第四章 『猫』私の呪いはさかのぼる

4-1


[十年前、森の中]


とおるくん、こっちでいいかな?」

「ああ、だいじようだ」

「じゃあ他のみんなも呼んでくるね。あっ──!」

 子ども夏合宿最終日近くの昼間。

 透はひとりの少女と共に、タイムカプセルをめる場所を探しに森の中へと入っていた。目印になる地図を作り、深く穴をって『仲間だけのタイムカプセル』と、その上に『みんなのタイムカプセル』を置いた。最後に土をかぶせるのはみんなで行う。

 みんなを呼びに行こうとして、少女──もりさきあかは草の根に足を取られて転んでしまう。

 だんは外見に似合わず身軽で、森の全てを知っているかのようにふるっていたから、かのじよてんとうおどろきの方が先立った。

「あ! 大丈夫か?」

「痛た……ごめん、転んじゃった」

 失敗をかくそうとして無理に笑っているけれど、相当痛かったのだろう。ぎゅ、と痛めた足をかかえてふるえている。

「待っててくれ、人を呼んで……あと、救急箱を取ってくるから!」

「ごめんね、透くん……」

 ケガをして自分がつらいはずなのに、透に心配をかけたことをあやまる朱音。その声が届いたかわからないが、透はみんなの場所に向かってけ出していた。

 小さな異変。森を愛し、森から愛されていると信じていた少女。決して森は自分を傷つけたりしないと思っていた。けれど木の根に足を取られ、ケガをした。朱音はこの時、木の根に足を取られたと思っていたが、彼女を害したのはとある「悪意」だった。

 たつかずけた草を結んだわな。本当は透に対して仕掛けた罠だったが、足の大きな透はひっかからず、朱音がひっかかってしまったのだった。そうとは知らず、朱音は自分の不注意だと落ちみ、透がもどってくる間、正体不明の不安におそわれる。

(大丈夫、きっと何もこわくない……)

 森が自分を傷つけたのではない、透といつしよにいることにかれていた自分が悪いのだと朱音は言い聞かせていた。

 朱音は、こいをしていた。透が好き。初めての恋。やさしくて、たよりになって、背が高くて、自分では届かない場所に手をばせる人。みんなの期待に応えようといつしようけんめいなところも好き。だからふたりでいる時は、心臓がだるほどドキドキした。

 けれど、朱音はその時のケガにより、ひとつずつ運命のボタンをちがえていった。

 ほくおう神話で善の神バルドルが死んだのも、たったひとつの若木の枝だったという。そこから世界は光をうしない、やがて終焉エンデイングむかえる。

 この小さな世界で、森崎朱音の終焉はそのしゆんかんに始まっていたのだった──。



 タイムカプセルを埋めたその日の夜、朱音は最終日近くのイベントであるきもだめしのお化け役をたのんでいた。朱音はがんるといったが、透は暗い森の中を走り回って驚かせるのに、ケガをした足では無理だと判断した。

 透から止められた朱音は、とても残念そうにしていた。

 それに対し、透は少し申し訳なく思った。一緒に準備して、あれをしよう、こうやったらみんなが驚くかな、とたくさん話をした。他にも危なくないようにするためにコースにはちゃんとかんでん式のフットライトと、木の幹にけいこうシールでマークを付けておこうなどと、みんなの心配もしていた朱音。だが結果的に、彼女は本番に参加できない。

 それでも透にしてみれば、朱音の安全のことも考えて今回の決断はちがってないと信じている。瑠璃が「朱音の分まで頑張る」と言っていたのに、朱音は少しだけほほんだ。

 いつもはみんなをはげましたり、さりげなくフォローしてくれる朱音が意気しようちんしていることに、瑠璃はもちろん、そらも心を痛めていた。

 だが透自身は朱音の分まで自分が頑張らないと、と張り切って走り回っており、後で瑠璃たちから聞くまで、朱音がそこまで落ち込んでいるとは知らなかった。

 透は自分が頑張ればくいく──その時、ただそう信じていた。


**********


 各自が森の中で散策し、ヒントカードや勝負カードを見つけている間に、約束の時間はあっという間におとずれた。

 十八時──カードオープンが行われる前に、カードのこうかんを申し出る者はいなかった。

 かれらが見たヒントの中に『交換を申し出たたんに負けが確定するカードがある』という一文があったからだ。

 その他に見つかったヒントは『交換を求めた時、相手の持つカードによって交換を求めた相手とは別の人と強制的に交換しなくてはならない場合がある』や『本来ある数字カードを除いて、絵札カードは九種類ある』といったものであった。

 自分だけが情報を知っていれば有利になる、という空の説明はあったが、具体的なカードの名前が書かれていないヒントではルールを思い出すのにはこころもとなかった。

 ふと、透は瑠璃のことを考えた。

(瑠璃はどうだったんだろう──覚えているのか?)

 この十八時の集まりの前に、透は彼女と話す機会はなかった。森の中で他のメンバーとはすれ違ったり声をかけられたりしたから、彼女にだけ会わなかったのが不思議だった。

 ともあれヒントカードは持ち帰ってはいけない決まりだから、他の参加者が宝箱を開ければ同じヒントを読むことができる。だとすれば、ヒントに関してはみんなで情報を共有した方がいいと透は判断した。あの後、達也や一樹にもう一度会った時におたがいにヒントの話はした。その時に通りがかったれいはすも話に参加していた。

 参加者たちは最も多くのヒントカードを見た透の話に熱心に耳をかたむけていた。それは透にあの夏の時を思い出させた。ここに来てから、彼は十年前の時のような感覚に戻りつつある。

 忘れたかったはずなのに、それはひどここよい感覚だった。

 そして十八時、迎えたジャッジの時間。広間に集まった参加者たちは、最初に配布された5枚のチップの内、各自1枚ずつ中央のテーブルの上に置く。

 それを見届けてからゲームマスターである空は口を開いた。

「さて、みんなカードの準備はいい? 勝負には今日のたんさくで手に入れたカードを使ってもいいし、招待状にどうふうしたカードを使ってもいい。ではまずはカードの交換をしたい人はいるかな?」

 ゲーム進行役の空はみんなの顔を見回す。その時、ひとりが手をあげた。交換を申し出たのは達也だった。あのヒント情報からカード交換をしたいと言い出すとは思わなかったから、その場にいたみんなが意外だと感じたようだ。

「そう、達也くんだけか、交換したいと思ったのは。ちなみにカードはまだ見せなくていいから、どうして交換しようと思ったのか良かったら教えてくれるかい?」

 空がまるでインタビューのように質問を向けると、達也は自分の推理をろうした。

「えっと、カードは九種類あるんだろ? オレが最初に招待状でもらったカードが……ああ、カードの種類は言っちゃダメなんだよな? なんていうか、そのカードの下にメッセージがあるだろ? 今日見つけたカードは元々持っていたカードより強くないって書いてあった……って、カード名は言わないけれど、これは話してOK? だから交換しようかと思った訳。それにわざわざ一日二回まで交換ができるって説明してくれているゲームなのに、マイナスポイントばっかり見て交換しないのって、もったいねぇだろ」

「なるほど、そういう理由か。プレイヤーのサンプルとしてすごく貴重な意見だよ、ありがとう。そう、今達也くんが説明した通り、カードの下に書かれているメッセージもとても重要なヒントになっているんだ。となり合っているカードの強さを示すメッセージや、そのカード自体の能力がたんてきに書いてある」

 空の言葉に、辺りがざわついた。

 ヒントはすでに自分たちの手の中にもあった。達也はそれを理解し、少なくとも最初に貰ったカードより今日見つけたカードが弱いというヒントを得たのだ。

 もちろんそのヒントに気づいたのは達也だけではない。

 透もいくつかのカードを見つけ、その中でメッセージから強さを判断してその一枚を選び、手に取ったのだ。

 しかし透の見たカードは達也のように、カードに強さがわかる明確なメッセージはなかった。

 それぞれが自分のカードに書かれたメッセージをこっそりとかくにんする中、透は最初に送られてきたピエロの絵がえがかれているカードのメッセージを思い返す。

 だが、やはりどういう位置づけだったか判明しない。

[私は最も弱く、最も強い]

 いわゆるトランプでのジョーカーなのだろうか。ジョーカーはあらゆるゲームで最強あつかいされるカードだが、ゲームによっては最後まで持っていると負けとなるカードでもある。

(あれ……でもジョーカーと同じだとしたら、変じゃないのか?)

 かんを覚える。もしジョーカーと同じならば、説明文が『逆』なのだ。

 だが、透が推理を整理する前にゲームは開始となった。

「じゃあこれから達也くんがカードを交換したい相手を指名してくれるかな。本来このゲームは円座になってすわり、みぎどなりの人とカードを交換するんだ。今回は任意の相手を指名できるルールにへんこうしたんだ。この他の判定もぼくの指示に従ってほしい。さて、達也くんはだれとカードの交換をするのかな? みんなの中からひとり選んでくれ」

「そうだな……じゃあリーダー……あ、透で」

 達也がカードの交換相手に透を選んだのはとても単純な理由。達也が知る限りでは透が一番宝箱を開けているから。ヒントの他にも色んなカードを見て、その中で強そうなものを選んで入手したのではないか、と。

 達也の言葉を受けた空は、透に声をかける。

「透くんだね。ご指名だよ、透くん。こっちに来てふたりとも僕の方を向いてカードを出してくれ。お互いのカードは僕以外に見えないように出して」

 空に言われるまま、透と達也は横に並び、カードを空に向かって見せる。それをいちべつすると、空は静かにジャッジを告げた。

「……残念、達也くんは〝退場〟。今回のゲームには参加できないよ。そのまま今日の勝負用にはらったチップぼつしゆうで、他の人たちの結果を見守ってほしい」

「え~、マジかよ……むかつくわぁ。せっかくゲームを盛り上げようと思って交換に出たのに、ついてねぇなぁ。やっぱり何にも交換しない方が得なわけ?」

「いいや、君はこれで他の人よりひとつだけ有利になることがあるよ。だからあまりくさらないでほしい。今回君が勝負に使ったカードは他の人に見せることなく、僕が預かることになる。けれど他の人のカードはこの場でいつせいオープンして、上位二名でチップを分けることになるんだ」

「じゃあ、オレだけがカードの強さがわかるってこと?」

「その通り。透くんの持っていたどんなカードに負けたか、君だけが知る情報だよ。それを明日以降のゲームにかしてほしい。交換で敗者になったとしても、他の人には知られずカードの強さを知ることができる。達也くんだけじゃなくみんなも明日はもっと積極的にカード交換にちようせんしてみてほしい。じゃあみんなはカードを表に向けてテーブルの上に置いて」

 空の言葉に全員がチップの置いてあるテーブルにカードを置く。敗者になった達也の持っていたカードを除き、それぞれのカードとメッセージが明らかになった。


 透のカードは『人間』、メッセージは[私にいどむ者は全てほろびる]

 瑠璃のカードは『猫』、メッセージは[私の呪いはさかのぼる]

 一樹のカードは『』、メッセージは[獅子は仮面より弱い]

 麗のカードは『家』、メッセージは[あなたは私を通りすぎる]

 蓮実のカードは『おけ』、メッセージは[桶は0より小さい]


 そしてカードを見た空は、勝者を発表する。

「今回の勝利者は一位が透くん、二位が瑠璃ちゃん。従ってこのテーブルに置かれた5枚のチップと達也くんから預かった1枚は、一位の透くんに4枚、二位の瑠璃ちゃんに2枚しんていする」

 全員が最初に5枚ずつ持っていたチップは透が8枚、瑠璃が6枚、達也、一樹、麗、蓮実が4枚になった。

「ふたりともおめでとう。他のみんなも明日は頑張って良いカードを見つけるか、他の人と交換して良いカードを手に入れてほしい。もちろん、招待状で配ったカードも使って良いよ。さて、これから最初に簡単に説明したルールをおさらいするよ。招待状で配ったカード以外の宝箱から見つけたカードは、勝負で使うごとに回収する。つまり、逆に言えば最初に送った招待状のカードは最終日まで大事に持っていることになる。そのカードを使って勝負をすれば、カードの内容がカード回収の時にみんなにバレてしまうんだ」

 空の言葉にざわついたが、最初に送られてきたカードを使ってはいなかったらしく、あんの息をらす者も多い。

(あれ……)

 空の一言一言でどうようするメンバーたちの中で、透はとある違和感を覚えた。

 新たに説明されるルールに動揺しなかっただけでなく、それ以上にあまりにも無反応で、ゲームのルールを理解しているのかと気になる存在がいた。

 それは──。

「今、招待状で送ったカードを使ったのはひとり。瑠璃ちゃん、君は『猫』のカードを再び所持しておいてね」

 空はテーブルの上に置かれた『猫』以外のカードを回収すると、残ったそれを受け取るよう瑠璃にうながす。瑠璃は落ち着き払った表情のまま、テーブルの上に残ったカードを手に取った。

「なるほど、二位の瑠璃が持っていたカードが『猫』か。それより強いカードを見つければ、少なくとも瑠璃に勝てる確率がぐん、と上がる訳だ」

 一樹はもう明日の勝負について色々画策しているようだ。

「そういうこと。瑠璃ちゃん、。持てるカードは二枚まで。そうじゃないと常に自分の手をさらすことになるんだよ」

(何だそりゃ……?)

 空の言葉に透は違和感を覚えた。

 まるで『瑠璃がカードを探していない』と言っているみたいだ。みんながバラバラになって散策していたから、他の参加者がどういうルートを通り、どういう探索をしていたのかなどわからない。

 確かに、透は森で瑠璃にだけ会っていない。

 それを知り得たというのは──かんカメラだ。きっと瑠璃が宝箱を開けた記録が残っていないのだろう。あの宝箱の周辺や宝箱自体にセンサーやカメラが付いていた。参加者がカードを取る時に不正こうをしないように仕掛けられているもので、こちらに隠すものではない。

 探していたけれど、見つからなかったということもあるのではないか。それなのに探していないというような言い方はあんまりではないのだろうか。

 しかし瑠璃は別段そのことを気にしている様子もなく、ただ『猫』のカードを手にして少し考え込んでいた。

「……そうだね、この『猫』は強いカードだけど、持っているのがバレた以上どうにかしないと、ね。最終日まで交換も没収もされないんだよね?」

「そう、もう一度言うけれど招待状のカードは勝負に使えても、最終日まで交換不可だ。だから勝負に使えば招待状のカードが何か、そして二枚所持できるカードの内、捨てられないカードを一枚晒すことになるからね。だから散策で気に入らないカードしか手に入らなかったら、積極的に交換するといいよ。達也くんのケースはたまたま、だからね」

「そう、ありがとう。明日はその作戦も考えてみるよ」

 空と瑠璃の会話は、まるで他の参加者に『カードの交換』を促すような、あからさまでないにしても呼び水のようであった。

 そんなやり取りを聞いていて、透は「もしかして瑠璃はこのゲームのルールを完全に覚えているのではないか?」という気持ちになった。

 不安になっていた透に対して「味方になってくれる」と言った瑠璃。けれど彼女は何か隠して、しゆさい者である空とつながっているのではないか、と。

 ふたりに共通してゲーム以外でこの会を開いた目的が何かあるとすれば、きっとそれはこの森の中で消えた少女──森崎朱音のことだろう。

 他の参加者と違い、空も瑠璃も朱音のことを特別におもっていた。

 達也、一樹、麗、蓮実はそれほど朱音について思い入れがないのか、あるいはこのゲームで提示されているほうしゆうがあまりにもばくだいなためにそちらに心をうばわれているのか、ここに来てから一言も彼女の話題が上がったのを聞いていない。

 そんな疑問を透の胸にいだかせながら、今日のゲームは終わった。

 彼の手には誰よりも多いチップがある。これが1枚百万円にかんきんされると聞いていても、あまりにも金額が大き過ぎて透には実感しづらかった。

じようだんで「子ども銀行の百万円券」でもいいのだけど──)

 そうでなければこんな風に森を散策して、カードを見つけ、ゲームをする。ただそれだけで何もかも用意されて報酬までもらっていいのだろうか?

 別の意図があるのではないか。

(どうして、今になってこの仲間でゲームをかいさいしたんだ……)

 いつしゆん、不安に駆られたが、それを口にすることはできなかった──。

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