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 スタッフに案内され、コテージの前に四人の参加者が到着した。男女それぞれ二名ずつ。全員に見覚えがあった。というのも、子ども夏合宿メンバーは引率の保護者を含めて全員で三十名ほどだったが、子どもたちは班分けされていて、細かくグループ分けするときは四人チーム、少し大勢で行動する時は八人班という形で分けられていた。

 四人チームの時、透は瑠璃と空、そして朱音がメンバーだった。八人班の時は別の四人と組む。その八人班のグループ仲間である四名が、やってきたのだ。

「あれ、もしかして透!? また背が高くなってんじゃん! 昔から大きかったけど、イイ男になったんじゃない?」

「もうれいちゃんったら。久しぶり、透くん。はすだけど覚えている?」

「オッス、元気ィ?」

「久しぶり~。透くんも来たんだね。チャットには全然来なかったから、来るかどうかわからなかったよ。本当に、十年ぶりだよなぁ」

「あ、ああ。みんな久しぶり」

 まつ麗、みや蓮実、かまたつかず……みんな覚えている。

 大人にはなったけれど、子どもの頃のおもかげはどことなく残っていた。透は一度に話しかけられ、まどってしまう。彼は十年の間、人との関わりを避け続けてきて、とつに気さくに返事ができず、どうようかくしきれなかった。

「何よテンション低いじゃん。これからゲームするっていうのに。もしかして参加者が減れば賞金ひとめってつもり?」

「あ、違うよ。ちょっとバスいしたっぽいだけ」

「だよなぁ。あの『みんな参加しろよ』がくちぐせのリーダーが、ゲームに勝ちたいって理由でオレたちをじやモンにするはずないよなぁ?」

 昔のことを言われ、ドキリとする。

 透はみんなでわいわいとやるのが好きだった。引っあんの子やめんどうくさがりの子にも、その楽しさをわかってもらいたくて半ばごういんに遊びにはさそっていた。

 その最たる対象が引っ込み思案で大人しく、体の弱かった空だった。あまりにも構って面倒をみていたせいか、その様子を周りのみんなは『透は空の母親かよ!』とツッコミを入れられたこともあった。

 きっと彼らはその頃の透と変わっていないと思っているのだろう。

「そういえば空くんは? あとはこのメンバーだと瑠璃ちゃん?」

「あ、空は何か準備あるんだって。あと、み……瑠璃は、女性用のコテージに荷物置きに行っているから」

 一瞬戸惑ったが、みんなが当時のままの下の名前で呼んでいるのに、ここでえて瑠璃を〝三笠さん〟と呼ぶのは変に思われるだろう。

 本人の前でも、今さらだけど〝瑠璃〟と呼べばいい。

 そんな話をしている間に再び空がみんなの前に現れて、スタッフに指示を出してコテージへ案内した。ゲームの性質上他のプレイヤーと情報こうかんを禁じているためか、全員に個室が用意されていた。外から見れば簡易なバンガローであったが、中は柱やまどわくなどにせいちようこくほどこしてあった。

(昔はこんなごうじゃなかったな……)

 子ども夏合宿の時は、大勢が一度に宿しゆくはくできるような大部屋だった。それでも気の合う仲間同士で自由に部屋替えもできたから、ストレスなく楽しんでいた。

 このコテージはあの合宿所と同じ場所に建っている。おそらく団体客ではなく、個人客用に建て直したのだろう。今はひとりでいる時間がほしい透にとってはありがたいことだった。

 こうして全員が揃ってから三十分後……ゲームの開始が告げられた。



**********


「このたびはおいそがしい中、へいしやフォレストACの新企画ゲームのモニターとして遠路はるばるおしいただき、またこのゲームに参加していただき、まことにありがとうございます。って、かたくるしい挨拶も今さらだね。みんな、来てくれてありがとう。これから始まるゲームはレトロなカードゲームに最新技術を組み合わせた、フィールド・レジャーゲームのテストプレイだ。もちろん、テストプレイでも実際にゲームとして勝利をきそってもらうから、ルールは厳密に守ってもらう。不正がないように、フィールド内の各所にはかんカメラやマイクが設置してあるから、ひとがないと思って秘密の相談を持ちかけるのもアウトだからね」

「は~い」

 おどけた様子で返事する面々。

 その様子に相変わらず空はにこにこと笑顔をくずさないまま、説明を続けた。

「今回のゲームに使うカードはこれ」

 そう言って、空はトランプ大のカードの背表紙を見せた。それは参加者に招待状と共に送られてきたカードと同じものだった。

「それって……」

「そう、今回のゲームのカードを一枚ずつ先に送ったんだ。このカードゲームは昔、あの夏合宿で一度だけ遊んだことがあるはずだよ。ゲームかいさい期間はこれから三日。最初に説明した通り、最後まで参加してくれたら謝礼の十万円、その後は持っているチップの数に応じて賞金をプラスする。チップは1枚につき……」

 その場にいる全員がせいちようしているのを見計らうと、空はささやくように言葉を紡いだ。

「百万円──」

 具体的で、しかも高額な金額に一同からかんとざわめきがき起こる。

 空が新聞にるほどの有名人であることはすでに知られているから、その金額には十分な現実味があった。

 このゲームも新しい企画のためのサンプリングとして、会社からも資金が出ているという。達也たちは十年前の夏合宿で彼と共にった幸運を喜んでいた。

「ただし、不正な取引を発見した場合にはその場で失格となり、それ以降のゲームへの参加も禁止となるから注意してね。先ほども説明したけれど、不正防止のために森の中のあらゆる場所と、コテージには監視カメラとマイクが設置してある。多少のプライバシーをしんがいすることになるけれど、賞金の額を考えてなつとくしてくれるかな? もちろん女性参加者のしんしつには仕掛けていないから安心してほしい……僕としては残念だけどね」

 小さな笑いが生まれる。

 昔はそんなじようだんも言えない、内気な少年だった空。いつの間にか会社のトップとしてそんなけいみようなトークもできるようになっていた。

「ま、それはそれとして、ルールとしてもこちらで必ずチップの数はあくするからそんな不正は起きないと信じている。むしろチップではなく、このゲームにおいて不正をするとしたら……」

「不正? んなことしないさ。なぁ?」

 空の発言に、達也が周囲に同意を求めてきた。その言葉に空は少しだけ困った笑顔を浮かべた。

「ああ、ごめんね、君たちを信用していない訳じゃないんだ。だけどちゃんと説明しないと社から怒られるから、もう少しだけまんして聞いてくれるかい?」

 空の言葉で私語がむと、彼はていねいにルールを説明した。

「このゲームはとあるオールドカードゲームを元にしている。そしてこのゲームの最大のとくちようは『カードの交換』だ。ただし今回のゲームにおけるカードの交換は、ゲームマスター……いつぱん的な言葉で言うとゲームの進行役である僕の立ち会いなしには行えない。だから僕の見ていない場所で勝手にカードを交換したら、失格だ。じゃあゲームの基本的なルールを説明するよ」


 ①各参加者は散策タイムにおいて森の中に隠された宝箱から「勝負用カード」を入手する。このカードは、招待状と共に送られてきたカードを含めて二枚まで所有することができる。

 つまり、カードの入っている宝箱をいくつ見つけても手に入れられるカードは一枚だけ。さらに最初に送られてきたカードはもちろん、宝箱から入手したカードを他の宝箱の中のカードと交換してはならない。また宝箱の中にはゲームのヒントとなる【ヒントカード】が入っている場合もある。こちらは持ち帰らず、見たらそのままにしておくこと。

 ②プレイヤー同士でのカード交換は『カードジャッジ』の前に行う。くわしいルールは交換の際に説明しながら行う。そして交換およびジャッジ前にお互いに自分が何のカードを持っているか絶対に明かしてはならない。カードにはそれぞれマイクロチップが入っており、自分の所持しているカードホルダーににんしきさせなければ所有権を認められない。そのため、不正にじようされた場合には判明する仕組みになっている。

 ③散策時間は朝九時から十七時半まで。十八時にこの広場に集まり、それぞれチップをけて勝負をする『カードジャッジ』を行う。これは各自が森で入手したりカードジャッジの前に交換したりして手に入れたカード、あるいは最初に招待状と共に送られてきたカードをオープンして強さを競うことになる。この『カードジャッジ』で一位と二位になった者たちで、総チップを分ける。ただしカード交換の最中にゲーム上のルールで失格になった者は、この『カードジャッジ』に参加できない。

 ④もし【フクロウ】のカードを所有している場合、他のメンバーも含めてカード交換の前に『カードジャッジ』を要求する権利がある。


「このゲームではチップがなくなった時点で失格。最初に5枚のチップを配布するから、最終日まで頑張ってチップを増やしながらゲームに参加してほしい」

 空の説明にみんなが顔を見合わせる。

「……何か、だんだん思い出してきたような気がする。うん、一回だけやったよね、これ?」

「でもどのカードが強いんだっけ? 何か数字以外の絵札の強さがあったと思うけど……あと何かとくしゆなルールがあったよね?」

 お互いにあいまいなおくり起こそうとしている。そんな彼らの様子をそれは楽しそうな顔をして空は説明を続けた。

「今回はわかりやすい数字のカードは使わないよ。絵札だけでの勝負になるんだ。もちろん、絵札には数字が入っていない。それと本来はカードを引いた時点で失格になったり、最後まで持っていると失格になるカードもあるけれど、それじゃカード散策の楽しみがなくなるから、所有している時点での失格のルールはないよ。うん、大ヒントだね。他の細かいルールは従来通り。みんながどれだけ覚えているか、楽しみだねぇ~」

「ええ、空くん意地悪しないでカードの強さとか教えてよ! そんなの覚えている人が有利になるに決まってるじゃん!」

 麗が文句をつける。

「そりゃそうだよ。覚えている人に有利なように設定しているんだから」

「何で!?」

「だって、僕にとってあの夏は忘れられないぐらい大切な思い出なんだ。だから他のみんなも大事に、何一つ忘れないでいようとしてくれた人に、このゲームを勝たせてあげたいんだ。うん、僕のえこひいきだよ」

「何それ……もう、ちょっと……」

「まぁ、森の中で見つけられるヒントカードには、カードの強さのヒントも入っているから、今自分が持っているカードの強さを推理するのに役立ててみて。それから最終日にはもっとすごい宝箱も用意するから、お楽しみに。勝利のかぎは森の中でヒントカードを見つけ、探索するかカードジャッジの前に交換するかして勝負用カードを手に入れること。そして少しでも昔の記憶を取りもどすこと──」

 思い出探しだと、空は言いながらその他の注意こうを告げた。

「それから、ここは特殊な電波しか通じていないから、みんなの持っている携帯やモバイル関係は使えないよ。だからズルしてけんさくしようとしてもダメ。ヒントは森の中にあるんだから、自分の足で探そうね。探索にはこちらでナビ付きのタブレットを各自用意するから、迷ったら近くのスタッフに尋ねるかタブレットを参照してほしい」

 そこまで説明したところで、一樹がとあることに気づいた。

「あれ……? じゃあこのカードをもらった時点で、何のゲームのカードとか調べてみれば有利になったのかな?」

「そうだね。その時点ではこちらでは制限できなかったし。もっとも、このカードを招待状と一緒に送ったけれど、ゲームに使うとは明言していなかったからね。まぁ、とりあえずそのカードはあとでカードジャッジの時に話す予定だったけれど、簡単に説明するね。森で見つけたカードは他の人と交換できて、勝負に使った後はぼつしゆうになる。だけど最初に招待状と一緒に送ったカードは最終日まで交換禁止だから、大事に持っていてね。ただし交換は禁止だけど、夕方に行うカードジャッジの時間には使うことができるよ。この場合はカードの交換はできなくても、カード本来の特殊効果は使える。森の中でカードを一枚も見つけられなくても最初のそのカードでゲームには参加できるよ」

 つまり、森で他のカードを見つけなければ最初に空から配られたカードで勝負しなければならない。そしてそのカードの強さは思い出すか、ヒントを見つけるしかない。

 どれもこれも手さぐりな状態。

 記憶か足か、どちらかでこのゲームの鍵を探らなければならないのだろう。

「あ、それからカードの強さについて思い出したりヒントを見つけたら、僕からはあまりおすすめしないけれど他のプレイヤーと話してもいいよ。現在自分の所持しているカードを教えたり、勝手に交換するのは明らかにルールはんだけど、思い出したことや強さの情報を言うのは特に制限はしない……だけどゲームに勝つには言わない方が有利だね。独り勝ちしたら──賞金はいくらになるかなぁ……凄いよね、頑張ってね」

 にこにことじやのない笑顔で激励する空。

 みんは「ひとりで面白がって、ずるいぞー!」「高みの見物でいいなぁ」「空くん、お願いだからもっとヒント」とか、それぞれに意見や要望を口にしていた。

 それに対して空は「これが主催者の特権だからね」と笑ってスルーしていた。

 だが。

「──空くん、ひとつ聞いていいか?」

「何かな? 基本的に質問に答えるか答えないかは、僕の裁量に任されているからね?」

「そう。私からの質問はごく単純なこと。君はゲームに参加するの?」

 問いかけたのは瑠璃だった。

 彼女の質問に対し、空は少し困ったような表情を浮かべたが、すぐに先ほどまでの人当たりのい笑顔を浮かべた。

「いい質問だね。そして、僕を一番なやませる質問だ。本当は最終日までないしよにしておこうかと思ったけれど、ゲームを盛り上げるために答えちゃうよ。僕は……最終日のカードジャッジにだけ参加するよ。その際に僕の所持するカードに勝てたら、現在持っている賞金にボーナスを付ける。どう、楽しみだろう?」

 ボーナスという言葉に一同がさらに沸き立った。今まで提示された賞金だけでもかなりの額になるのに、それ以上があるのか、と。

「何だか賞金総額が凄いことになるんじゃないのか?」

「そうだね。コンピューターでシミュレートした結果、もしここにいる全員のチップを総取りしてさらにボーナスも付けたら、賞金は五千万円をえるかな。たったこの数日で五千万円というのは、凄くりよく的だと思うけど」

 ほうがいな金額──けれども、ここまでのおぜんてをされて、ぎよう的にも無理な金額ではないというしようを見せつけられてきた。明らかにその場に集まった者たちのきんちよう感が高まる。

 その空気を十分に楽しんだのか、仕掛け人である空が声を高らかに宣言した。

「さぁ、フォレストACの新企画ゲーム『カンズ』の始まりだ。みんな、この森をぼうけんしてくれ!」



 みんながそれぞれ森の中へと散って行った。

 ひとりで走り出すもの、おしゃべりをしながら誰かと一緒に歩き出す者……透はどうするべきかわからず、それでも他のみんなと違う行動をするのがはばかられ、のろのろと森へ向き直る。

 だが、彼らの中で森の方をじっと見つめながらスタート地点を出発しない者がいた。

(あれは──瑠璃……)

 空と何か個人的に話をするのだろうか。

 先ほど自分は少しだけ朱音の話をしたから、瑠璃にもそうやって話したいことがあるのかもしれない。だとすれば、この場にいるべきではないだろう──。

 透は気づかなかったふりをして、森の方へ足を進めた。

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