗は自慢したかったみたいだが、賞金没収だけじゃなく規約
そんな麗と彼女に付き合っている風の蓮実の積極的な接待に、空は「あまり
空の「吞めない」という言葉に、透は少し心配になった。昔は体が弱くて、ちょっとでも体調を
機会があったら訊いてみよう。それで何か手助けできることがあれば、と透は考えていた。
そして元々は同じ班だった達也と一樹は
しかしゲームとして提示されたからには、誰よりも先にルールを解明して、勝ちたいと息巻いている。そして本心では誰よりも透が〝リーダー〟だったのが気に入らなかった達也も、ゲームについて「明日はもっと宝箱を見つけてやる。何たって、オレは他の
達也は目立ちたがりなところもあったためか、今日のゲームも──判断材料があったのも理由のひとつだが──真っ先にカードの交換を申し出ていた。
十年ぶりだというのに、みんなほどんど昔のことは語らない。同窓会も
それぞれが盛り上がる中、取り残された感のある透と瑠璃。ふたりは先ほどの会話もあって、あまり話が
そんな様子を
「リーダー、吞んでいるか~い?」
「俺、あんまり酒好きじゃないんだけど」
「瑠璃ちゃんは? 吞んでる? 吞んでますか~ってか、瑠璃ちゃん、何か昔に比べてガラリと雰囲気が変わったよね? すんごい女の子っぽくなって。カレシとかいるの?」
誰もがそう思ってはいただろう。どんなにボーイッシュな子でも、
そんな理由なのか、話を振られた瑠璃も少し困ったような顔をしていた。
「一樹くん、そういう話はまだ早いんじゃないか? そりゃ十年
「そうかなぁ。で、カレシとかいるの? どうなの?」
「ご想像にお任せするよ」
やんわりと一樹の質問をはぐらかそうとしている瑠璃。
(今さらだけど、何も知らないんだな……俺は──)
それなのに瑠璃を全面的に信頼していることに、透は少し不安を覚えた。だが、一樹の質問に重ねて達也が発した一言は、透が抱いたそのかすかな不安を打ち消すほど
「でもさ、なんていうかほら……三笠はもっとこう、男みたいだったじゃん。それでさ、何か今の三笠ってほら、あの仲良かった森崎って子みたいな感じになってるよな」
森崎……朱音。
誰も口にしなかった彼女の名前を出したのは、親しくもなかった達也だった。
朱音の名前が出て、わいわい
暫しの
「本当は、ここに朱音ちゃんもいるはずだったんだよね……かわいそうな朱音ちゃん、でもきっとみんながここに集まっているから、天国から見ていてくれるかもね」
蓮実が少しわざとらしいくらいにめそめそとした声で朱音のことを話す。
嫌な感じだ、と透は少し不快になった。昔はそんなに仲が良かった訳ではないのに、大げさに
その想いが声になって出ていた──ただし、その声は自分のものではなかった。
「みんな、何で今になって朱音ちゃんのこと思い出したの?」
空はまるでそんな雰囲気を
「今日のゲームだって、元は朱音ちゃんが夏合宿の時にみんなに教えてくれたゲームなんだけれどね。だから僕は言ったじゃないか。思い出を大切にしているのなら、このゲームに勝てるって。みんなせっかくなんだから、もっと朱音ちゃんのこと思い出してよ。そうすれば朱音ちゃんが会いにきてくれるかもしれないし」
その場にいたみんなが言葉を失う中、瑠璃が静かに、けれど空の言葉に
「空くんは……そんな言い方をして朱音のことでみんなを怖がらせるつもり? 朱音の
「ちょっと瑠璃、ヤメてよ!」
麗が止めに入る。
彼女はオカルトめいたことが
朱音が
その時は女子の部屋でのことだったので、蓮実と瑠璃しか聞いていないが、リーダーである透に蓮実が告げ口するように報告してきたことがあった。だが当時はそんな麗に対して
今も止めようとする麗の言葉を、瑠璃が聞き流す。
「こんなの、朱音は望まない。空くんにはガッカリしたよ」
空は静かに席を立つと、みんなに背を向けた。そして……。
「瑠璃ちゃん、何でこの楽しい同窓会とゲームを
空の言葉に、瑠璃は泣きそうな顔をしてその場を飛び出した。
「瑠璃!」
透も一瞬気を取られたが、すぐに瑠璃の後を追った。
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