2-3



 森に行こうとしない瑠璃。空は少し困ったように声をかける。

「瑠璃ちゃんは、カードを探しに行かないの?」

「必要ないよ、このルールだったら。だって私にはこんなに強いカードを渡しているじゃないか。本来の失格カードが最初から所持している場合には失格にならないなら、このカードに勝てるのは最強の《フクロウ》を除いて二種類だけ。フクロウとその他二枚を入れても、全体のカード枚数から出てくる可能性は低い。そして私の持っているカードよりも弱いカードで交換を求めてきた人がいれば、私は『のろい』をかけてそれを退けることができる……合っているよね?」

 瑠璃はたんたんとこのゲームの〝勝利条件〟を言葉にする。

 空は目を丸くして感動を覚えているようだ。あのカードが届いて、瑠璃はすぐに朱音との思い出を取り戻したのだろう。

 そしてルールを把握し、自分にあたえられたカードがどれだけ強力かも理解している。

「……君は、このゲームを覚えているんだね。ああそうか、あのチャットの時に名乗っていた君のハンドルネームは──」

「フランス語、このゲームの起源の国で『青』を示す名前。ゲームの中で使われる言葉はイタリア語だけどね……だけど空くん、君だけだよ。私の名前の意味に気づいたの」

「そりゃ主催者だからね。君は朱音ちゃんの言葉を、ちゃんと覚えているんだね……彼女はカードの起源の話もしていたし。そうか、嬉しいよ。君に勝利をもたらすカードを渡したがあったな」

「──最強のカードは君が持っているの?」

「ノーコメント。本来はその質問はルール違反で、失格になるだけの失言だよ。だけど今は聞かなかったことにするよ」

 そう、ルールについて覚えていることを他者に教えても問題ない。ただし、自分が有利になりたいのなら話さない方が得策だ。しかし所持カードの情報公開は招待状が送られてきている時点からずっととくしなければならないとたびたび警告されてきた。

 それを理解しているはずなのに、瑠璃は敢えてその禁忌の質問を投げかけた。

「私はきっと空くんが今回の集まりで、みんなで朱音の思い出を語り合うのかと思っていた。そうだったら私は……」

「瑠璃ちゃんは、このゲームに参加したくなかったの? せっかく僕は招待状から何から何まで用意して、賞金だって出してみんなのやる気を出させたのに。もちろんこれから僕の会社でやる企画のためではあるけれど、みんなにも楽しんでもらいたいのは本当だよ。それに、朱音ちゃんが教えてくれたゲームをどれだけ覚えているかが勝利の鍵になる。君みたいに強いカードを持っていて、朱音ちゃんのことをちゃんと覚えている人には、好条件になって当然だと思うけど?」

「うん……だから、空くんが設定したルールがあまりにも〝不公平〟で理解しがたいよ」

 まるで私を勝たせようとしているみたいだ、と瑠璃は言った。

 きっとこれも他の参加者に聞かれたら完全にアウトな発言なのだろう。けれど空はそんな瑠璃の言葉に何も言わず、こうていも否定もしなかった。

 そしてしばしのちんもくの後、空は静かに語り始めた。

「瑠璃ちゃん、この世界は不公平だらけなんだ。公平だったら、何も悪いことをしていない〝あの子〟が僕たちの前から消えることなんてなかったはずだよ。今もどこかで僕らが彼女を見つけるのを待っているの、君ならわかるだろう?」

 理解を求める空。朱音が森の中に消えた原因を空が「彼ら」のせいだと考えているのなら、こんなゲームを仕掛けたのも納得できる。

 だが、それは──。

「その沈黙は、瑠璃ちゃんも気づいたんだよね?」

「だけど……故意ではなかったはずだ。君は──朱音のことで彼らにふくしゆうしようとしているのか?」

「だとしたら?」

「復讐なんか、朱音が望んでいると思うか?」

「それは君にだってわからないだろう? 朱音ちゃんとの思い出を大事にしていたら、たとえあの時は朱音ちゃんを傷つけたりした人でも、僕は認めてあげたい。瑠璃ちゃん、君は朱音ちゃんを大事にしてくれていたし、今でも大事に思ってくれている。だから君が勝つ『かも』しれないね」

「──納得できない。だってこのゲームは朱音が……」

だよ」

 空は瑠璃の言葉を止める。

「言葉に出しては駄目だ。誰が聞いているかわからない。君はだまっていれば勝利者になれる。君が声に出すべきことは『ニャーオ』、ただそれだけでいい」

「空くん──」

「君が毎年彼女のお墓参りに行っているのを知っている。何度もなことだって教えたかったけどね。あの石の下に彼女はいない。彼女がいるのはこの森の中だ。きっと、わなのことを見つめて、右往左往しているのを見ているよ。それに彼らはいやでもあの時のことを思い出さなきゃいけない。大金を手に入れるためにはね」

 パチン、とかわいた音がひびく。

 瑠璃はまるで泣くのを我慢したような顔で空の頰を叩いた。子どもの頃は少年のような子ではあったが、決して暴力的ではなかった瑠璃。その彼女がいかりをおさえきれず、空に対して手をあげたのだった。

「……そこなった」

「ノーカウントにしておいてあげる。今度主催者である僕に手をあげたら、君は失格だからね」

「失格でも何でもすればいい。私はこのゲームに参加する気はない!」

 瑠璃がそう言うと、空はきょとん、と目を丸くした。

 どうして瑠璃がゲームに参加したくないのか、本当に理解できないみたいだ。彼女に有利な高たいぐうを与え、他の者たちよりもあまい採点をしている。朱音があんな目にったのは瑠璃以外の子ども夏合宿仲間に原因がある。それなのに何故そんなにも怒るのか、理解できないのだ。

「もしかして瑠璃ちゃん、みんなが朱音ちゃんにしたことを本当にって思っているの? だからそんなにみんなのために怒っているの?」

「私だって、少しは知っている! 知っていても……こんな風にお金で人をたぶらかしてゲームをさせてあざわらうなんて我慢できない!」

「もう、黙った方がいいよ瑠璃ちゃん。これは警告だ」

 空が〝スタッフ〟と言っていた者たちが、けんのんな表情で瑠璃を包囲する。空がそれを手で制して、りゆうちような──おそらく、だんぺん的に聞き覚えのあった──フランス語で何か指示を出していた。瑠璃は空を説得するのは難しいのだとさとる。

「……私を、失格にして」

「駄目だ。このゲームの勝利者に君はなるんだよ。誰よりも、あの子の大切な友だちだった君以外にその役目は渡さない」

「……空くん、どうして君は朱音を哀しませるようなをするの? こんな風にみんながお金のために人を出し抜こうとするゲームが見たいの?」

「僕はみんなの思い出を掘り起こしているだけだよ。そのためには彼女をあんな目に遭わせたみんなにはこの森の中で〝どう〟のように、おろかに彷徨さまよってもらわないと」

 朱音のことを彼らに思い出させたい空──瑠璃はそれ以上何も言えなかった。

 きっとこの森から逃げ出すことはできない、このゲームが終わるまでは。



「……CUCCククO」

 空の前から立ち去った瑠璃は、ひとり呟いた。

 みんなが忘れていて、きっと空だけが覚えているこのゲームの名前。

 朱音と最も仲が良かった瑠璃は、朱音が教えてくれたこのゲームの名前はもちろん、ルールも覚えている。それだけじゃない、彼女のことを忘れたくなくてこのゲームを探して買った。フクロウが好きだった朱音。だからこそこのゲームがとても気に入っていた。

 空からカードが届いた時、みんなでまたこのゲームをするのかと単純に思った。瑠璃が貰ったカードは、昔から気に入っていたがらねこ』。

 そして『猫』はある意味、最強のカードすらしのぐ性能を持つカードの一枚。

 最強のカードをしのぐことができるカードは瑠璃が持っている『猫』の他にもう一種類ある。しかしそれを誰が持っているのか、あるいは森の中に隠されているのか知らない。

 フクロウのカードを引くと、朱音はすぐに嬉しそうな顔をしてしまうからバレバレだった。それぐらい朱音はフクロウが好きだった。

『大人になったら、森の近く……そう、フクロウの鳴く声が聞こえるような場所に住んでみたいな。時々でいいから姿を見せてくれたら嬉しいな。自然にいるのが好きだから飼うことはしないけれど、そんな生活がしたいの』

 そんな夢を語っていた少女。

 彼女には大好きなモノがたくさんあった。フクロウ、両親が買ってきてくれる外国の絵本、自分の名前と同じ夕日の色、その色を集めたようなカーネリアンの石。

 大切な宝物について、いつも楽しそうに語る朱音。

 瑠璃はそんな朱音が好きだった。

 朱音に出会う前に、瑠璃には朱音と同じくらい大好きで大切な人がいた。それは瑠璃の兄だった。スポーツもできて、頭の良かった兄を尊敬し、兄のようになりたいと思い、いつしかそれは『男の子になりたい』という気持ちにさえなっていた。

 それがけんちよに表れたのは、兄が事故でくなった後。

 両親はただでさえ愛するが子、しかもゆうしゆうな子どもだったゆえに、彼を喪ったその哀しみや絶望は深く、消し難いものであった。

 そんな両親をなぐさめたい、喪ったものを取り戻したい子ども心で瑠璃は『男の子』のようにふるっていた。特に哀しみの深かった母親は精神をわずらい、瑠璃のことを亡き兄の名前で呼ぶこともあった。

 もちろんそんな事情を他の人に明かすこともできず、瑠璃は周囲にの目で見られながらも男の子のように振舞い続けた。

 だから──親切心やおせっかい、からかい目的と意味は違っても──女の子らしいことを強要するクラスメイトや大人たちがきらいだった。

 けれど朱音は決してそういうことを強要せず、ありのままの瑠璃を受け入れてくれた。

 朱音は瑠璃にとって最高の友だちだった。一方で、残念なことに最強のライバルでもあった。

「空くん、君は──朱音がまだ好きなんだね……私は──」

 朱音にこいしていた空。瑠璃は幼い頃、そんな空に恋していた……。

 けれど今の彼女には、そのあわはつこいよりも大切なものがあった。

 彼女だけしか知らない、秘密の宝物があった──。


**********


「……朱音ちゃん──みんな、ここにいるよ……」

 空の言葉に答える者はいない。

 その代わり、風が森の木々の間を流れ、こずえを静かにざわめかせていた。木の葉のすきからこぼれ落ちる日の光が、まるで祝福してくれているように思える。

(そう、これは正義だ)

 空は自分の行動を信じて疑っていなかった。瑠璃は、空のゲームの「こま」としていつだつしている。この正義を成すのに、仲間であれば良かったのに。だが彼女はそれをきよした。

「瑠璃ちゃんも、僕の味方じゃないんだね」

 空は自分の計画書を見直し、少しどう修正することを考え始めていた。


**********


『誰かの物語』

 またボクの物語を聞いてほしい。

 ようやくあの時の仲間と顔を合わせることができた。

 この物語のために集められた人々について、ボクは語りたい。

 ゲーム……そう、勝者には栄光とばくだいほうしゆう、何よりも他者を下したという「優越感」を得ることができる。

 誰だって人よりすぐれているという快感にはあらがえない。

 けれどそれをムキになって求める姿を「みっともない」と思う者もいる。そのために欲望をかきたてられても仕方のないという報酬を目の前に提示する。

 するとますます『お金のために頑張るのは──』と、まだ取りつくろおうとする者もいれば、正直に『やる気が湧いてきた』と言う者もいる。

 前者の顕著な者が野々宮蓮実で、後者が松井麗だ。

 蓮実は目立つことが嫌いな少女だった。けれど、められ、認められることが嫌な訳ではない。優等生であり、真面目な自分を評価してほしいと願っている。そんな彼女はいつも松井麗の顔色をうかがっていた。派手な外見でちょっとワガママなところさえ、明るく気さくだと思われる麗。彼女は自分の思うように動き、思うようにしゃべる。好きなものは好き、嫌いなものは嫌い。

 ボクは彼女のような子は嫌いではないが、得意ではなかった。それでもわかりやすい分、内に不満を秘めている蓮実よりも気を使わなくていい。ただし、彼女の口から出てくるこうの言葉はようしやがないから、気の弱い人間は嫌われないよう必死になっただろう。

 子どもは背や声、何につけても「大きい」ものに従ってしまう。

 大人から見れば下らない力関係なのだろうが、世界の大きさを知らない子どもたちには、自分と比べて大きなものは全て「力」なのだ。

 それは成長と共に変化していく。彼女たちの関係も、少しずつ、そしていびつに変化していった。

 ボクは知っている。蓮実は麗のことを──嫌っていた。ずっと、昔から。

 だからあの関係は簡単にほころびるだろう。あくゆうわくに、抗える友情はそこには存在していないのだから。


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