4-2


 蓮実と麗は「夕飯前におに入ってえたい」と言って、コテージへ引き上げていった。ゲームでは成績がるわなかったのに、ふたりはとても楽しそうで、これからが本番というようなふんだった。彼女たちは同窓会が主体で参加しているのだろうと透は思った。

 達也と一樹は空にルールについていくつか質問をしていた。彼らに対して空は『他の参加者に不公平になるから』と、ヒントをるふたりを軽くあしらいながらコテージの中へ戻っていった。

 そのような中、静かにたたずんで、夕暮れにあかく燃える森を見つめている瑠璃がいた。

「……なぁ、かささん」

「瑠璃でいいよ。昔はそう呼んでいたじゃない。透くん」

 てきされ「あっ」という顔をした透。名前で呼ぶと決めたのに、とつに出てきたのはまた仲間をけようとする〝おくびよう〟な自分だったと、じているようだ。

「……ごめん、いや、その……」

「いいよ、無理しないで。無理に呼んでほしいんじゃないんだ、ごめんね」

 お互いに何となく気まずい。東京を出発してからずっと、空のこと、朱音のことをもっと話そうと思ったのに、何となく話せずにここまでいる。

 それでも森にいる間、ゲームに参加しながらも透は朱音のことを思い出していた。タイムカプセルを埋めたこと、肝試しの準備をしたこと、それから……。

 いつもならあのトラウマがよみがえって気分が悪くなったり、きよう身体からだが震えてきたりしているのに、か今は楽しかった思い出の方が多く感じられていた。

 またあの時のリーダーだったころのように、みんなにも頼られた。

 でもそれ以上にこの森がとても優しい空気に包まれているのと、何よりも瑠璃の言葉があったから、透は気負わずに思い出をなつかしめたのだった。

「あのさ、本当にありがとう……」

「え、何が?」

「今日ここに来た時、味方になってくれるって言ってくれたこと。おかげで今日は森の中を歩きながら、朱音のことを懐かしむことができたんだ。ずっとあの時からこうかいばかりして、朱音のことを思い出すのも怖かったのに……だから、ありがとう」

 しばしの無言の後、瑠璃はどこかうれいを帯びたようなほほみを浮かべると「透くん、耳をませてみて」と言う。何だろうと思いながらも、透も彼女の向いている方に注意を向ける。

 何かの声がした。猫のような、けれどしゃがれて低く短い鳴き声。

「あれは?」

「フクロウの声だよ。まだこの森にはフクロウがいるんだね」

「あの鳴き声がそうなのか?」

「……うん。森のおくに行けばアライグマとかムササビとか、他の野生の動物も見られるだろうね。十年前と変わらないよ──」

 しばらくの間、ふたりは遠くに聞こえるかすかな鳥の声に耳を澄ませていた。

「フクロウ……朱音が好きだったんだよな」

「うん、透くんは覚えていたんだ」

「……少しだけ。朱音とあんなに一緒にいたのに、辛くて忘れようとしていた。今やっているカードゲームも、朱音が教えてくれたヤツだよな。あの時は数字のカードもあったから覚えていないし……ルールとかでも空が説明した以外にもっと、何だっけ……何か、とても大事なことがあったような──」

 あやふやなおくさぐる。

 朱音はあの時、色んなことを教えてくれた。透はそれを思い出したいと願う。

「そう。これは朱音のためのゲームだ。だから空くんはえてみんなにルールの全てを明かさない。朱音との思い出を大切にしてくれている者に有利になるように……」

 瑠璃のその口ぶりは、まるで全てを覚えているようにさえ思える。

「──あのさ、ゲームのルール……どれだけ覚えている?」

「今朝の空くんの説明聞いたら、なおに話すのはためらわれるよ」

「そっか、そうだよな……うん──。いやなんかさ、ふたりの話を聞いていて……全部覚えているみたいに見えたんだ。それでカードを探さなかったのかって」

 瑠璃は目を丸くする。何か、そんなに変なことを言ったのだろうかと透は不安になった。

 だが、瑠璃はほんの少し、うれしそうに笑った。

「やっぱり透くんはあの時のままの〝リーダー〟だね」

 そう言って瑠璃はうつむいてしまう。彼女の表情は透から見えない。だが──。

「信じてほしい、透くん。私は君の味方だから。君が、あの時のことを今でも大事に思ってくれているって知ってるから」

「──うん。そう言ってもらえて嬉しい。俺さ、ここに来られて、あの時のことをいやな思い出のままにならなくて……本当に良かった。本音を言うと、ずっと苦しかった。息ができないみたいな日だったのに、ここに来て大丈夫になった気がする」

 透の言葉に瑠璃は顔を上げた。その顔には不敵なみが浮かんでいた。

「ルールのこと、少し覚えているよ」

「……え?」

「でも言えない。誰だってあんな大金見せられたら、正気を失うかもしれない。このチップがあのお金に換わると思ったら、凄くしゆうちやくするだろうね。だけどおかしいよ。何で空くんはあんなことを言い出したのか──」

「瑠璃──」

 みんなの前では昔のままで〝瑠璃〟と呼んでいたのもあって、透が思わず呼びかけたのは昔のままの下の名前。それに対して瑠璃は少しほっとしたような顔をした。

「気を使わせたみたいで悪かったな。ゲームのことは、まぁ自力で思い出すさ。瑠璃に負けてられないからな。空がどう思っていても、俺は朱音のことをもっと思い出したい。それに、もっと瑠璃に信用してもらえるようにならなきゃな」

「それでこそ透くんだね。でも安心してよ。私は昔から透くんのだからね」

 そうだ──かみが長くなって、スカート姿になっても、あの頃の瑠璃と何も変わっていない。しんらいできる味方で、あの頃はチームをまとめる「相棒」だった。

「ああ、そうだよな。何か、本当助けられてばかりで参ったな。これじゃ、本当に瑠璃がいなきゃ何もできなかったな」

「それぐらいでいいよ。だってそうじゃなきゃ、こっちが昔の恩を返せない気分だもの」

「恩? 何か俺、特別に瑠璃にしたことってあったっけ?」

「君にとっては当たり前のことだろうけれど、私にとっては大事なことだったんだよ」

 どこか懐かしそうな目をする瑠璃。透は瑠璃の言葉に心当たりはなかった。だが、彼女にとっては大切なことがあったのだろう。それが今、こうして助けてもらっていることにあたいすることかどうか、少しだけ不安であった。

「透くん」

「え、あ……何?」

「私のハンドルネーム〝bleu〟はフランス語。このゲームはフランスはつしようで、イタリアで根付いた。そう教えてくれたのは……朱音だよ。思い出して……まだ私は失格する訳にいかない、でも勝ちたくもないんだ……」

「それって一体どういうことなんだ?」

「後は思い出して、リーダー」


 瑠璃の意図していることを完全に理解することはできなかったが、やはり朱音のことがこのゲームの根底にはあるのだと、透は思い知らされる。

 けれど瑠璃もまた、昔のように彼を〝リーダー〟と呼んだ。

 何か大切なものが隠されている。このゲームにも、みなの心にも。透はそれを知らなければならないような気がした。

 そして遠くに聞こえるフクロウの声が、今はどこか悲しげに聞こえた。


**********


 一日目のゲームがしゆうりようして、一同は食事と自由時間を楽しんでいた。男性用のコテージと女性用のコテージは、食堂や広間のある建物を中心にして、森の奥と手前にへだてられていた。

 食堂に用意された夕食は少し軽めのフレンチだった。アレルギーのあらかじかれていたが、どのような食事が用意されるかは聞いていなかった。

 このコテージの近くに飲食店やコンビニはもちろん、商店などはない。

 子どもの時の合宿ではみんなで作ったカレー以外は、給食のようなメニューだった。それに比べて前菜はももとアンディーブのサラダ、メインを肉か魚か選べて(肉はうずらのコンフィにフォアグラのパテえ、魚はイサキのポワレにホタテのムニエル)、口直しにグレープフルーツのシャーベットが用意された。こんな森の奥で隠れ的レストラン並みの料理を出され参加者は驚かずにいられなかった。夕食が軽めだったのは、後に飲み会の予定があったからである。

 小さなカウンターバーのようなものがあり、カクテルをふくめ、かなりの種類のアルコールや、酒が苦手な人にも対応できるようにソフトドリンクも十分に用意されていた。先ほどディナーを用意してくれたスタッフが、カナッペやチーズ、フルーツやナッツ、などのつまみを用意すると、やとぬしである空にあいさつをしてその場を辞した。

「かんぱ~い!」

 仲間内だけになり、ねなくかんぱいをする参加者たち。

 麗と蓮実は主催者である空の横の席に座り、おしやくをしながらあれこれと彼のプライベートについて探ってくる。

 昼間の動きやすい服とは違って、麗は少ししゆつの多い、まんのボディラインを存分にアピールできるよそおいだった。一方の蓮実はせいわいらしいコーデで、あくまでも「麗ちゃんに付き合って」というスタンスで空に話を振っていた。

 今の仕事のこととか、アメリカにいる時はどんなところに住んでいるのか、向こうではどんな知り合いや友人がいるのか、など。また電波は届かないが、写真はりたいと麗がけいたいを持参。ネットなどで公開するしないにかかわらず顔が入らないこと、後日SNSなどにアップする場合はテストプレイのことをとくするならOK、という条件付きでさつえいが許可された。

 知り合いのパーティに参加している、というぐらいならいということだ。

 本当は一部で有名人になっている空と一緒だったことを麗は自慢したかったみたいだが、賞金没収だけじゃなく規約はんばつきんを払う羽目になると警告されれば、多少のしようにん欲求はおさえることができたようだ。代わりにそれなりに高価なワインやシャンパンのエチケット(ラベル)を写真に納めていた。

 そんな麗と彼女に付き合っている風の蓮実の積極的な接待に、空は「あまりめないんだ」と言って、もっぱらかんきつ系のじゆうが入った炭酸水を口にしながら、当たりさわりのない話をしていた。

 空の「吞めない」という言葉に、透は少し心配になった。昔は体が弱くて、ちょっとでも体調をくずすと高熱を出していた。今でもまだどこか良くないのだろうか。

 機会があったら訊いてみよう。それで何か手助けできることがあれば、と透は考えていた。

 そして元々は同じ班だった達也と一樹はだんしようしながら今日のゲームについてあれやこれや話している。一樹はネットゲームのMMOなどのレベルが上がるゲームは好きだが、こうしたアナログゲームにはあまり興味はなかったという。

 しかしゲームとして提示されたからには、誰よりも先にルールを解明して、勝ちたいと息巻いている。そして本心では誰よりも透が〝リーダー〟だったのが気に入らなかった達也も、ゲームについて「明日はもっと宝箱を見つけてやる。何たって、オレは他のやつらが知らない情報があるしな」と強気の発言をしていた。

 達也は目立ちたがりなところもあったためか、今日のゲームも──判断材料があったのも理由のひとつだが──真っ先にカードの交換を申し出ていた。

 十年ぶりだというのに、みんなほどんど昔のことは語らない。同窓会もねているはずなのに、思い出を語らないみような空気が流れていた。

 それぞれが盛り上がる中、取り残された感のある透と瑠璃。ふたりは先ほどの会話もあって、あまり話がはずまない。他のみんなが、空の提示した賞金目当てでおかしくなっているのか、と。

 そんな様子をねたのか、それとも適度にいが回ってきてテンションが高くなったせいか、達也と一樹がふたりにからんできた。

「リーダー、吞んでいるか~い?」

「俺、あんまり酒好きじゃないんだけど」

「瑠璃ちゃんは? 吞んでる? 吞んでますか~ってか、瑠璃ちゃん、何か昔に比べてガラリと雰囲気が変わったよね? すんごい女の子っぽくなって。カレシとかいるの?」

 誰もがそう思ってはいただろう。どんなにボーイッシュな子でも、としごろになれば女性らしくなってくるのは当たり前のことだし、男の子っぽい振舞いをしていた過去をずかしいと思っている可能性もあるのだ。

 そんな理由なのか、話を振られた瑠璃も少し困ったような顔をしていた。

「一樹くん、そういう話はまだ早いんじゃないか? そりゃ十年てば変わるかもしれないけれど、自分では中身は変わっていないつもりだけどね」

「そうかなぁ。で、カレシとかいるの? どうなの?」

「ご想像にお任せするよ」

 やんわりと一樹の質問をはぐらかそうとしている瑠璃。となりで聞いていた透は、瑠璃のこいびとの有無は気になるといえば気になるが、それ以上に自分が「現在の瑠璃」について本当に何も知らないことにまどった。

(今さらだけど、何も知らないんだな……俺は──)

 それなのに瑠璃を全面的に信頼していることに、透は少し不安を覚えた。だが、一樹の質問に重ねて達也が発した一言は、透が抱いたそのかすかな不安を打ち消すほどしようげき的だった。

「でもさ、なんていうかほら……三笠はもっとこう、男みたいだったじゃん。それでさ、何か今の三笠ってほら、あの仲良かった森崎って子みたいな感じになってるよな」

 森崎……朱音。

 誰も口にしなかった彼女の名前を出したのは、親しくもなかった達也だった。

 朱音の名前が出て、わいわいさわいでいた空気が一瞬だけこおる。

 暫しのちんもく、真っ先に口を開いたのは蓮実だった。

「本当は、ここに朱音ちゃんもいるはずだったんだよね……かわいそうな朱音ちゃん、でもきっとみんながここに集まっているから、天国から見ていてくれるかもね」

 蓮実が少しわざとらしいくらいにめそめそとした声で朱音のことを話す。

 嫌な感じだ、と透は少し不快になった。昔はそんなに仲が良かった訳ではないのに、大げさにかなしんでみせているように思える。今の今まで彼女の名前すら出てこなかったのに。

 その想いが声になって出ていた──ただし、その声は自分のものではなかった。

「みんな、何で今になって朱音ちゃんのこと思い出したの?」

 じやそのものの声で、空はつぶやいた。悪意が感じられない、ただそれが不思議でしょうがないというような声。それはかえって聞いている者に罪悪感を呼んだ。

 空はまるでそんな雰囲気をいつさい関知していないかのごとく、話を続けた。

「今日のゲームだって、元は朱音ちゃんが夏合宿の時にみんなに教えてくれたゲームなんだけれどね。だから僕は言ったじゃないか。思い出を大切にしているのなら、このゲームに勝てるって。みんなせっかくなんだから、もっと朱音ちゃんのこと思い出してよ。そうすれば朱音ちゃんが会いにきてくれるかもしれないし」

 がおを浮かべながら、背筋が寒くなるようなことを言う空。

 その場にいたみんなが言葉を失う中、瑠璃が静かに、けれど空の言葉にいかりをあらわにする。

「空くんは……そんな言い方をして朱音のことでみんなを怖がらせるつもり? 朱音のゆうれいでも出れば満足なのか?」

「ちょっと瑠璃、ヤメてよ!」

 麗が止めに入る。

 彼女はオカルトめいたことがだいきらいだった。十年前の肝試しの時、とある事件──森崎朱音が夜の森に消えた──が起きた。

 朱音がゆく不明になったことで中止になった時、麗は「朱音のお陰だね」と言って喜んだ。

 その時は女子の部屋でのことだったので、蓮実と瑠璃しか聞いていないが、リーダーである透に蓮実が告げ口するように報告してきたことがあった。だが当時はそんな麗に対しておこっているひまなどなく──きっと楽天家の麗はすぐに見つかるだろうと思っていたのもあるのだろう──全員が彼女の言葉を聞き流していた。

 今も止めようとする麗の言葉を、瑠璃が聞き流す。

「こんなの、朱音は望まない。空くんにはガッカリしたよ」

 空は静かに席を立つと、みんなに背を向けた。そして……。

「瑠璃ちゃん、何でこの同窓会とゲームをじやするの? 朱音ちゃんが今の君を見たら、どう思うんだろうね」

 空の言葉に、瑠璃は泣きそうな顔をしてその場を飛び出した。あつにとられた一同。

「瑠璃!」

 透も一瞬気を取られたが、すぐに瑠璃の後を追った。

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